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面接会場はバー


部屋に入った瞬間名前が零した言葉。それは。

「コスプレなら、経験あるんで私行けます!!」
「何言ってるんだこいつ」

顔に手が引っ付いている不可思議な男から冷静にツッコミを入れられた。

部屋の中はバーのような造りをしていた。棚には綺麗にお酒が整列しているかのように並んでいる。最初はバーの正社員として引き受けられるのかと思ったが、中にいる面接官がこれまた不思議な人物達で揃っていたので、名前は目を白黒とさせた。

まず、名前にツッコミを入れた男はモサモサとした頭をしており、顔に手がひっついている。あれ、どういう原理で引っ付いているのだろう。何処ぞの風紀委員長が肩にかけている学ランのように、どれだけ動いても落ちない構造になっているのだろうか。
もう1人はバーのカウンターでワイングラスを拭っている者。黒い霧みたいなもので顔が覆われていて、その表情は全く伺えない。シャイな人なのだろうか。
もう1人は継ぎ接ぎの肌をした不気味な男。静かにこちらを見つめており、その冷めた瞳が何だか居心地が悪い。あの肌、どうやって作ったのだろうか。コスプレのレベル高いなあと名前は人知れず感心するのであった。
もう1人は女子高生だ。何故か名前の顔を見て、「血だあ」と恍惚な笑みを浮かべている。本当にもの好きな人がいたのかと、先程のおじさんの言葉に名前は納得をした。

おそらくこの4人が名前の面接官なのだろう。面接は第一印象が大切だ。名前はまだ血が止まらぬ鼻の穴にティッシュを詰め込み、背筋を伸ばした。

「私は苗字名前と言います!今日はよろしくお願い致します!」

指の先まで力を入れて、頭を下げる。ピッタリと90度に折れ曲がった身体。それを見て、男はため息をつく。

「おい、こいつはどう見ても毛食が違うだろ」
「まあ、そう言うな」
「…落ち着いてください、死柄木弔。あの大物ブレーカーが連れてくる人物ですから、何か考えがあってのことでしょう」

顔を恐る恐る上げれば、何故かやんややんやと言い合っていた。黒い霧の人が1番上に立つ者なのかと思ったが、どうも違うらしい。名前の存在を反対する、顔に手をひっつけた男を何とかなだめようとしているところから、決定権はその男にあることが察せられた。

「あの、ところで、」
「あ?」
「私はどこに座ればいいでしょうか?」
「お前居座る気かよ」
「…え、立ったまま面接をするスタイルなんでしょうか?」
「おい、こいつ言葉通じねえ」

きょとんとした顔を見せる名前に、手をひっつけた男は苛立ちを隠さぬ様子で、指を刺してくる。人を指差しちゃいけないって習わなかったのだろうか。

「お構いなく。どうぞ、こちらに座ってください」
「ありがとうございます!」

黒い霧の男の言葉に導かれ、名前はバーのカウンターにある1つの席に腰を落ちつける。バーが面接会場だなんて初めてのため、名前はどうすればいいのか戸惑っていた。とりあえず荷物は下に綺麗に置いて、椅子を回転させると手をひっつけた男に体を向けた。

「何?」
「え、志望動機とか聞かないんですか?」

手をひっつけた男は頭を抱え始める。それを、黒い霧の人が「死柄木」と咎めると、手をひっつけた男こと死柄木弔は渋々と名前と顔を向き合わせた。

「……お前、なんでここいんの」
「待ってました!!
私は、御社の世界を変えるという大規模な指針に大いに感銘を受けました。私も是非御社の力になれるよう尽力する所存でございます」
「…………はあ」
「?」
「くくっ」

名前の言葉を聞いて、死柄木はますます頭を沈みこませる。そんな彼の様子を見て、おじさんは愉快そうに笑っていた。

「人選ミスだ。住む世界が違う」
「え!?コスプレなどに偏見はありませんよ!!」
「お前は黙ってろ」

名前はその言葉に素直に口をきゅっと結んだ。へんてこりんで不気味な格好はしているが、この死柄木弔という男は名前にとって未来の上司となる可能性があるのだ。黙って言うことは聞いておくが吉である。

「そんなことはない。彼女は間違いなくこっち側の人間だ。そういう運命にあるはず"だった"」
「だった?」
「だが、名前ちゃんのその運命は幸運にも、その家族や環境、そして何より彼女の持つ性質や性格によってねじ曲げられたのさ。それを正してやるのも大人の役目だ」
「……それを余計なお世話って言うんだ」
「釣れないことを言うもんだ」

何の話をしているのだろうか。死柄木とおじさんは緊迫とした空気を纏いながら話していた。
ぽかんとそれを眺めるだけの名前の目の前に1つのグラスが置かれる。その硝子のような透明の液体からは、しゅわしゅわとした泡が浮き出ては弾けていた。

「喉も乾いたでしょう。よろしかったらどうぞ」
「ありがとうございます!」

極度の緊張によって名前の口の中はカラカラだ。それを潤すように、名前はそのグラスを煽った。喉をぱちぱちとした刺激と共に水分が通っていく。気持ちがいい。思わず声が出てしまいそうだ。

「貴方、血の匂いがたくさんします…」

すると、名前の隣にやってきてひょっこりと顔を覗かせてきた女子高生は、うっとりとした表情で名前を見上げた。そんなに鉄臭いだろうか。自分では自分の匂いが分からないもんである。名前は鼻からティッシュを取り出す。血はすっかりと止まっているようだ。

