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そもそも、彼女をこのカフェへと誘ったのは彼女の彼氏のことで話があったからだ。
よくない噂をきいた。彼女が身体にあざを作っていた、と。彼女は転んだんだ、と言っていつものように笑った。でもそれを見た友人の葉子――耀秋の幼馴染でもある――は確かに他にもあざがあったと言った。そのことで相談を受けたのがつい五日ほど前。葉子は耀秋が美代を好きなことを知っている唯一の人物だ。相談をくれたのはそれがあったからなのだろう。二人で話し合って、彼氏が原因なんじゃないか、という結論に到った。所謂DVというやつである。
葉子は耀秋なら彼女を救ってくれんじゃないか、という気持ちでいっぱいだった。葉子は美代が彼氏に暴力を振るわれているのではないかと疑ったことは一度や二度ではない。それでも葉子の質問に美代は大丈夫だと言い張った。葉子には彼女が彼氏を庇っているとしか思えなかった。そこで相談したのが幼馴染で、初恋をいまだに捨てきれない一途な男だった。彼なら美代を幸せにしてくれるという、確信にも似た何かがあった。決してはっきりとしない、でも確固たる何かが。
優しいことはいいことだ。だがそれは時と場合によって愚考となる。足手まといになる、足枷になる、がんじがらめの鎖となる。それは小さな棘を持って全身に絡みつき、独りで抱え込んでもがけばもがくほど酷くなる。肌に傷をつけ、助けを求められない故に心も身体も心身とも疲弊し、憔悴する。棘は時間が経つごとに肌にくいこむ。やがて犠牲の末に流れ出した赫は自分を更に追い込むことになるのだ。
『美代のこと、あんたに任せたから。頼んだからね』
耀秋の中で、電話を通して伝えられた葉子の声が甦る。しっかりとした芯のある声音だった。
太ももの間で組んだ拳が震えた。
「美代ちゃん、訊きたいことがあるんだ。」
「なに?」
邪推をすることもなく、答える彼女に罪悪感が湧く。それでも言わなければならなかった。
緊張に乾く唇を舐めた。
絶対キミを幸せにするから。今のヤツなんて止めて自分にすればいい。彼氏が反対して、暴力を振るおうとしても絶対に止めてみせるから。信じて欲しい、自分の言葉を。
そう切望して耀秋は口を開いた。
捨てきれなかった初恋の続きをしよう。彼氏のことなんか忘れさせるから。俺だけを見ていればいい。それくらいの激しい恋愛をしよう。俺はもう自分を、キミを好きだという気持ちを隠しはしなから。俺の元に逃げてきて、キミの全てを受け止める。助けてみせるから。
大好きです。
想いを言葉にのせて。
Fin.
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