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助けてヒーロー


「あーダメだ荼毘!!おまえ!やられた!弱!!ザコかよ!!!」
「もうか…弱えな俺」

荼毘はトゥワイスの個性で"増やした"自分自身を、プロヒーローの元へ向かわせた。もちろん戦闘になったらしいが、もう倒されてしまったらしい。

「ハァン!?バカ言え!!結論を急ぐな。お前は強いさ!この場合はプロがさすがに強かったと考えるべきだ」

トゥワイスの話す言葉は滅茶苦茶だ。本当のことはどちらなのか、嘘はどちらなのか。だが、それも次第に慣れてくる。荼毘にとってはどちらがどうであれ関係のないことだ。

「もう一回俺を増やせ、トゥワイス。プロの足止めは必要だ」
「ザコが何度やっても同じだっての!!任せろ!!」

今回プロヒーローはお呼びではない。荼毘たちの目的はそこにはない。だからこそ、この作戦が上手くいくようプロヒーローを抑えつける役目が必要だった。

「それにしても、静かだな」
「あちこち騒がしいのに静かだぁ!?荼毘、お前の耳は飾りか!?静かすぎて不気味だ」
「何かを忘れて……あ」

そして、荼毘は辺りを見渡す。しかし、彼の周りにあるのは自身の炎と、黒く焦げた土地、まだ被害の出ていない青々しい木々、そして荼毘の様子に首を傾げるトゥワイス。
いない。いないのだ。非常に迷惑極まりなく荼毘の頭を常に悩ませるあの不穏の種が。トゥワイスの言うお飾りのこの耳からひっついては離れない、ムカつくくらいに能天気なあの声が。
少し目を離した隙にこれだ。荼毘は深くため息をつく。

「トゥワイス、あいつはどこだ?」
「あいつ?」
「名前だ」
「あ」

荼毘の言葉に彼もようやく彼女の存在を思い出したのだろう。辺りにキョロキョロと視線を走らせる。だが、目的の人物は影さえも見えない。

「名前ちゃんがいなくなるのは不味くないか!?大丈夫だ、あの子は強い」
「……離れるなって言ったんだがな」

幸運であるのには変わりないが、それと同じくらいの不運の持ち主でもある名前のことだ。知らぬ間に不運を発揮し、荼毘たちの前から姿を消したのだろう。ホラーが苦手な彼女が独断で、夜の薄暗い山の中を1人でウロウロする可能性は限りなく低い。
ああ、面倒だ。仕事中でも子守りは継続なのか。

「……いい。トゥワイス、早く俺を増やせ」
「名前ちゃんはいいのか?」
「あいつは確かに運は悪いが、逆にとんでもなく幸運だ。下手なことにはならねえだろうさ」
「薄情なヤツめ!賛成だ、名前ちゃんの運を信じよう」

ここがどれだけ危険な場所であるのか、当事者である荼毘達はそれをしっかりと理解している。だが、名前は何も知らない。今自分の所属しているグループがなんなのか。今から何をしでかそうとしているのか。彼女は、何も知らない。
そして、何も知らぬ間巻き込まれて最悪死ぬ可能性だってある。ここはそんな場所だ。そんな場所に荼毘達がしてしまった。だが、それでもいい。荼毘には関係ない。彼女の役目はあくまでも"お守り"代わりのようなものだ。作戦に支障は出ない。

「インカムで確認してみるか?」
「あいつには着けさせていない」
「なんでだ?」
「不運のせいで5個ほど使い物にならなくしている」
「迷惑な話だな。それが彼女の魅力だと思わないか」

なのに、何故だろう。彼女の姿が見えぬだけで、どうもこの身の内側が落ち着かない。忙しくざわざわと騒いでいる。それを、荼毘は見て見ぬふりをした。







「ありゃりゃ、ここはどこだ?」

一方名前はというと、全く見知らぬ場所にて一人ぼっちになっていた。変な煙やら炎やら、そういうのを避けて歩いていたはずが、荼毘とトゥワイスといつの間にか離れてしまい、気づけば迷子状態である。

「荼毘先輩ー!仁くんー!」

辺りに声をかけてみるが反応なし。つい先程ウロウロするなと荼毘からきつく釘を刺されたことを思い出す。名前はさあっと血の気が引いていくような感覚を覚えた。まずい。これは怒られる。そして黒霧にチクられでもしたらおやつ抜きになる。それは絶対に嫌だ。

「うぇぇぇえ……荼毘せんぱーい…仁くんー…」

真っ暗な森の中で1人きり。自分が今どこにいるのか、はたまた何をしているのか、さっぱり分からない名前はグスグスと鼻を鳴らし始めた。だって、怖くて不安で仕方ない。名前は至って普通の女の子なのだ。人よりも不運な体験は多かれど、人並みの恐怖心は持ち合わせている。
それでも、迷子の鉄則である"その場から動かない"を守ることなどできず、名前は恐る恐ると辺りをあちこち探索していた。とはいえ、周りは不気味な木々と燃え盛る炎、明らかに有害そうなガス。彼女が動ける範囲も限られてくるものだ。

