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その手の温度は覚えている


いい夢を見ていた気がする。赤ちゃんに戻って、ゆりかごに揺られながらゆっくりと眠る夢。伸びてきた手は温かくて、でも何処か覚束無いのが不思議だった。
大丈夫。そんな簡単に壊れないよ。名前はそんな思いで、恐る恐る触れてくる手に擦り寄った。手は驚いたように引っ込んでしまったけれど、暫くするとまたそろりそろりと伸びてきたので、名前はほっと安堵した。

目を覚ますと、体が少し軽くなっていた。重いまぶたも今では随分と簡単に持ち上げられるし、ぼんやりとしていた頭の中もスッキリとしている。そして、あんなに寒くて仕方なかったはずなのに、今は十分に体が温まっている。
小さく身じろげば、上から「大丈夫か」と声が降り落ちてきて名前は顔を上げる。

「え?荼毘先輩?」
「人の腕の中でよく爆睡できるな」

名前の頭上にあるのは荼毘の顔。それを認識してから、名前はそこでようやく荼毘に抱えられていることに気づいたのだった。

「うひょわ!?!?ごめんなさい!!」
「うるせえ」
「だ、だって、まさか荼毘先輩の腕の中にいるとは思ってなくて!」

名前は荼毘の腕から慌てて抜け出す。何がどうしてこうなってしまっているのか、名前にはさっぱり分からない。ここの場所までたどり着いたのは覚えている。あまりにも寒くて身体がきつくて、意識が朦朧としていた。ココアを飲んでいたところまでは覚えているのだが、それ以降の記憶はさっぱりだ。

「あの、ご迷惑をおかけしました」
「手足が痺れた」
「うっ!」

サラリと吐かれた毒は、名前の良心を痛めるには十分だった。

「…身体は?聞くまでもなく元気そうだが」
「えっと、大丈夫!だいぶ楽になった!」
「そうか」

荼毘の手が名前に伸びてくる。名前は思わずぎゅうっと目を瞑るが、その手は名前の額に軽く触れるだけであっさりと引いていった。

「さっきよりはましになってるな」
「……うん、ありがとう」

人に触れることに慣れてない手つきだったな、と。名前は彼の継ぎ接ぎだらけの手を見てそう思った。未知のものに触れるかのような、恐る恐るとした不慣れな手だった。
夢の中で触れてくれたあの温もりのようだ。

「起きた途端うるせえやつだな」
「今日はもう帰られたがいいですね」
「あ、トム部長、黒霧さん。私どのくらい寝てた?」
「3時間ほどですね」

3時間。荼毘は3時間も名前を抱えていたということになる。やばいな、私、体重最近増えたよね。そんな心配とそれと連なる申し訳なさが顔を出してきて、名前は荼毘の顔が見れない。

「寝たらすぐに回復って、お前は頭だけでなく身体まで単純な作りになってるんだな」
「なぬ!?褒められるはずなのに何故か貶されてる!!」
「褒めてるぞ」
「そ、そっかあ…えへへ」
「やっぱり単純だろ」

なんて、死柄木から厳しい言葉を貰い受けるが、名前は元々身体は丈夫な方である。昔から怪我は絶えず、今回のように雨で体を濡らして風邪を引いたりしていたものだから、身体もそれに順応していったのだ。そのおかげか、怪我の治りも心做しか早くなった気がするし、風邪などの病気も少し寝れば回復するようになった。人の体の作りはすごいものだと、名前の親は感心したと聞く。

「良くなったからと言って油断するのはよくありません。今日は早めに帰って安静にするといいでしょう」
「いいの?」
「移されたらたまらないから早く帰れ」
「うん!わかった!ありがとう!」

黒霧と死柄木の労る言葉に甘えて、名前は家に帰ることにした。
しかし、立ち上がろうとすれば、まだ万全の状態でないからなのか、名前はふらりふらりと体を揺らす。危なっかしくて見ていられない。倒れそうな名前を、荼毘は彼女の腰に手を回すことで支えた。

「さっさといくぞ」
「え?」

そのまま荼毘に導かれるがまま、名前は外へと連れられた。カラン、カランと音を立てて外に出ていく2人の後ろ姿を死柄木と黒霧は見送った。

「素直じゃないですね、彼も」
「なんだかんだいって、荼毘のやつ名前に甘いよな」
「それは貴方もでは?死柄木弔」
「はあ?」
「素直でないのはお互い様ですね」

黒霧は名前が飲み終えたココアのカップを洗いながら、楽しそうに呟いた。



外に出ると、雨はまだ降っていた。荼毘は外に立て掛けてある傘を1本手に取り、花を咲かせるかのように開く。コンビニでも売っているような透明の傘だ。荼毘はその中に自身と名前の体を入れて、歩き出した。

