11
「生まれたことの、何がめでたいの?」
エリナがそう言った時のマルコの悲しそうな顔、そしてそれを見てエリナが"しまった"と息を飲んだ顔が忘れられない。
ぼんやりそんなことを考えながら、宴で余ったものをアレンジしたりして、朝食を作る。
結局あの後はみんな酔ってることもあり、微妙な雰囲気は盛り上がってるクルー達によって有耶無耶にされ、何となくみんな散らばって喋ったり、その話題がまた出ることはなかった。
「おはよーサッチ。」
未だパジャマで、しかも寝癖をつけたまま、エリナがキッチンに顔を出す。
おいおい、花の乙女が目ヤニ付いてんぞ。
こっちはお前のこと心配してるってのに、気楽なもんだぜ。
「エリナちゃん、目ヤニ付いてまちゅよー。」
「子供扱いすんなー!」
ムッとしたエリナに、伸ばした右手を払いのけられる。
顔洗って来る、と走り去っていくエリナの背中を見送った。
顔洗って、髪の毛も直してから起きて来いっての。
「おはよう、サッチ。」
ハルタだ。
ほれみろ、ちゃんと髪の毛も整えて服も着てる。
あいつ自分が女だって分かってんのか?
「昨日なんかあった?」
「ん?」
「マルコだよ。後半一人でしんみり飲んでたから。」
騒いでる奴らの相手でそれは気づかなかったが、確かに輪の中にはいなかったな、と思い出す。
俺にとっても、もちろんハルタや皆にとってもエリナは大事な妹だ。
だが、マルコにとってはちょっと違う。
ずっと一番近くでエリナを見てきた、父親であり兄貴であり親友であり、何とも一言では形容し難い。
「エリナだよ。」
「エリナ?エリナになんか言われたの?」
「んーまあそんなとこだな。」
まだクルー達が起きてくるまで時間がある。
俺はコーヒーを入れて、カウンターに座ったハルタの前に出してやる。
「いただきます。」
「おう。」
淹れたてのコーヒーの匂いを堪能してから、少しずつ啜る。
「昨日気づいたけど、エリナの誕生日って祝ったことねぇんだよなー。」
「ん?あぁ、そういえば誕生日不明だもんね。」
野郎ばっかりだと、どうも誕生日だのイベントごとには疎い。
宴といえば、何かに託けて呑む。
それだけである。
だからあいつの誕生日っていつだっけ、なんてあんまり気にしたことがない。
エリナの誕生日を祝ったことがないということにすら、気づきもしなかった。
「エリナは今も、家族って何か分からねぇままだと思うんだよ。」
「まぁ、ちょっとの期間も、まともに家族と過ごしてなかったみたいだしね。」
途中で失うのと、初めから無いのでは、また訳が違う。
ここのクルーにも、元々家族がいなかったやつ、厳しい境遇で生きてきたやつ、大事なものを失ってきたやつ、色んなやつがいる。
エリナのような境遇だって、ここでは珍しくは無い。
ただ一つ、特別視してしまうポイントがあるとすれば、やっぱりエリナが女の子というところだろう。
「どうする?いつか好きな人ができたーとか言って船降りてさ、結婚とかしちゃったら。」
「好きな人ができた時点で、オヤジや皆の厳しい審査付きだろうね。」
ふふ、とハルタが笑う。
「まぁエリナが幸せになるなら、皆止めはしないだろうなあ。」
「幸せになるなら、な。」
「マルコが一番厳しそうだね。」
ハルタも俺も、思わず苦笑い。
もしエリナが彼氏なんか連れてきたら、何かと難癖を付けてきそうだ。
それを越えて行けるような強い人間じゃないと無理だろうなあ、と思う。
「家族が何かなんて、俺もあんまり分かんないけど、エリナは生まれてきたことも生きてることも、あまりに否定され過ぎてきたんだと思うよ。」
そのセリフに背中に頷きながら、じゃがいもの皮を剥いていく。
方々でコトコト鍋が煮立ち、いい匂いが立ち込めている。
「生まれてきたことの、何がめでたいんだ、って。」
「え?」
「エリナがそう言ったんだ。」
あぁ、それで……とハルタが呟く声が微かに聞こえた。
きっとその後には、"それでマルコが考え込んでたんだ。"と続く。
「エリナって、ふとした時に変な顔してるよね。」
「あー、心ここに在らずって感じの?」
「そうそう!皆と喋ってる時はずっと笑顔なんだけどねー。」
変な顔って、と俺が笑う。
エリナはふとした時、何かを考えているような、逆に何も考えていないような、ぼんやり虚ろな目をしている時がある。
それは皆で話している時にはあんまりないのだが、一人で海を見つめてる時の背中なんて、そのまま落ちて泡にでもなっちまうんじゃないか、と思うぐらい華奢で頼りない。
「誰よりマルコは、エリナのこと気にかけてるからねぇ。」
「そうだなあ。」
「あのマルコが、こんなにも女の子を大事にするようになるとは、夢にも思わなかったよ。」
確かに、マルコがエリナに接する態度は、完全に"女の子"に対するものだ。
ただ本人は態度として、エリナを少しずつ大人の女性として意識している部分があるように思える。
エリナも、もう子供じゃない。
だからこそ、色んなことを考え、憂いるようにもなったんだと思う。
マルコはそれを分かっているんだろうか?