「ああ、これですか?さっき転けて鼻血出しちゃって汚したんですよー!」
「もっと血を出した方が、ずっと素敵だと思います」
「中途半端に汚すより、全部汚せって考えですか?それも一理ありますね!」

「話噛み合ってませんよ」

なるほど、と納得すれば、黒い霧の人は鋭くツッコミを入れる。ボケばかりの狂った空気に耐えられなかったのだろう。

「私の考え、受け入れられたの初めてです」
「赤色のシャツですって言えば何とかなりそうですもんね!天才的です!」
「えへへ、そうですか〜?」

ポッと頬に手を当てて笑う女子高生は随分と可愛らしい。制服姿ではあるが、学校は大丈夫なのだろうか。なんて、変な心配が湧いて出てくるが、まあ、難しい年頃だと思うので名前は口を噤んだ。

「ところで、貴方はどんな個性をお持ちですか?」

すると、黒い霧の人は自然な流れで名前に問いを投げかけてきた。名前はぱちぱちと弾けるサイダーを口で遊ばせながらも、うん?と首を傾げた。

「え?個性?私持ってないですよ」
「は、はあ…?」
「私、無個性なんですよ!」
「…何か、戦闘能力などは?」
「戦闘…?満員電車では人混みに負けることなく、中に入り込むことができます!!」
「……どういうことですか」

あら、墓穴掘ったのかしら。そう思ったのは、黒い霧の男の人が、おじさんを恨めしそうに目(多分目だと思われるもの)を向けたからだ。

「使えねえ奴は何人集めても意味はねえだろ」

すると、先程まで沈黙を守っていた継ぎ接ぎの男は名前を非難するように告げた。明らかに名前に敵意を向けている。うわあ、これは面接大失敗だ。名前はおじさんへの罪悪感と己の不甲斐なさに肩を落とした。やはり血で中途半端に染まった白シャツは不味かったのかもしれない。女子高生の言う通りどうせなら全部赤に染めてくるべきだったか。なんて、名前は見当違いな考えに頭を持っていかれていた。

さて、名前は全く気づいていないが、ここで予め説明しておこう。名前が就活として訪れた場所。それは、ステインが所属していた組織として名を轟かせる、敵(ヴィラン)連合である。
個性を使って罪を犯したもの、独自の思想を掲げるもの、反社会的反平和的思考を持つもの、それぞれ別方向に目を向けてはいるが、要は社会のはみ出しものが集まった団体である。
そこに、ちょっとした不運に目を瞑れば平和的に過ごしていた一般人が仲間入りを果たそうとノコノコやってきたのだ。もちろん反感は買うだろう。住む世界が違うのだから、互いを理解することなんてもってのほかだ。ズレた互いの思想により生まれるのは、やはり争いだ。
今は仲間を集め勢力を強めるために動いている敵連合としては、無益な争いは避けて通りたいのだ。

「こいつはいらないな」

継ぎ接ぎだらけの男の手から青色の炎が灯る。ぼうぼうと揺れ動くその熱に、名前は目を奪われる。車で海沿いを走らせた時の、光景を思い出す。キラキラと太陽の光を浴びて反射する水面と、空を写す青色の波。
この炎は、海だ。そう錯覚させる美しさを持っていた。
それが、ぶわっと威力を持って名前に襲いかかる。名前の身がその炎に焼かれようとした時、迫り来る熱風に名前は小さく身じろいだ。そのせいで、元々立て付けが悪かったのか、名前が座っていた椅子が音もなく崩れ落ち、名前は後ろへと体が倒れた。

「へぶっ!?!?」

青色の炎は名前の頭上を通り過ぎていく。継ぎ接ぎの男は舌打ちを零し、第2波を出そうと手を構えた時。名前が履いていたヒールが勢いよく脱げて、お酒の並ぶ棚にぶつかる。それは、ドミノのように器用に落ちて割れていき、黒い霧の人は小さく悲鳴をあげた。落ちたグラスのひとつは丁度テーブルに掛けていたモップにぶつかり、モップはふらりと所在なさげに違う方向へと倒れる。そこはなんと、タイミングがいいのか悪いのか、継ぎ接ぎだらけの男の頭の元であった。
コツン、とモップの棒が彼の頭に落ちる。継ぎ接ぎだらけの男は、無言で身体から青い炎を溢れさせた。モップがあっという間に燃えて塵となる。

「荼毘、ダメです!割れたお酒の中にはアルコール度数が高いものがあります!炎が移れば、この場所諸共私たちまで灰になります!」
「ちっ…」

荼毘と呼ばれた継ぎ接ぎだらけの男は、大人しく青色の炎を鎮めた。そして、忌々しそうに仰向けに倒れた名前を睨みつける。名前はそんな視線に気づくことなく、頭をぶつけたせいかすっかりと意識を飛ばしていた。
危機一髪とはまさにこの事か。おじさんこと、闇のブローカーと呼ばれる義爛は、名前の引き起こす不運と幸運のタイフーンを見て、楽しげに笑っていた。

「面白い子だろう?」

その言葉に6つの鋭い瞳が静かな怒りを向ける。しかし、義爛はそれに全く気にすることなく、倒れた名前を優しく抱き起こした。