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馬鹿は風邪に気づかない


ここ最近雨が多い。傘を差してもそれの意味をなさぬくらいには、雨風が強い。そして、名前の場合は不運により傘が吹き飛ばされたり、壊れたり、滑って転んだり、結局はびしょ濡れの状態になるのがオチである。

「おはようございます…」
「おはようございます。おや、苗字名前、今日もびしょ濡れですね」
「うん…そうなんだよー…コンビニ寄ったら傘取られてて、買おうとしたら売り切れてた」

くしゅん、とくしゃみを1つ。名前はブルブルと体を震わせながら、中に入ってくる。バケツ1杯の水をそのまま被ってきたかのように、名前は全身濡れている状態であった。犬のようにぷるっと震えれば、毛先から水滴が飛ぶ。それを死柄木は嫌そうに見ていた。

「ちゃんと拭け」
「う、ごめん」

死柄木はタオルを名前に投げて渡す。名前は結局上手くキャッチできずに、床に落としてしまいそれを慌てて拾う。最近は名前が雨に濡れてやって来るのが常なので、死柄木は雨の降る日には自然と彼女のためにタオルを用意するようになったのだ。

「着替えのストックはありますか?」
「多分ある、と思う」
「なんだその曖昧な言い方は」
「だって、この前トガちゃんが借りてたし、荼毘先輩を1回怒らせちゃって半分くらい燃やされたし、ここ最近雨のせいでストック消費してばかりだから」

この敵連合のアジトには、名前の予備用の服のストックがある。あまりにも服をボロボロにしたり、今回のように濡れてきたりするものだから、黒霧がストックを置くよう提案したのだ。
しかし、彼らは彼女の不運を舐めていた。
あんなにも大量に溜め込んでいた予備の服のストックは驚くべきスピードで消えていったのだ。また新しくストックを増やさねば、と何気に名前の服のサイズを教えて貰っていた黒霧は、次の買い物リストに名前の服を追加しておいた。

ダンボールから予備の服を取り出し、名前はもそもそと着替え始める。それを凝視する死柄木を黒霧は咎め、無理矢理カウンターへと顔を向かせた。
敵連合の女性はあまり恥を知らない。死柄木や黒霧の目の前で着替える名前もだが、トガも彼女の個性上すっぽんぽんになる。口では「恥ずかしい」というが、実際裸体を晒すことになっても大してそんな素振りを見せることは無い。少し女性としての自覚や慎ましさを得てほしいと、黒霧はそんな母親のようなことを思っている。

しかし、名前から言わせれば、男性陣の目の前以外に隠れて着替える場所がなく、最初はそれなりに恥じていた。それでも、死柄木の「誰もお前の体に興味ねえよ」の一言により、名前はこの場で着替えることを余儀なくされた。そのおかげで、名前は恥を捨て去ることが出来たのだ。要は慣れである。

「冷えたでしょう。これをどうぞ」
「ありがとう、黒霧さん」

黒霧は寒そうにしている名前に気を使って、甘いものが大好きな彼女のためにホットココアを用意する。着替え終わった名前はのそのそと緩慢な動きでカウンターの席に着く。

「あったかい…」

ココアを口にして、名前はその表情を緩める。心做しか名前の顔は赤く、その声も鼻がかかったようなものに聞こえる。ぐすりと鼻を鳴らすし、いつもと比べてあの騒がしさや元気もない。もしかしたら風邪を引いているのかもしれない、と黒霧は察した。
最近は降りしきる雨のせいで、名前は毎日のように濡れてやって来る。毎日体を冷やせば、調子を悪くするのも頷けるものだ。

「寒いのなら、もっと上に着ないとダメですよ」
「っていうか帰れよ」
「死柄木、言い方があります」
「でも、出勤はしなきゃ」
「んなもんねえって」

そりゃあ犯罪者組織だもの。出勤だのなんだの社会のルールなどあるはずがない。
名前はブルブルと体を震わせて、丸まらせる。これは本当に重症ではなかろうか。死柄木も口は悪いが、何だかんだ少しは心配しているのだろう。何かしようかとするが、何をしたらいいのかわからず、その手は所在なさげにウロウロとしている。

「おい、荼毘」
「なんだよ」

すると、隅っこの方に居座っていた荼毘に死柄木は声をかける。巻き込まれぬようにしていた荼毘だが、名前を呼ばれたことによりその顔を渋らせた。

「こいつは寒いらしい」
「そうみたいだな」
「炎を出せ」
「……俺は湯たんぽじゃない」
「似たようなもんだろ」
「随分とお優しいことで」
「風邪のウイルスを移されたくないだけだ」