「ハルタ、エリナはまだ"女の子"か?」
「え?うーん、まだまだ女の子だとは思うけど。でもまあやっぱり大人へと成長してるんだなあって思うよね、特に最近は。」
「だよなあ。」
確かに、もう完全に大人とも言い難い。
でも思春期というか、大人になりかけている繊細な時期というか。
海賊が何言ってんだって話だけど、俺だって大事な妹のことはあれこれ考える。
「とりあえず、エリナの誕生日祝ってやりたいな。」
「サッチはマルコに並ぶぐらい、エリナに対しては過保護だと思うよ。」
「過保護なのは違いねぇな。」
最後の鍋の味見を終える。
ハルタが何も言わずに、食器を出していってくれる。
「ねぇ、サッチ。マルコってエリナのこと好きなのかな?そう見えるの僕だけ?」
「本人も相手も気づいてねぇけどな。」
お互い特別なのは分かってるだろうが、それが恋愛だとか異性としてだとか、そんな風に考える歳に、ユカは差し掛かっている。
ただまだちょっと、いやまだまだ、子供なのかもしれない。
「エリナはいつか自分なんて、って思わないようになれば、僕はいいと思うな。」
それ、オヤジも昨日言ってた気がするな。
そんなことを考えながら、皆が起きてくるのを迎えた。
エリナがそう言った時のマルコの悲しそうな顔、そしてそれを見てエリナが"しまった"と息を飲んだ顔が忘れられない。
ぼんやりそんなことを考えながら、宴で余ったものをアレンジしたりして、朝食を作る。
結局あの後はみんな酔ってることもあり、微妙な雰囲気は盛り上がってるクルー達によって有耶無耶にされ、何となくみんな散らばって喋ったり、その話題がまた出ることはなかった。
「おはよーサッチ。」
未だパジャマで、しかも寝癖をつけたまま、エリナがキッチンに顔を出す。
おいおい、花の乙女が目ヤニ付いてんぞ。
こっちはお前のこと心配してるってのに、気楽なもんだぜ。
「エリナちゃん、目ヤニ付いてまちゅよー。」
「子供扱いすんなー!」
ムッとしたエリナに、伸ばした右手を払いのけられる。
顔洗って来る、と走り去っていくエリナの背中を見送った。
顔洗って、髪の毛も直してから起きて来いっての。
「おはよう、サッチ。」
ハルタだ。
ほれみろ、ちゃんと髪の毛も整えて服も着てる。
あいつ自分が女だって分かってんのか?
