「ちゃんと連絡先消して。着信拒否も忘れんな」
「わかってるよ」
「おい、なんで遠ざけんの。そんなんじゃみえねえって。もっとちゃんと目の前でやって」
「やってるじゃん。そんな近くでじっくりみなくても連絡先は勝手に増えたり減ったりしないよ。システム知ってる?」
「オマエの安全のために言ってるんだよ、オレは」
「そんな大袈裟な……。じゃあもう一虎くんがやったらいいじゃん」
 お腹にまわった腕をぺしぺし叩いてひっぺがし、その手にスマホを握らせる。そうすると今度は私の肩に顎を置いて「こいつ誰? どんなやつ? なにした?」と尋問を始めてきた。ちょっとでも黙ったりすると途端に耳元でぎゃあぎゃあうるさく騒ぎ始めるのでしかたなく次々に投げられる質問に答えていく。好きな人に肉体関係をもった人のことを説明するってどんな地獄だろう。
 それにしても近い。とても近い。なんだこの距離感。慣れなくてムズムズする。
「この番号は?」
「例のハードSMの人」
「ふーん……」
 一気に左側がずしりと重たくなる。逃げようとするとさらにグイッと腰を引かれた。がっつり痣のところが圧迫されて言葉にならない声が出た。ちょっと! 痛い痛い!
「あ、ワリ。痛かった?」
「……あのさぁ一虎くん、正直いって今だいぶめんどくさいよ。なに? 今までそんな感じじゃなかったじゃん。ちゃんと仲直りしたんだよね、私たち」
「べつに怒ってるわけじゃねえけど。元からこう。オマエが知らなかっただけ。でもオレのこと好きなんだろ。だったらこんなオレでも好きでいて」
「もちろん好きだけど……。ならべつに付き合ったってよかったじゃん」
「それとこれとはまたべつの話」
「絶対他に女いる説」
「いないって。オマエだけ。散々言ったじゃん」
「だって、好きなのに付き合わないってどういうこと? 信じられないよ。絶対彼女予備軍じゃん」
「拗ねてんの? かわいいね」
「うるっさい。バカにしてるでしょ」
 結論から言えば、私たちはお付き合いしなかった。あの後、私も好きだと伝えると嬉しそうな顔を浮かべた一虎くんはすぐに難しそうな顔をして「やっぱもうちょっと考えて」と言った。本人曰く、なんか傷心に漬け込んだみたいになるから、とのことらしい。前からずっと好きだったんだと懇切丁寧に伝えたところで彼の意思は変わらず、後悔する前に俺のことちゃんと知ってそれから考えたほうがいいよって、真剣な顔で言われた。私にはよくわからないけど他の誰でもない本人がそのほうがいいと言うんだからそうなんだろう。べつに今すぐ決めなくちゃだめな話でもないし、そんなに気にしてない、というのは嘘。だいぶごねたしやっと納得した今でもやっぱり少し寂しいなって思う。
「……一虎くんのことちゃんと教えてね」
「うん」
「そしたら今度こそ付き合って」
「オマエがオレでもいいって思ったらな」
「それについてはもう思ってるんだけどなあ」
「まだダメ」
 一回帰るわと言って彼が玄関へ向かっていく。
「どっか行くの?」
「用事できた。夜に帰ってくる。いいモン持ってきてやるから、楽しみに待ってて」
「なんかよくわかんないけど……。わかった。行ってらっしゃい」
「ちゃんと鍵かけろよ」
 そんなわけで私と一虎くんは友だちから半歩昇格して友だち以上恋人未満という関係になった。落ち着いたというのかが表現として正しいのかはわからないけれどとりあえずあるべきところに収まったということで、まあ、今のところはそれでいいんじゃないかと思う。
 一虎くんが出ていってからしばらくして、最後に説明して消し忘れていた番号からの着信がプルプルとスマホを揺らした。私からの電話には出なかったくせに自分がかけたら出るとも思ってるんだろうか。「知らねーよ、ばーか」小さく呟いて着信拒否のリストに迷いなく突っ込んだ。そして随分と寂しくなった連絡先の画面のタスクを切る。これにてめでたしめでたしである。
 その後、夜(と言ってももう明け方に近いくらいの深夜)約束通り帰ってきたハイテンションの一虎くんにソファで寝落ちしていたところを叩き起された私が、薄暗闇の中血が点々とついた笑顔でお金を差し出してきた彼にびっくりして大層情けない悲鳴をあげた挙句思いっきりそのほっぺたをバチンとやってしまうのはまたべつの話。

慈雨と透徹

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