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また遠くなる


風が吹く。葉と葉の擦れる音が静かに響く。日もとっぷりと暮れ、街灯も全く見えぬこの地では、夜の闇は深いように思えた。だからだろうか。上を見上げると、チカチカと光る星が普段よりも綺麗に見えた。名前の目も同じようにチカチカと光る。

「名前ちゃん、何してるんですか?」
「あ、トガちゃん。星が綺麗だなあって見てたの」
「星?確かに沢山光ってますね」

名前の横に来たトガも同じように空を見上げる。しかし、それが何だと言わんばかりに首を傾げていた。そんな彼女は普段見ない不思議なマスクをしている。黒くて硬そうでごつい形のマスク。それに対して、トガは「可愛くないです」と愚痴を零している。

「それ、暑そうだね!」
「外したいんですけど、ダメなんです」
「そうなの?」
「仕事で使うので。可愛くないです。嫌です」
「そうかな?でも、カッコイイよ!海外のアクション映画とかに出そう!」
「へ、へへ、そうですか?」

名前の言葉にトガは照れくさそうに笑う。とはいえ、その顔の大半はマスクで隠れており、ハッキリと伺うことは出来ないが。

「こんな所で何してるの?そろそろ行くわよ」
「あ、マグ姉!」

並んで空を見上げる2人に声をかけてきたのはマグネだ。その手には大きな磁石のようなものが抱えられている。これ、なんだろう。ここに来る途中に尋ねてみたが、仕事で使うのだと微笑まれた。
皆仕事として何かしら持ってきているが、名前の手にあるのは黒霧から持たされたリュックサックのみである。ちなみにその中身は非常食や飲み物、毛布、河童、おやつなどハイキングに行く人のような持ち物ばかりである。

「あらあら、名前ちゃんったら、あちこち汚れてるじゃないの。また転げたの?」
「へへへ、何回かは荼毘先輩やMr.に助けてもらったんだけどねえ」
「頭に葉っぱ着いてます」
「ありがとう!トガちゃん!」

トガから頭に着いた葉っぱをとってもらい、マグネからは服や顔のあちこちに着いた汚れなどを丁寧に払って貰った。
名前の初仕事の現場。それは、人工的な光など存在しない山奥だった。しかも、夜遅くの時間帯。足場も悪く、ホラーが苦手な名前は足元もおぼつかなかった。そのせいか、この道中何度か足を滑らせたり、崖から落ちかけたり、野生の熊と鉢合わせたり、相も変わらず不運は絶好調に働いていた。おかげで名前の身なりはボロボロである。

「疼く、疼くぜ、早く行こうぜ」
「仕事…仕事…」

それにしても、と。名前は何やら不穏な気配を感じていた。
ここにいるメンバーは何度か顔を合わせたことがある。会話だって交わしたこともあるし、何なら共に酒を飲み明かしデロデロに酔っ払ったことだってある。(酔っ払っていたのは名前だけだが)
だが、今この場にいるメンバーはなぜだかいつもの違う感じがした。何が、と聞かれると言葉に表すのは難しいのだけれど。合ってるはずのパズルのピースが何故だかハマらない。その感覚に似ている。
そして、名前の胸の中に巣食う感情がもう1つ。それは、そんな彼らとの間に見えない壁のような何かを感じることだ。皆、いつもと違う。それなのに、名前だけはいつもと変わらない。その変化についていけない。名前はそれに寂しさに近い虚しさを感じていた。

「名前」
「んー?」

山の中の何処かである丘。人が通るような道ではない道を通り抜けてはようやくたどり着いた見晴らしのいい場所。丘と言うより、崖に近いけれど。ひゅるりと頬を撫でる夜風が何だか気持ち悪かった。
その丘から何かを見下ろしていた荼毘から声をかけられ、名前は彼の元へ行く。無感情の青色の瞳に、名前の姿が映った。

「……眠いのか」
「え?なんで?」
「お前にしては静かだ」
「だからって、その認識はおかしいぞっ!」

眠くはない。だけれど、いつもと違う周囲が不思議で静かにしていたなんて、それを悟られるのは少し憚られた。すると、もっと皆との距離が開いちゃいそうで嫌だったのだ。この仕事を終えれば、自分も変われるのだろうか。皆との間にある壁も乗り越えられるだろうか。

