×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


君の世界との境界線


今、世間は騒然としている。名前はそう感じていた。
不動のナンバーワンヒーローであるオールマイトの引退、またヒーローベストジーニストの長期活動休止、プッシーキャッツのメンバーの一人が拉致後個性を使えなくなったことから活動の見合わせ、など"神野の悪夢"と呼ばれる一夜から、メディアではそれらの話題で持ち切りだ。
大型のテレビから流れる番組では、コメンテーターがオールマイト不在によりこれから起こりえる弊害についてつらつらと語っている。人の群れの中でも何人かはふと足を止めてテレビを眺めては、それらを話題のネタにする。それほど、世間が注目しているのだ。

「見つけた!!お前なにしてんだ!!」
「あ、師匠だー」

慌ててこちらに駆け寄ってきたのは、髪を無造作に下ろしたトカゲ男。敵連合のメンバー、スピナーである。いつもと姿が違うのは周囲の視線を気にしているからなのか。ヒーロー殺しステインのコスプレをやめてしまえば、彼はただの一般市民に紛れ込める。他人の目を欺くために変装するのはよくある話だけれど、変装をやめるという逆の話はあまり聞かないと思う。

「もう!師匠が迷子になるから探したよー」
「なってんのはお前だよ!!」

ばしんと頭を叩かれた。酷い。暴力反対。パワハラだ。トム部長に言いつけてやる。そう口からブツブツと零せば、ため息をつかれた。解せない。

「ここ、ショッピングモールのような人の多い場所ではぐれるのは本当に勘弁してくれ」
「えー、私?」
「俺達は遊びに来たんじゃないからな?」
「むう、わかってるよ」

スピナーと名前は2人でショッピングモールに訪れていた。食材や生活用品、レストランやカフェ、服などの衣類用品、電化製品、アクセサリーなどの雑貨屋、様々な種類のお店がこのフロアにぎゅっと集まっている。だからなのか、平日のお昼ではあるが、この場は大いに賑わっていた。
名前はというと、電化製品のコーナーで足を止めて、暇つぶしにテレビを眺めていた。最近のテレビは画面も大きく、画質も綺麗だ。こういったテレビで自分の顔が流れるとすれば、顔のシワとか気になるシミまでしっかりと映されそうでなんだか怖く感じる。有機ELディスプレイだとか、難しい言葉が並べてあるが、専門知識のない名前からしたらチンプンカンプンだ。そして何気なく値段を見ては、名前はそそくさとそこから目を逸らす。自分には自分の立場にあった製品がいい。この時名前は心の中で諦めたようにボソリと呟いた。

スピナーは視線を辺りに走らせながら、ぼんやりとしている名前の手を引く。大胆だなあ、と呟けば、Mr.から聞いた迷子防止法だと返された。子供扱いをされているみたいでなんだか気に入らない。だが、実際に名前はよく人とはぐれるので、なにも言い返すことは出来なかった。

「迷子センターに行こうかと思ったよ」
「俺達が今どんな立場にいるか理解してるのか?」
「えー、敵ってバレないよ!たぶん」
「それ以前の問題だろ!子供でもないのに迷子センターの世話になるなよ」
「えー、よく利用してたのになあ」
「はあ…」

色々とツッコミたい所はあったが、スピナーはそれらを飲み込んだ。一つ一つ拾い上げていたらキリがない。
また、不運の嵐の中心にいながらも、幸運を呼び寄せる名前のお世話係の大変さを身をもって実感していた。目を離せば、何かしらに巻き込まれ、下手すればこちらまで被害を受ける羽目になる。何度肝を冷やしたことか、焦ったことか、呆れ返ったことか。

「荼毘もこれじゃあ苦労しただろうな」

スピナーは少し舐めていた。名前の不運を。その不運によって引き起こされる様々なトラブルを。そう口にして、ふと気づいた。そして慌てて自身の口に手を当てる。やばい。地雷を踏んだ。そろそろと視線を横に動かせば、思い描いていた通り肩を落として落ち込む名前の姿があった。