「昨日なんかあった?」
「ん?」
「マルコだよ。後半一人でしんみり飲んでたから。」
騒いでる奴らの相手でそれは気づかなかったが、確かに輪の中にはいなかったな、と思い出す。
俺にとっても、もちろんハルタや皆にとってもエリナは大事な妹だ。
だが、マルコにとってはちょっと違う。
ずっと一番近くでエリナを見てきた、父親であり兄貴であり親友であり、何とも一言では形容し難い。
「エリナだよ。」
「エリナ?エリナになんか言われたの?」
「んーまあそんなとこだな。」
まだクルー達が起きてくるまで時間がある。
俺はコーヒーを入れて、カウンターに座ったハルタの前に出してやる。
「いただきます。」
「おう。」
淹れたてのコーヒーの匂いを堪能してから、少しずつ啜る。
「昨日気づいたけど、エリナの誕生日って祝ったことねぇんだよなー。」
「ん?あぁ、そういえば誕生日不明だもんね。」
野郎ばっかりだと、どうも誕生日だのイベントごとには疎い。
宴といえば、何かに託けて呑む。
それだけである。
だからあいつの誕生日っていつだっけ、なんてあんまり気にしたことがない。
エリナの誕生日を祝ったことがないということにすら、気づきもしなかった。
「エリナは今も、家族って何か分からねぇままだと思うんだよ。」
「まぁ、ちょっとの期間も、まともに家族と過ごしてなかったみたいだしね。」
途中で失うのと、初めから無いのでは、また訳が違う。
ここのクルーにも、元々家族がいなかったやつ、厳しい境遇で生きてきたやつ、大事なものを失ってきたやつ、色んなやつがいる。
エリナのような境遇だって、ここでは珍しくは無い。
ただ一つ、特別視してしまうポイントがあるとすれば、やっぱりエリナが女の子というところだろう。
「どうする?いつか好きな人ができたーとか言って船降りてさ、結婚とかしちゃったら。」
「好きな人ができた時点で、オヤジや皆の厳しい審査付きだろうね。」
ふふ、とハルタが笑う。
「まぁエリナが幸せになるなら、皆止めはしないだろうなあ。」
「幸せになるなら、な。」
「マルコが一番厳しそうだね。」
ハルタも俺も、思わず苦笑い。
もしエリナが彼氏なんか連れてきたら、何かと難癖を付けてきそうだ。
それを越えて行けるような強い人間じゃないと無理だろうなあ、と思う。
「家族が何かなんて、俺もあんまり分かんないけど、エリナは生まれてきたことも生きてることも、あまりに否定され過ぎてきたんだと思うよ。」
そのセリフに背中に頷きながら、じゃがいもの皮を剥いていく。
方々でコトコト鍋が煮立ち、いい匂いが立ち込めている。
「生まれてきたことの、何がめでたいんだ、って。」
「え?」
「エリナがそう言ったんだ。」
あぁ、それで……とハルタが呟く声が微かに聞こえた。
きっとその後には、"それでマルコが考え込んでたんだ。"と続く。
「エリナって、ふとした時に変な顔してるよね。」
「あー、心ここに在らずって感じの?」
「そうそう!皆と喋ってる時はずっと笑顔なんだけどねー。」
変な顔って、と俺が笑う。
エリナはふとした時、何かを考えているような、逆に何も考えていないような、ぼんやり虚ろな目をしている時がある。
それは皆で話している時にはあんまりないのだが、一人で海を見つめてる時の背中なんて、そのまま落ちて泡にでもなっちまうんじゃないか、と思うぐらい華奢で頼りない。
「誰よりマルコは、エリナのこと気にかけてるからねぇ。」
「そうだなあ。」
「あのマルコが、こんなにも女の子を大事にするようになるとは、夢にも思わなかったよ。」
確かに、マルコがエリナに接する態度は、完全に"女の子"に対するものだ。
ただ本人は態度として、エリナを少しずつ大人の女性として意識している部分があるように思える。
エリナも、もう子供じゃない。
だからこそ、色んなことを考え、憂いるようにもなったんだと思う。
マルコはそれを分かっているんだろうか?
「ハルタ、エリナはまだ"女の子"か?」
「え?うーん、まだまだ女の子だとは思うけど。でもまあやっぱり大人へと成長してるんだなあって思うよね、特に最近は。」
「だよなあ。」
確かに、もう完全に大人とも言い難い。
でも思春期というか、大人になりかけている繊細な時期というか。
海賊が何言ってんだって話だけど、俺だって大事な妹のことはあれこれ考える。
「とりあえず、エリナの誕生日祝ってやりたいな。」
「サッチはマルコに並ぶぐらい、エリナに対しては過保護だと思うよ。」
「過保護なのは違いねぇな。」
最後の鍋の味見を終える。
ハルタが何も言わずに、食器を出していってくれる。
「ねぇ、サッチ。マルコってエリナのこと好きなのかな?そう見えるの僕だけ?」
「本人も相手も気づいてねぇけどな。」
お互い特別なのは分かってるだろうが、それが恋愛だとか異性としてだとか、そんな風に考える歳に、ユカは差し掛かっている。
ただまだちょっと、いやまだまだ、子供なのかもしれない。
「エリナはいつか自分なんて、って思わないようになれば、僕はいいと思うな。」
それ、オヤジも昨日言ってた気がするな。
そんなことを考えながら、皆が起きてくるのを迎えた。