「ねえ、荼毘先輩、私大丈夫だよ」
「フラフラしてるのにか」
「た、立ちくらみかなあ?」
「どうせ帰り道も不運に見舞われるだろ。今の状態じゃ幸運が来る前にお前死ぬぞ」
「むう」

確かに荼毘が支えてくれているおかげで名前は歩きやすくなっている。この雨の中、熱のある状態で不運に見舞われでもしたら確かに無事では済まされなさそうだ。名前は今回も荼毘の優しさに甘えることにした。

荼毘の選ぶ道はほとんど人通りの少ない道ばかりだ。路地の裏とか、怪しい雰囲気を持つ場所とか。そのせいなのか、通る道は狭くて名前は自然と荼毘に体を引っつけてしまう。その時に荼毘の体温の高さを感じ、
名前はそのまま荼毘の体にぴったりと密着した。

「おい、近い」
「さっきはそれよりも近かったもーん」
「邪魔だ。あとお前熱い」
「釣れないんだからもう!」

それに荼毘が難色を示さないわけがない。案の定文句を言われた。名前はしゅんと落ち込みながら、身体を離そうとする。
しかし、荼毘はそこで引っ付いてきた体がほんの少し震えているのに気づいた。どうやら雨の降りしきる外に出たことで、寒くなってきたらしい。それか、また熱が上がってきているのかもしれない。
荼毘は名前の肩にかけた自身のコートを落とさぬよう、もう一度掛け直した。そして、そのまま離れようとした名前の体を自身に近付ける。
あれ、言っていることとやっていることが全く違うような。名前は荼毘の突然の行動に目を白黒とさせた。

「荼毘先輩って、すっごい冷たいけどちょっと優しいよね」
「それはないだろ」

優しい人格者が人を平気で燃やせるわけがない。何も知らぬ名前の無邪気な言葉に、荼毘は不機嫌そうに反論した。

「手とか体とかあったかい人って心もあったかいんだって」
「逆じゃねえのか」
「あり?そうだっけ?」

名前は楽しげに笑う。しかし、体調が悪いのか、その声はいつもより覇気がない。

「でも、荼毘先輩の手、私好きだよ」
「変なことを言うんだな。継ぎ接ぎで不気味だろ」
「確かに感触は慣れないけど…でも、可愛いと思う!」
「はあ?」

荼毘は継ぎ接ぎだらけの見目のため、周囲からは気味悪がられることがしばしばである。妙に趣味の悪い女から夜の床に誘われたことはあれど、まさか可愛いという評価を得たことなど全くない。しかも、その対象が手。手が可愛いとはなんなんだ。荼毘は名前の感性を疑う。

「なんか迷子の子供みたいって言うか、もうそろそろ懐きそうだけど警戒心が抜けきれない野良猫みたいっていうか…」
「なんだそれ」
「んー、分かんない!でも、荼毘先輩の手に触りたいって思う!」
「きめえ」
「相変わらず冷たい!」

普段は華麗に炎を操るその手が、名前に触れようとしてくる時少したどたどしくなるのだ。傷つけられるのを、それとも傷つけるのを恐れているのか。名前はそれを掴んであげたいと思うのだ。
そんなことを言えば、荼毘はまた「きめえ」と零して名前との間にある距離を開いてしまうかもしれないから、絶対口にしないけど。

「家、ここだったか」
「そう!ありがとう!送ってくれて!」

何処で知り得たか分からないが、2人は名前の家までたどり着いた。恐らく義爛からの情報であろう。
名前は慌てて肩にかけていたコートを荼毘に返した。荼毘はそれを受け取ると、動くことも、何も発することもなく、ただじっと名前を見つめていた。

「……」
「荼毘先輩?」

名前はそんな荼毘を不審に思い、目の前でヒラヒラと手を振る。それを鬱陶しく思ったのだろう。荼毘によりあっさりとその手は叩き落とされた。

「……早めに治せよ」
「へ?う、うん、ありがとう」

荼毘の手が伸び、名前の頬を撫でる。その時、触れた頬から痺れるような痛みが流れてきて、名前は叫び声を上げた。

「いだっ!?え!?痛い!?」
「……くっ…」
「なんで笑ってるの!?」
「額だけじゃなく、そこも冷やせよ」
「え?うん?なんで?」

荼毘は小さく笑いながら、そのまま雨の中に消えていった。名前はピリピリと痛む頬を抑えながら、その後ろ姿を見送る。

「なんで痛いんだろう?ここ」

ココアを飲んで以降の記憶がない名前は、火傷で痛む頬に疑問符を浮かべながらも、くしゃみをひとつ零す。ああ、また冷えてきた。ぶるりと体を震わせながら、名前はあの青色の温もりを恋しく思った。