大学生の市村くんは少し背が伸びて、高校の時よりもちょっとだけガタイがよくなっていた。
 黒髪短髪の爽やかなスポーツマンといった感じで、この場にいる誰よりも好青年という言葉がしっくりくる。そんな印象だった。
「市村くん、大人になったね」
「あ、ほんと? 俺形から入るタイプだからなぁ」
 彼は嬉しそうに、それでいて照れくさそうに笑った。懐かしいな、こういう感じ。年月を経て見た目が変わってもやっぱり彼の中身は変わっていないらしい。変にひねくれていない素直な人だ。
 どんな経緯があって付き合うようになり、どういう理由によって別れることになったのかについて、正直私の記憶は朧気だったけれど、ただ一つ嫌な別れ方ではなかったことだけはたしかだった。彼から告白されて付き合っていた期間、私は彼のことをちゃんと好きだったし彼は私にとても優しくしてくれた。少なくともお互いがお互いのことを嫌いになって喧嘩別れしたというわけではなかったはずだ。
「苗字も」
「うん?」
「なんか……うまく言えねぇけど、すげぇ綺麗になった」
「あはは、ありがと。お世辞でも嬉しい」
 自分で言っておきながら恥ずかしくなったのか、私がお礼を言って笑いかけると彼は誤魔化すように視線を逸らしてお酒を含んだ。
「でもまさかこんなところで会うなんて思わなかった」
「ほんとにそれだよな。世界狭いわ」
 あのさ、と彼は視線を泳がせてなんだか言いにくそうに切り出した。
「…………ここに彼氏作りにきた感じ?」
「えっ、私?」
「うん」
 いやいやと笑って首を横に振る。
「私は数合わせだよ。一人参加できなくなっちゃった子がいたから、その子の代わり」
「あー、そういう……」
 彼はなるほどなぁと相槌を打った。
「それに私もう彼氏いるし」
「えっ、マジ?」
「マジだよ。大マジ。もしかして意外だった?」
 目を丸くして思いの外彼は私の話に食いついてきた。そういう話好きなんだなとちょっと意外に思った。
「苗字ってやっぱモテるんだ」
「いやそんなことないよ。大学入って初めての彼氏だし」
「へぇー、そうなんだ。あっ、モテるっていえば高校の時めちゃくちゃ有名だった美男美女カップルいたじゃん。あいつら近々さぁ――」
 幹事たちがお開きを宣言するまで私たちは高校時代の懐かしい思い出話に花を咲かせていた。昔から友だち付き合いの少なかった私とは違い、クラスの人気者だった彼は大学生になった今でもやり取りを続けている人たちがいるらしく彼の口から出るかつての同級生たちの話はおもしろかった。


「私やっぱり二次会行ってくるわ」
 店先で片手をぎゅっと握りしめ、目に強い意志をこめた友人はそう言い切った。彼女はどうやらさっきまでずっと話していた男の子と上手くいきそうな予感がするらしい。
「よかったね」
「名前は二次会ほんとに行かないの? さっきまであの子と楽しそうに喋ってたじゃん」
 あの子、と彼女が指さした先では二次会に行く集団の中で一緒に来たらしい男の子と笑いながら何かを喋っている市村くんがいた。
「うん。行かない。そういう約束だし」
 彼女はアーとよくわからない言葉を発してうんうん頷いた。
「たしかにそれもそうだよね。約束破るのはさすがにだめだわ。オッケー、了解」
「がんばって」
「うん。進展あったらまた連絡する」
 「名前の彼氏も呼んでダブルデートしようね」と手を振って言う彼女に「気が早いよ」と笑いながら手を振り返し私たちは店先で別れた。
 一虎くんに心配をかけても悪いしさっさと帰ろうと駅の方へ行こうとした時「苗字!」と二次会に向かう集団の中から市村くんが走ってきた。
「あっ、市村くん」
「帰んの?」
「うん。市村くんは二次会行くんだよね。楽しんでね」
「あのさ。せっかく久しぶりに会えたんだし、れ――」
 市村くんが何かを言いかけた時「名前」という声がして私はぱっとその方向に振り向いた。そこにはコートを羽織った一虎くんが手の平にふうふう息を吐きかけながら壁にもたれて立っていた。
「一虎くん、来てくれたんだ」
「うん。一人帰るの危ねぇだろうなって思って」
「ありがとう。寒かったでしょ」
「いやそんなに。名前から連絡がきてから来たし」
「よく場所わかったね」
「GPSのアプリ」
「あぁ、ちょっと前に入れたやつ。もしかしてそれで電源切るなって言ったの?」
「そう」
 ふた月ほど前、千冬さんの家にお邪魔することになった事件の後に一虎くんに言われるがままインストールしたアプリがそういえばそんな機能だったことを私は今やっと思い出した。知らない人に位置情報を知られるのはさすがに抵抗感はあるけど一虎くんになら何の問題もないのでとくに考えることもなく入れたんだっけ。
 一虎くんは私から隣の市村くんに視線を滑らせた。
「誰」
「友だち」
「ふーん」
 「寒いから早く帰ろ」と一虎くんは私の手を取ってすたすた歩き始めた。慌てて「じゃあね」と市村くんに手を振ると彼は我に返ったみたいにぎこちなく振り返してくれた。
「バイクできてくれたの?」
「うん」
 私が歩幅を合わせるために早足になると一虎くんはそれに気がついたように少し速度を落とした。
「私、一虎くんのバイクに乗るの好きだよ」
「オマエそういえば冬になるまでに車校行くとか言ってなかったっけ。どうすんの? もう冬だけど」
「…………そんなこと言ったっけ」
「オイ」
「まあまあ。記念すべき初運転の助手席には一虎くんを乗せてあげるから期待しててよ」
「名前の運転とか想像するだけで怖すぎんだけど」
 一虎くんはからかうように言い、それから笑って「拗ねんなよ〜」とほっぺたをツンツンつついた。私がぶすっとした顔でその手をペちんと払い落とすと、ごめんって、という気持ちが全くこもっていない形だけの謝罪が降ってきた。
「名前さぁ、二次会行かなくて良かったわけ?」
「急にどうしたの? 一虎くんが行くなって言ったんじゃん」
「そうなんだけどさ。名前は行きたかった?」
「べつにいいよ。一虎くんが嫌がることはしたくないし。友だちの恋路の行方を直接見届けたかったところではあるけど」
「それはどーでもいいわ」
「そういえばその子に一虎くんに会ってみたいって言われたんだった。どうする? 会う?」
「普通そういうのって彼女のほうが嫌がるんじゃねぇの……」
「上手くいったらダブルデートしようね、だってさ」
「なんだよそれ。オレ人見知りだから絶対嫌」
「この機会に克服しようよ。……あっ」
「ん? なに?」
「あとさっきの男の子ね、高校の時の元カレ。だからどういうことでもないけど隠したみたいになるの嫌だし、一応言っとこうと思って。そういうの普通は彼氏が嫌がる、でしょ?」
「べつに。オレはどーでもいいよ」
 「つうかクソ寒ィな」と、繋いでいないほうの手でコートの襟元を引っ張りあげてそうぼやいた彼の目はイルミネーションの灯りを映しながらどこかここではない遠くを見ていたような気がした。

瞬きの合間だけに在る楽園

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