「やっぱり…荼毘先輩も私の事嫌になったのかな…」
「いや、あー、えっと……確かにお前の不運は面倒だ。だが、その分幸運も呼び寄せてくれるからイーブンだ。そうだろ?」
「うううううう、荼毘先輩に嫌われちゃったんだぁ」

うわ、こいつめんどくさい。そう口にしなかったスピナーを誰か褒めて欲しい。
何故スピナーが名前と共に行動しているのか。それは、今敵連合がそれぞれ各地に分散しているからである。捜査の目を眩ますため、仲間を増やすため、更に勢力を拡大するためだ。だが、名前1人での行動は危うい。あまりの不運体質で元々手を焼いていた。そんな彼女を1人で放っておいてみろ。どうなるか想像は容易いだろう。そう判断した死柄木は何故かスピナーに名前のお世話係(仮)を託してきたのである。何故スピナーなのか。そして、何故以前のお世話係である荼毘ではないのか。理由はなんとなく分かるので、深く言及はしていない。だが、どうであれスピナーからしたら迷惑なことこの上ない話だ。

「……それを挽回するために俺についてきたんじゃないのか」
「うっ!!」
「落ち込む暇なんてないぞ」
「わ、わかってるし!」
「ならいい」
「へ、へへ、秀ちゃん優しいねえ。ありがとう!!」
「その呼び方はやめろ」
「わかりました!師匠!」
「う、それは、まあいい」

名前はコロコロと表情が変わる。前々から思っていたが、名前は感情豊かだ。何を考えているのかさっぱり分からない人間、頭のイカれた人間、マスクやら手やらで顔を隠した人間、そんな集団の中で名前は異質だった。素直で単純、嘘を知らず馬鹿正直。敵とは思えない。いや、本来は敵たる素質が皆無な人種なのだろう。しかし、そんな彼女だからなのか、そばにいると何故かほっとする。それと同時に胸がジリジリと焼けたような感覚に陥る。

正直に言おう。スピナーは未だに名前のことを認めていない。
死柄木が必要だというから、お世話係の荼毘がその手を下さないから、スピナーは何も言わないだけだ。ただその存在を受け止めているだけ。本当は敵連合の一員として、認めちゃいない。
名前はスピナーと、敵連合のメンバーたちとは違う。彼らと違い、名前は陽の当たる場所で生きる人間だ。誰かに必要とされ、誰かと幸せそうに笑い合い、そんな当たり前の日々を享受する。要はまともな人間だ。
いつ組織を裏切るか、逃げ出すか、分かったもんじゃない。彼女のことを信頼しきれない。

「ねえ、おじさんのいる所ってどこだっけ?」
「確か3階のカフェだ。もう予定の時間を過ぎてる。急ぐぞ」
「はぁい」

ブンブンと、名前が繋いだ手を楽しそうに振る。美味しそうなたい焼き屋を見つけては、目を輝かせてこちらを見てくるが無視だ。すると、少し拗ねたように口を尖らせた。不満そうだ。Mr.ならばここで甘やかすのだろうと何となく予想出来た。それを当然と言わんばかりに受け止める彼女は、きっと図々しくも周りに愛され、祝福されて、これまで生きてきたのだろう。腹が立つことこの上ない。
それなのに、なぜなのか。彼女と共にいると、スピナーはほんの少しだけ許された気持ちになる。孤独だった彼の世界と、名前の生きる普通の世界の境界線が曖昧になって、馴染んだような錯覚を覚える。弾かれた世界に受け入れられたような、そんな馬鹿げた幻覚を見てしまうのだ。そんな甘ったれた考え、冗談じゃないと捨てたくなるけれど。

「たい焼き、食べたかったのに!」
「……あとでな」
「ほんと!?」

ぱあっと名前の顔が明るくなる。ぶんぶんと振る腕の力が強くなる。本当に分かりやすい。
でも、スピナーはこの手を離そうと思えなかった。