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痒みの面影を見つける


「お前はこれからどうする」

スピナーと行動を共にするようになる半月ほど前の話だ。ボサボサに荒れた髪をそのままに、顔を俯かせたまま死柄木は名前に問うてきた。その目は暗く澱んでいて、鈍い光をその奥に蓄えていた。

「えー、何が?次も、なにか新しい仕事があるの?」

少しガサツいた声で返事をする。ようやく声が出るようになったが、やはり喉の違和感はまだ拭えない。
首の火傷はほんの少しでも油断すれば、化膿してじくじくとした痛みを生み出し、掻きむしりたくなるような痒みを引き起こすこともある。何度も包帯を巻き変えるが、やはり夏であることも関係しているからか、悪化していく一方だ。
しかし、それは肌だけの話で、その内側である喉は何とか回復してきているようだった。それだけは救いだ。彼らと会話ができるのは、嬉しい。言葉がないと、特に名前の気持ちはなかなか伝わらないだろうから。

「暫く連合メンバーはバラバラになる予定だ。お前はどうする?誰について行く?」
「あれ、私一人単独行動って選択肢はないの?」
「お前、自分のこれまでの不運をしっかり省みろよ」

近くにいた黒霧はそっと氷の入った袋を名前に手渡してくれる。名前はそれを包帯越しに首に当てた。ひんやりとした冷たさに目を細める。

「私、そんなに信用ない?」

ジトっとした目で死柄木を見つめてしまうのは許して欲しい。名前はもう決意したのだ。死柄木たちに、敵連合についていくのだと。その行く先がどれだけの罪を背負っていくのか、どれだけの屍を超えていくことになるのか、理解はしているつもりだ。それでも、彼らと共にいると名前は決めたのだ。

「私、もう迷わないよ。みんなと一緒にいたいから。みんなと一緒にいるためなら、なんでもするよ。頑張るよ。ねえ、トム部長」

信じてよ。認めてよ。私のことも仲間だって。
寂しげに呟いた言葉は2人の間にある空間を虚しく揺らす。
唇を噛み締める名前を見て、死柄木はそっと口元をゆがめた。

「とっくにそう思ってるよ、俺は。心配するな。お前は、俺たちの幸運の女神だ」
「…………幸運の女神って、なんか大袈裟じゃない?」
「事実だ。信じてるよ、名前」
「ふ、ふふ、ふへへへへ、うん…」

ふにゃふにゃと嬉しそうに、名前は口を緩めさせる。頬を赤らめ、子供みたいに無邪気に笑う。

「なら、私も1人で頑張るよ!皆に頼ってばかりだったから、今度こそしっかりお仕事する!」
「それはダメだ」
「ええ…」

名前の提案を、死柄木はばっさりと切り捨てる。一切の容赦もない、切れ味抜群の言葉であった。名前もあまりの切れ味に狼狽えるしか出来ずにいた。

「苗字名前、これまでのご自身の不運を思い返してみてください」
「え?え?」

今まで沈黙を守っていた黒霧が名前を諭すように言う。そんな黒霧の目は何処か遠いところを見ているかのようであった。
なんせ毎日違う場所に傷をつけてやってくるほどの悪運だ。もちろんその分の幸運も持ち帰っては来るけれど、名前の不運っぷりは敵である死柄木達を同情させるほどまでに酷いものなのだ。当の本人にその自覚は全くないのだけれど。

「想像してみろ。お前がその辺の輩を敵連合に勧誘したとする」
「う、うん…」
「お前、上手くいく自信あるか?俺にはそいつらにボコボコにされた挙句金を巻き上げられ、ボロボロになったところでヒーローに捕まる未来しか見えない」
「あ、ああ……」

確かにと。名前は納得してしまった。それはたしかに有り得る不運だ、と。過去にチンピラやら敵やらに絡まれ、殴られ、脅され、財布を取り上げられた経験は何度もあるのだ。それも昔の話ではない。つい最近の話もある。まあ、絡まれている時に何度か荼毘やトガに助けて貰っていたけれど。

「なら、そんな不運で可哀想なお前をカバーしてくれる生贄……じゃねえ、まあ、何とかしてくれるメンバーが必要ってわけだ」
「ねえ、今生贄って言ったよね?ハッキリ言ったよね?ねえ、トム部長?」
「つまり、名前1人じゃ心配なんだよ」
「あれ、無視!?」

