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理由はまだ模索中


「あら、名前、遅かったわね。今日は仕事いいの?」
「いや、うん…行くけど」
「どうしたの、元気ないわね」

いつも通りの朝。いつもと変わらぬ光景。いつもと同じように美味しい朝ごはん。いつものように溌剌とした母の笑顔。これが、名前の一日の始まりだ。
机の上にはバターの乗った食パンと、ソーセージと目玉焼き、色とりどりの野菜サラダ、湯気の立てたコーンスープが並べられていた。ぐうっと腹が鳴る。体は正直だ。

「また怪我してるのね」
「いつもだよ」
「そう?最近の貴方は怪我が減ってるような気がして」
「……そう、かな」

サクッと音を立てて、食パンに齧り付く。香ばしいバターの香りとパンの甘さに目を細めた。

「今の仕事についてからよね。会社の人たちが貴方のおっちょこちょいをフォローしてくれているおかげかしら」
「……うん」

確かにそうだ。名前はよく転ける。よくトラブルに遭う。とんでもない事件によく巻き込まれる。それでも、最近の名前は被害が少ない方であった。あちこち生傷は耐えないが、月に一度は必ず入院していたというのに、それが全くない。なぜなら、名前が大きな被害を受ける前に、荼毘が、トガが、トゥワイスが、黒霧が、Mr.が、マグネが、スピナーが、死柄木が、皆が名前を助けてくれるからだ。

「大切にしなさい、その人たちのことを」
「……うん、分かってる」

分かってる。分かってる、けど。

『ニュースをお伝えします。つい先日、敵による雄英高校への襲撃についてですがーーー』

テレビからニュースが流れる。母はテレビに視線を向ける。名前もそれに釣られて、そちらへと目を向けた。
名前の起床時間がいつもよりも遅い時間帯だったからか、今流れている番組は名前が毎朝見ている情報番組ではなかった。そのことに少し違和感を感じる。

『敵による襲撃で、雄英高校の生徒40名のうち意識不明の重体が15名、重・軽傷者11名、そして行方不明が1名となっております』
『また、プロヒーローのうち6名のうち1人が重体、1名が行方不明となっています』

ぽと、と。フォークに刺していたソーセージが落ちる。

「あ!名前ったら!食べ物をまたダメにして!」
「ご、ごめん」

落ちたソーセージを急いで拾い上げて、汚れをティッシュで拭き取る。その手は情けないくらいに震えていた。

「それにしても、怖いわねえ。ヒーローを目指してる子達を襲うだなんて。名前も変なのには絡まれないようにしなさいね」
「…分かってるよ」
「そう?貴方、知らず知らずのうちに巻き込まれているんだから」

流石母親だ。腹を痛めて産んだ子供のことは本人よりも理解しているらしい。名前は顔を俯かせる。今は母の顔をまともに見ることが出来なかった。
ごめんね、お母さん。名前は内心謝る。
名前の知らぬところで事態は動いており、進んでいた。巻き込まれていたどころではない。名前はまさに当事者の1人になっていたのだから。





いつもはあんなにも軽やかな足取りでバーにまで向かっていたというのに、今はそれも非常に重く感じる。できれば、行きたくない。でも、行かなくてはならない。彼らの正体を知ってしまった今、名前はどうすることもできないのだ。

「お、お疲れ様です」

バーには常と変わらず、死柄木と黒霧の姿はもちろん、他のメンバー達もいた。一斉に視線がこちらに集まり、ギクリと名前は体を固まらせる。

「遅かったな」
「う、うん。寝坊しちゃって」
「へえ、寝坊ねえ…」

死柄木の顔にひっついた手。その隙間から見える赤い瞳が名前を射抜く。冷や汗が止まらない。名前は逃げるように目線を逸らした。
それにしても、死柄木の顔に引っ付いている手は作り物なのだろうか。名前は突如疑問に思う。これまではコスプレの一種で作り物だと思っていた。しかし、もしそうではなかったら、その手の正体は一体なんなのか。そこまで考えて、何だか嫌な予感がしたので、名前は思考を素早く止めた。世の中、知らない方がいい事だってたくさんある。

「扉の前で立ちっぱでいるなよ」
「え」
「中に入れ」
「……うん」

確かにそうだと、名前は1歩踏み出す。だが、そこで止まってしまった。
名前は迷ってしまったのだ。これまでの名前はこのバーの一室では何処にいたのか。どこに居座って彼らと笑いあっていたのか。それが、分からなくなってしまった。名前は自分の立ち位置があやふやとなってしまっていたのだ。

「あ、じゃあ、ここで」

一歩一歩踏みしめて室内を歩く名前にグサグサと視線が刺さる。見られている。能天気で鈍い名前にもそれは感じとれた。
そして、散々迷った挙句名前は部屋の隅にすっと立つ。皆の輪から少し離れた位置。名前はもうここしか思い浮かばなかった。

「……随分と離れたな」
「なんかす○っコぐらしの気分なんだよね、今」
「何に怯えてんだ、お前」
「えっ」

死柄木の言葉に名前は目を見開いた。そうだ、名前は確かに怯えている。
何に対して?誰に対して?
そんなの、目の前にいる全員に決まっているだろう!

だって、彼らは敵なのだから。

名前の初仕事の日。名前はMr.により、丸いビー玉のようなものに圧縮させられ、閉じ込められていた。
そして、意識を取り戻した時名前は既に見慣れたバーに帰還していた。戻ってきたメンバーは最初集まったメンバーより数は少なくなっており、少し怪我をしている者もいた。
だが、その代わりに彼がいた。その場に新しく連れてこられた人物。彼は、ムーンフィッシュから名前を守ってくれた青年であり、荼毘から勧誘せねばならないと言われ見せられた写真に映る青年でもあった。彼こそが今回の仕事のメインとなる人物であったのだ。
暴れ回る彼、爆豪勝己は押さえつけられ、身動きの取れぬよう縛り付けられていた。その姿を見て、名前はただならぬこの場の空気を感じ取った。だが、誰にも、何も、聞けなかった。ただ、Mr.だけが、「手荒な真似をしてすまなかった」と、名前の頭を撫でてくれた。名前は顔を固まらせたまま頷くしかできなかった。
死人のようなふわふわとした足取りで家に帰って、名前はいつものように寝た。身体は疲労を蓄えていたようだが、脳は活発になっているみたいで、なかなか寝付けなかった。いつもと変わらぬ一日の終わりだったので、その日の全てが夢なんじゃないかと、名前は本気でそう信じてしまいそうだった。
しかし、その夢想を打ち砕いたのが、今話題となっているニュースだ。名前は理解した。この事件の首謀者を。この事件を引き起こした敵の存在を。

名前は知らず知らずのうちに、敵連合のメンバーになってしまっていたのだ。

「分かんない」

だが、名前の口からポロリと零れた言葉はそんなもので。自分でもびっくりするくらいに、中身のない返事だったと思う。今この部屋にいる人達は皆キョトンとした顔を見せていた。

名前は敵が怖い。怖いに決まっている。なんせ、これまで月に数度ほど敵の襲撃にあっては毎回悲惨な目にあっている。良くて軽傷、悪くて入院だ。いい思い出などない。それは、今目の前にいる彼らだって例外ではない。
だが、名前はそれでもここに足を運ばせている。行きたくなくても、気まずくても、怖くても、ここに来てしまう。
その理由を、名前はまだ見つけ出していない。

「なんだそれ」

死柄木は首を横に傾け、困ったようにそう呟いた。