「誰か…誰かいないのかなあ」

このまま一生この山から抜けられないのだろうか。そんな最悪な想像をしてえぐえぐと泣いていれば、何処からか激しい物音が聞こえてきた。ガガガガガという、何かを抉るような音。その音に連動したかのように名前の足の裏の下で地面が微かに震える。そして、その音のする方から肌を刺すような鋭い冷気が感じられた。

「誰か、いるのかな?」

この先を行くのは、非常に嫌な予感しかしない。だが、名前以外の人がいる可能性も十分に高い。ここで彷徨って野垂れ死になるより、他の人間の存在を確かめたが断然いいだろう。名前はそう決意して、その場所へと足を進めた。
先日行ったお化け屋敷では荼毘がいた。だが、今は一人なのだ。かなりの勇気を持って、慎重に、慎重に、歩みを進めた。

「うう、足場が悪いな」

歩く先にある様々な障害物、草木など掻き分けたり、飛び越えたりして前へと進む。しかし、やはり彼女はどうやら不運らしい。足に蔓が引っかかり、名前は顔面から地面にずっこけた。

「いだっ!!」
「あ?」
「うぇ?」

痛む鼻を抑えながら顔を上げると、そこにはまだ10代辺りに見える青年が2人いた。赤と白のツートンカラーの髪をした青年と、目に眩い金髪を持った青年。いや、その2人だけではない。赤と白の青年がもう1人青年を背負っている。その人は顔色が悪く、意識を失っていた。
2人の青年は突如草木から転がり出てきた名前を驚いたように見つめる。目が大きく見開いていた。

「あの……」
「そのまんま伏せてろ!」
「へ?」

言われた通り起き上がらせようとした身体をそのまま地面にひっつけていると、頭上を何かが通って行った。白い刃のようなもの。それは、意志を持った生き物のように動いては、名前の後ろにあった木に突き刺さる。そして、もちろんだがその木は見事に木っ端微塵になって砕ける。
名前は無残な姿に成り果てた木を見て顔を青くさせる。もし青年の言葉を聞かず起き上がっていたら。もしあの時転ばずにいたら。あの木のような無残な姿になっていたのは名前である。

「ひぇっ……!」
「おい、てめえ誰だよ」
「た、助けて…!」

もしかしたら死んでいたかもしれない。いや、その脅威はまだ消えていない。名前はガクガク震えながら、情けなくも目の前にいた青年2人に助けを求めた。青年の一人がピキリと青筋を立てたのが見える。

「あぁ!?オマエ、あいつの仲間じゃないんか!?」
「あいつ?」

そういう青年の視線と先には、歯が刃物のように鋭利に伸び、それをこちらに向けてくる人物。黒の衣装を身にまとい、身体に拘束器具を着けている。その人を名前は知っていた。
今回の仕事を共にするのだと顔を合わせた内の1人だ。確か名前はムーンフィッシュと言ったか。話しかけてもなんだか様子がおかしく、なかなか言葉を交わすことが出来なかった。また、近づこうとすれば荼毘に止められた記憶がある。
そのムーンフィッシュが伸びた歯の刃で器用に宙に浮きながらも、こちらに攻撃してくる。

「その反応、知らねえってわけじゃなさそうだな」
「で、でも、なんでこんなことしてるのか、私にもさっぱり……って、ぎゃあ!?」
「チッ…おい、舐めプ野郎!」
「分かってる」

名前の元に歯の刃が襲う。名前は咄嗟のことに、また恐怖により、目を瞑り体を丸めさせることしか出来ずにいた。すると、青年の一人が身体から氷を出して、襲ってくる刃を塞いでくれる。軌道の逸れた刃は名前の隣の地面に突き刺さった。名前はひえっと情けない叫び声をあげるしか出来ない。

「てめえ仲間じゃねえのかよ!」
「わ、わがんないでずぅぅぅぅ〜〜〜」
「泣くな!うぜえ!」
「そんな事言われてもぉ……」

ボタボタ涙を流せば、青年の1人から容赦なく罵倒が飛んできた。
青年2人からしたら突如現れた名前は不審人物であることに違いない。この林間合宿は万全を期した状態のはずだ。この場所は雄英高校の教師陣、またこの合宿のサポートとして来てくれたプッシーキャッツしか知らぬはず。それなのに、そこに全く見知らぬ人間が現れた。今目の前にいるムーンフィッシュと同じように、彼女も敵である可能性が非常に高いのだ。

「こっちに来い」
「え?」
「離れてたら守りにくい」

だが、彼女は子供のように泣きじゃくりながら、彼らに助けを乞う。助けを求められれば、ヒーローの卵とはいえ、見過ごす訳にはいかないのだ。彼女の正体がどうであれ、それが守らぬ理由にはならない。

「あ"り"がどう"!!」
「あと、鼻血すげえ出てるぞ、お前」

名前を守ろうと前に出る2人の青年は、名前よりも年下であるはずなのに、その背中はとても大きくて頼もしかった。なんだかヒーローみたいだ。名前はぐすんと鼻を鳴らし、涙と鼻血を拭った。一人ぼっちだった名前は、この時ようやくほんの少しだけ安堵できたのだ。