名前はギャンギャンと吠える。しかし、やはり喉が本調子でないからか、少しでも声を張りあげれば咳が溢れ出る。

「わかったよう…」

渋々と名前は頷く。たしかに痛い目に遭うのは嫌だし、黒霧から渡されたお小遣いを全部取られて後で怒られるのは他の敵の存在よりもおそろしいのだ。

そうやってしょぼくれる名前とは裏腹に、死柄木と黒霧はまた違う部分を懸念していた。もちろん、名前の不運っぷりは十分な不安の種である。しかし、それより避けたいのは、名前の"幸運"であった。
名前は自身が敵連合の一員であると思っている。それは、もちろん今となっては死柄木と黒霧も認めている。でなければ、窮地の中共に黒霧のワープゲートの中に飛び込むわけがない。名前の覚悟はしっかりと理解している。
だが、世間は違う。名前は敵連合の一員として認識されていなかった。敵連合に攫われた被害者。それが、ヒーローや警察、世間の認識であった。ニュースでは頻繁に名前の写真が流れ、知り合いだったと思われる人物がインタビューに答えている。
"元々ついていない子だったけど、こんなことになるなんて。どうか生きて帰ってきて欲しい"
なんて、涙ぐみながらメディアに訴えかける姿は笑えるくらいに悲劇だ。
名前はもう後戻りはできないと思い込んでいる。しかし、彼女は"幸運"なことに帰る場所、またその道までしっかりと残されているのだ。いつでも元の世界に帰れるように。
もし一人で出歩き、ヒーローや警察に保護されたら。名前が元々の知り合いや家族と顔を合わせ、少しでも帰りたいと願ったら。幸運は間違いなく働き、名前を守る。名前のほんの少しの些細な望みさえ、きっと叶える。
そうなれば、敵連合と名前を繋ぐ糸は簡単に切り離される。

なんせ、敵連合にいること自体が、彼女の不運であることに間違いはないのだから。

「誰について行く?」
「え、誰でもいいの?」
「お前が望むならな」

だから、死柄木はその幸運を潰すことにした。今の彼女が願う不運を守るために。

「んー……誰がいいかなー誰でもいいけどなー」
「まあ、お前の場合相手はもう決まってんだろ」
「え?」
「あいつしかいないだろ」
「あいつって?」
「荼毘だよ」

死柄木の出した名前に、名前はぴしりと身体を固まらせた。死柄木と黒霧は予想していた反応と違ったため、おや、と内心不思議に思う。
なんせ彼女はこれまた不運なことにツギハギだらけの蒼炎の青年に恋をしていることは、敵連合のメンバー内では周知の事実である。恋をする生き物であれば、なるべくその対象の人物と近しい間柄になりたいと、そばにいたいと、思うのが普通ではなかろうか。だからこそ、名前は荼毘との同行を願い出ると思っていた。
しかし、名前はその予想を裏切り、首を横に振った。

「だ、荼毘先輩だけはダメ!今は、顔合わせられないもん……」
「はあ?喧嘩してんだっけか?」
「死柄木弔、首を突っ込めば馬に蹴られます」

死柄木の視線は白い包帯で巻かれた名前の首に向けられる。名前も気まずげに自身の首を撫でていた。

「とりあえず荼毘先輩以外で!」
「はあ、まあどうでもいいけど。で、誰がいい?」

うーん、と。名前は唸る。唸り声と一緒に体も横にゆらゆらと揺れる。この謎の動き意味はあるのだろうか。
そして、しばらく時間が経ってから、あ!とようやく思いついたように顔を上げた。

「秀ちゃんがいい!」
「秀ちゃ……?なんて?」
「秀ちゃん!!」
「誰だ、そいつ」
「死柄木弔、恐らくスピナーのことではないかと」
「ああ、そういうことかよ……分かりにくい呼び方すんなよな」

何はともあれ誰なのか決まればあとはどうだっていい。スピナーには悪いが、彼女の子守りを任せることにする。嫌そうに顔を歪める彼の姿が簡単に想像できた。

「トム部長、次の仕事はちゃんとしっかりこなすから!私、頑張るからね!」

ぐっと拳を握ってそう宣言する名前に、死柄木は何故か身体が痒くなった。なんだろう。彼女を見ていると、何だか懐かしく思えるのだ。それと同時に痒みも襲ってきて、胸の奥底が重たくなるような不快感を覚える。

「トム部長?」
「ああ……」

きょとんとした顔を見せて、名前は顔を覗かせてくる。その無警戒さと、無防備さが何故だか笑えた。

「名前……」

手を、伸ばす。名前の目の前に、手のひらが覆い尽くすかのように近づいてくる。

「ありゃりゃ?どうかした?体調悪い?」

名前はその手をそっと握り、死柄木に近づいてくる。顔色を見ているのだろう。首やら額やら手を当てては、熱はないなーと首を傾げている。その温もりに死柄木は目を閉ざす。
死柄木は"先生"に出会う前の記憶が無い。ないはずなのに、その手の温もりを死柄木は知っているような気がした。

「お前は、逃げないんだな……」

無意識に零された言葉は、安堵しているかのようにも聞こえたし、何処か失望しているかのようにも聞こえた。

「へ?さっき言ったじゃん。私、トム部長に、皆についていくって。逃げるわけないよ!」
「ああ、そうだな。お前は、そうだよな……」

伸ばした手を戻し、死柄木はガリガリと首を掻いた。