「とりあえずお前、あちこち行くなよ」
「そんな子供扱いするようなこと言ってー。迷子になりませんよーだ!」
「本当か?俺の目を見てそうハッキリと断言できるか?」
「いだだだだだっ!荼毘先輩、頭痛い!割れちゃう!割れちゃう!」

がっちりと頭を掴まれ、無理矢理顔を向かせられる。どんな握力してるんだ。とんでもなく痛い。バチリと音を立てて合ったその視線は、剣呑な色を乗せて容赦なく名前の顔に突き刺さる。

「何度他の敵に攫われかけたり、マンホールに落ちたり、犬に追いかけられ逃げているうちに迷子になって数日間行方不明になったりしたと思ってんだ?この空っぽの頭の中にその記憶は入ってねえのか?」
「誠に申し訳ございません」

確かな事実であるため、名前は素直に謝った。誠心誠意込めて謝罪の言葉を口にした。
すると、頭を掴んでいた手の力は緩められ、名前はほっと息を吐く。目の前の男は本当に容赦がないのだ。そそくさと身体を退かせようとしたが、その前にそのままポンポン、と頭を優しく撫でられた。名前は思わず顔を上げて荼毘の表情を伺う。

「俺から離れるなよ」
「……はーい」

頭を撫でていた手はあっさりと離れた。それが名残惜しく、名前は自身の頭に手をやる。夜で良かったと思う。熱くなった頬を隠せるから。

「それじゃあ後でね」
「へ?どこ行くの?」
「それぞれの持ち場に行くんだよ。君、何も聞いてないの?」
「き、きききき聞いてたし!?!?」
「誤魔化し方下手くそだな」

ガスマスクを着けたマスタードから小馬鹿にしたような言い方で返される。でも、確かに何も聞いていない。
マスタードだけでなく、他のメンバーもそれぞれの持ち場に行くためか、バラバラに動き出す。
え、私は何をしたらいいの。近くにいた荼毘にソワソワと視線を向ければ、「うるせえ」と言われた。まだ何も言っていないのに。酷い。

「名前ちゃんは俺達の傍にいればいいんだぜ!迷子になっちまえ!」
「ごめん、どっち?」
「離れんなよ!離れても見つけてやるから安心しろ!」

荼毘は何も言わないが、トゥワイスが言うには名前は彼らと共に行動することになるらしい。スタスタと2人が歩くので、名前もそれに慌ててついて行く。

「ねえ、仁くんー、今回のお仕事って勧誘だよね」
「それも目的のひとつだな!いいや、違う!」
「誰を勧誘するの?」

こんな山の中に人がいるとは思えないのだけれど。名前はキョロキョロと辺りを見渡しながら言う。

「…こいつだ」
「ん?」

すると、先程から黙っていた荼毘は一枚の写真を名前に見せた。そこには、金髪で赤色の目をした青年が何故かぐるぐる巻きに縛られた姿があった。まるで猛獣を取り押さえているかのようだ。

「名前、お前はただ今回の仕事が上手くいくことを望めばいい」
「それ、トム部長にも言われた!お前にしかできないことだって!意味わかんない!」
「だろうな」

そして、荼毘は立ち止まる。それに釣られて、名前とトゥワイスも立ち止まった。

「少し離れろ」
「へ?」
「名前ちゃんこっちに来るんだ。動くなよ」

トゥワイスに引っ張られ、名前は荼毘から距離を置く。すると、荼毘は木に手を翳し、ぶわっと青色の炎をその身から溢れださせた。

「荼毘先輩、こんなとこで火出したら危ないよ」
「危なくさせるんだよ」
「え?」

荼毘の触れていた木に炎が移り、轟々と黒い煙を立ち上げながらも燃え上がる。それが、次の木から次の木へと燃え移り、青色の炎は辺り一面に広がっていく。

「荼毘先輩!?何してんの!?放火魔じゃん!!」
「名前ちゃん、落ち着けって!騒げ騒げ!」
「でも、荼毘先輩が、」
「今回の仕事で必要なことなんだ。不要な作業だよ」

荼毘の行為を止めようとした名前を、トゥワイスが慌てて宥める。仕事と言われれば、名前は何も言えない。それが、名前からしたら不可思議なことであっても。疑念を抱くようなことであっても。不審感を抱くようなことがあっても。名前はどうすることも出来ない。
何故なら、彼女は敵連合の本当の目的を知らないのだから。

「さァ、始まりだ。地に堕とせ。敵連合"開闢行動隊"」