ツンデレかよ、こいつ。荼毘は内心そう毒吐きながらも、渋々と名前に近づいていく。
目を閉じ、カウンターに体を預ける名前は確かに少し苦しそうだった。鼻が詰まっているのだろう。呼吸がしにくそうだ。いつも明るく矢継ぎ早に言葉を繰り出す口からは、荒々しい息が吐き出されるだけだった。いつも騒がしいくせに、こうも静かだとなんだか落ち着かない。
荼毘はそっと紅潮した名前の頬に手を近づけ、淡い青色の炎を灯す。

「あ…」

名前の瞳がゆっくりと開く。いつもよりも水分の多く感じるぼんやりとした瞳に、青色が映る。彼女の瞳の中で青色が優しくゆらゆらと揺らめく。

「きれい……あったかい…」
「あ、おい」

名前はその青の美しさと温かさに、自然と頬を寄せた。突然の行為に対処しきれなかった荼毘は炎を仕舞うのが遅くなり、当然名前の頬はじりっと焼けた。

「あっづ!!!!」
「当たり前だろ」

名前はあまりの熱さに体を跳ねさせ、荼毘は素早く手に灯らせた炎を消す。名前は火傷した頬を手で抑え、その瞳からポロポロと涙を流していた。風邪のせいなのか、涙腺も緩くなっているようだ。

「馬鹿だな」
「冷やさないといけませんね。保冷剤渡しておきます」
「……ぐすっ、ありがとうございます……」
「温めたり冷やしたり忙しい奴だ」

黒霧から得たハンカチで包んだ保冷剤を名前は頬に当てる。荼毘はそんな名前の姿を見て、ため息をついた。

「……」
「なんだ?」

すると、名前はじいっと荼毘を見つめていた。その瞳はやはりぼんやりとしており、焦点があっていない。その視線に気づいた荼毘は嫌な予感を感じつつも、一応尋ねてみる。

「荼毘先輩…」

可哀想なくらいに鼻声だ。それに違和感を感じていると、突如名前はふらりと立ち上がった。突然どうかしたのだろうか。倒れたりしやしないか警戒していると、その予想通り名前の身体が荼毘の方へと倒れてきた。それを受け止めれば、名前の手は荼毘の背中に回り、ぎゅうっと抱きしめられる。突然のことに荼毘が身体を固まらせていると、それを見た死柄木はひゅう、と音を鳴らした。

「あったかい…」

荼毘の胸元に顔を埋める名前がぽつりと呟く。それで、なるほど、と荼毘は合点がいった。
炎を操る個性だからか、荼毘は体温が高い。暖を得るために名前は荼毘に引っ付いたのだろう。

「お前の方が熱ぃぞ」

しかし、荼毘の背中に回る腕や胸元に引っ付いた顔の方が、随分と熱を持っている。恐らく発熱しているのだろう。力が入らないのか、名前も荼毘に体を預けてしまっている状態だ。

「おい、退け」
「……」
「名前、聞いてんのか」
「……すぅ…」
「寝てるな」
「寝てますね」

死柄木と黒霧の言葉の通り、胸元から規則的な呼吸音が聞こえてくる。このまま突き飛ばしてやろうかと思うが、弱々しくも荼毘のコートを掴む手の力と、びっくりするくらいの熱さをもつ名前の身体に、そうする気も失せてくる。自然と荼毘は名前の身体を抱え込むかのように、彼女の背中に腕を回した。

「荼毘、起きるまで温めてあげてもらえませんか」
「なんで俺が」
「だって、荼毘に引っ付いてから彼女も落ち着いているようですし」
「お前、こいつの世話係だろうが」
「世話どころじゃねえよ。まるで子守だ」
「似たもんだろ」

反論しても意味は無いと判断した荼毘は、眉間に皺を寄せながらも仕方なく諦めたらしい。自身のコートを脱ぐと、それで名前を包み、そっと抱え込んだ。そして、そのまま部屋の隅へと向かうと、膝の上に名前を乗せて座り込む。何だかんだ任せられた役割はしっかりと全うする気はあるらしい。
ツンデレかよ、こいつ。死柄木は内心そう毒吐くが、少し前に逆に荼毘にもそう思われていたことなんぞ知るはずもなかった。

「はあ…馬鹿は風邪引かねえんじゃないのかよ」
「ちげえよ。馬鹿だから風邪ひいてる事に気づかないんだよ」
「それは違いねえな」

いつもと比べて随分と静かな名前の健やかな寝顔を見て、荼毘は喉で笑う。かなりの間抜け面だ。こちらまで力が抜けてしまうくらいには。
火傷で少し腫れた頬を見て、そっとそれを指でなぞる。また傷が増えたもんだ。不運のせいで元々傷だらけの名前を見てそう思うのも変ではあるが、自身の炎のせいで腫れた頬を見ると、何だか胸がざわつく。
この感覚はなんなのだろうか。名前のつきにくい、不思議な衝動だ。それをどうにか胸の奥底に押さえつけるように、荼毘は名前の体を力を入れて抱きしめた。