いのちの終わりが育ってる

「誕生日おめでとう」
 後ろからそう声をかけると、廊下で足を止めてぼんやりと浮かぶ月を眺めていた小さな背中がこちらを振り返った。すぐに俺だとわかったようで、嬉しそうに「ありがとう」と破顔した。
「宴は楽しんでくれているか」
「うん、とっても! まさか私のためにあんなに盛大にパーティーを開いてくれるなんて思ってもいなかったからびっくりした。いつ準備してたの? 全然気がつかなかったよ」
「そうかそうか。それほどまでに喜んでくれるのならお主に気づかれまいと細心に事を運んだ甲斐があったというものよ」
 特にイチゴが乗ったケーキが美味しかったと、目を輝かせて語るその表情や仕草は年相応のものだった。そしてそれはまた、普段は冷静に、時には険しい表情で戦況をみている彼女が本当は年端もいかないただの娘なのだと、改めて俺に認識させるには十分すぎるものでもあった。
「いつもはしてやれなかったが、主も今年は成人の半分の歳になる。現世ではなにやら二分の一成人式だといって祝うらしいというのを少々小耳に挟んでな。ここぞとばかりに執り行ってみたというわけだ」
「そうなんだ。知らなかったなあ」
 彼女は興味深そうに「また新しいことを知った」と呟いた。
 普通とはかけ離れた生活をおくっているということについて悲しみを感じる時期はとうに過ぎ去って、主にとって現世のことは別世界で起きているなにかだと受け入れられるようになったらしい。
 その事実に、ほんのりと苦い何かが胸中を満たしたような気がした。
 その胸中をそのまま反映させるが如く月にも雲がかかり、辺りは先ほどよりもうっすらと暗くなった。
「ほんとうにうれしいの。ありがとう。みんなだけじゃなくて、まさかあの人まで呼んでくれるなんて」
「ああ、主が親しくしている審神者なら呼んでやってもいいかと思ってなあ。あやつも呼んでもらえたことに喜んでいたぞ」
 「そっかあ」と彼女は口元を抑えたまま目を伏せた。
 今でも随分幼いように思えるが、それよりもさらに幼く、人との係わり方さえもまだよくわかっていなかった審神者になりたてのころの主に対して、いろいろと心を砕きよくしてくれたのが今日呼んでやった審神者だったらしい。父のように、とはいかずともまるで親類のように慕っていたのを俺は知っていた。
「最近会えていなかったからどうしているのか気になってたの。忙しいみたいでお手紙を送ってもなかなか返事がこなくて。だから今日会えてよかった」
「そうだな。あやつも最近主の階級が自分のよりも上がってしまったから滅多に会えなくなってしまって寂しい思いをしていたと嘆いておったよ」
「昇格したことはちゃんと面と向かって報告したかったんだけどね。時間があわないとどうしても難しいね」
「その齢で俺を鍛刀してみせたことや昇格したことにめずらしいものだと嘆息していた。伝えたわけでもないのに知っていたからすでに噂にでもなっているのかもしれん。刀として、自分の持ち主が褒められるというのは誇らしいばかりだが……」
「どうかしたの?」
 どこかしらで現世の話を聞いたときから時おり頭のなかに浮かんでくるものがある。もしも。もしも主が現世で暮らしていたならというありもしない、でも一歩道が違えば簡単にあり得たであろうそんな想像。七五三や入学式、卒業式、成人式、結婚式。とても素敵なことだろう。でももう好きなようには、自由には、きっと叶うことのないものを俺はしばしば夢想する。
「あのね、三日月さん」
 こちらを伺うようにそっと手を伸ばしてくるときは何か言いたいことがあるときだとわかっていた。そんなことをせずともただ話せばいいのだが、自分の思いを伝えることの大切さよりもまずどのように戦況を読むかや刀を扱うかといったことを優先して学んできたせいでただ心のうちを打ち明けるという些細なことも得意ではないのだ。
「どうした?」
「……あのね、三日月さんがどう感じているかわからないんだけど、私は今幸せだよ。だからそんな顔しなくてもいいんだよ。私、ずっとここにいる。どこにも行ったりしない。ここが好きだから、だから、どこにもやらないでね」
 自分は選んでここにいるのだと言った彼女に、俺はただ頷いた。「あいすまなかった」という呟きに、彼女は「そろそろ戻ろうか」とだけ微笑んで返した。
「オレンジジュースってまだある?」
「無論、今夜の主役の好物はどれもまだまだ勢揃いしている。燭台切に言うといい」
「やったー!」
 雲が途切れ月がまた顔を出した。
 彼女の笑顔が照らされる様を俺は温かい気持ちでじっと見つめていた。

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