栄養元気ドリンク?


 暖かい日差しが心地よい。穏やかで勉強会よりも昼寝に最適そうな午後。バタバタと走る気配を感じて、私はチョッパーが開いている本から視線を上げた。サニー号を今日も颯爽と駆け抜ける我らが船長、ルフィの姿が視界に入る。

「お〜い! ユメ〜〜〜!!」
「……今日も元気、いいことだね!」
「もう少し静かにできねェのか、麦わら屋は」

 一気に手を伸ばしてマストに掴まると、その周りをぐるりと一周。反動をつけてこちらへと勢いよく飛んで来たルフィ。私とチョッパーはいつものことだと気にしていないけれど、一緒にいるトラファルガーは呆れたような顔をしながら、見事な着地を決めたルフィの頭を愛刀の鬼哭でコツンと叩いた。

「お前、いつもそんなんで疲れねェか?」
「つーか、トラ男の方が体力ねーんじゃねェか!?」
「……お前と違って考えて使うからな」

 ルフィはトラファルガーの言葉も特に気に留めることもなく「よいしょ!」と私達の輪に入り腰を下ろした。「それでよ〜! ユメ!」と前のめり気味に話し始める。

「今晩、ウソップとゾロと誰が一番寝ずに起きていられるか勝負すんだけどよ! アレ、作ってくれよ!」
「何だそのくだらねェ勝負は」

 私がルフィの頼みに答えるより早く、トラファルガーが「バカか」と呟きながらルフィの麦わら帽子を再び鬼哭で突いた。「くだらなくなんかねェよな!」と、ルフィは帽子をかぶり直しながらチョッパーに同意を求めて熱い視線を向けた。すると目を輝かせながら握りこぶしを作り、チョッパーは立ち上がった。

「おっ、面白そうだな! おれも自信ないけど参加していいか!?」
「いっぞー、すぐ寝そうだけどな! で! アレだよ、アレ〜〜」

 再びルフィが私の方へぐわりと向きを変え、肩をしっかりと掴むとゆさゆさと揺する。頭が激しく揺れる。そんな状況でルフィの言うアレについて考える。けれど答えは出てきそうにない。なぜなら酔いそうなほどに私の頭は前後左右に揺さぶられているからだ。

「……わかった! わかったんだけど! ストップ、アレって……何?」
「前にユメが作ってくれた飲みモン、目ェギンッギンになるやつ!!」

 ルフィが手で飲み物を飲む仕草をしながら目を大きく見開く。目がギンギンになる飲み物。あぁ、確かにいつだかそんなモノを作ったっけと思い出した。すると隣にいるトラファルガーが横目でチラリと、一体何だそりゃとでも言いたげな視線を送ってくる。

「アレ飲んだらよ、すんげー目がグワッってなってさ! 面白かったよなァ、チョッパー!」
「アレか! すごかったよな! おれでもいつもより何時間か起きてられたぞ! しかも美味いんだ!」

 身振り手振りで説明するルフィとチョッパー。一方で一人置いてけぼりを食らったかのようなトラファルガーは「そりゃ栄養ドリンク的なモンか?」と私のわき腹を肘で突いてきた。それに答えようとしたところでチョッパーが「もちろん! 栄養もバッチリなんだ!」と自分のことのように説明する。
 するとトラファルガーは少しだけ緩んだような、まるで癒されてホッとしているような表情を浮かべた。本当にトラファルガーはチョッパーには弱いなぁ、なんて思いながら、私は素朴な疑問をルフィに投げかけた。

「作るのはいいよ? でもそれって公平な勝負にならないんじゃ?」
「ウソップの奴、昨日から何か変なゴーグル作ってんだよ! そんなの絶対今日のために決まってる!」
「あぁ〜」

 なるほど。つまりこの勝負、手段は選ばないのだろう。ゾロに関しては元々そういった耐久度は高いし、兵器を用いるウソップへの対抗手段として私を頼ってくれるなんて素直に嬉しい。何としてでも負かしたいという気持ちも湧いてくる。

「よーし、まかせて! 特別にルフィ用に効果マシマシで作っちゃうよ!」
「おれ用〜!? 何かすげーことになりそうだな!」
「お、おれにも作ってくれ! ユメ!」
「もちろん! チョッパーにはチョッパー仕様で調合するね」
「やったァ!」

 目をキラキラと輝かせるチョッパー。うーんかわいい。こんなに喜んでくれるなら毎日作ってあげるよ、なんて思っているとトラファルガーがすかさず口を挟んできた。

「ユメ屋、お前トニー屋にやべェモン飲ませるんじゃねェだろうな」
「チョッパーにはチョッパーに合った材料で作るから大丈夫。まぁ……ルフィのに関してはサンジあたりには間違っても飲ませられないけどね」
「どういうことだ?」

 トラファルガーは私の顔をのぞき込んでくる。なぜルフィは大丈夫でサンジはダメなのか、それを正直に答えるのもアレである。薬膳はひとりひとりに合った食材を組み合わせるものなのだ。私は近くに置いてあった本をまとめて立ち上がった。

「世の中には知らないほうがいいこともあるよ、トラファルガー」
「おれは医者だ。少なくとも知っておいて損はないと思うが」
「うーん、それならご自由に」

 結局、その場にいた全員で私の薬膳研究室へと移動することになった。その途中、必要なものをもらおうとキッチンに立ち寄る。すると開口一番に「こりゃ一体何の集まりだよ」とサンジにつっ込まれた。

「ユメにスーパーなドリンクを作ってもらうんだぞ!」
「へェ、スーパーねェ」

 サンジが私の後ろにいるルフィ、チョッパー、トラファルガーを順番に見て視線を私に戻し、「なるほどな」と大きくうなずいた。

「それよりもユメちゃん! おれにも世の女性がメロメロになるジュース作ってもらえないかな!」
「そんなジュースありませーん。それにサンジなら自分で作れるでしょ」
「いくら料理のスペシャリストのおれでもまだまだ薬膳は未知の世界なんだ。手取り足取り教えてくれたって、」

 サンジが体をくねらせながらそこまで言ったところでトラファルガーが「くだらねェこと言ってねェでユメ屋が言ったモンをさっさと出せ」と話をぶった切った。当然サンジは「アァ!? 何でテメェに指図されなきゃなンねェんだ!」と、果物ナイフをトラファルガーに向けながらキレる。
 本当にこの二人は一言二言話すとケンカ腰になる。まぁ、すぐにキレてしまうサンジも悪いと思う。ともかく、早く作業をしたい私は必要なものを勝手に取ってカゴに入れ、そそくさとキッチンを後にした。



 無事にキッチンから抜け出した私に続いてルフィとチョッパー、少し遅れてトラファルガーが部屋へと入ってきた。ウソップの工場やフランキーの開発室に比べたら小さな部屋だけれど、私専用の研究室ということでどんどん物は増えていった。棚も増設し、人が自由に動けるスペースはそう広くない。
 トラファルガーは背も高いしなぁ、どこに座ってもらおうかな、なんて思っているとこの部屋の常連であるチョッパーの指定席、小ぶりな一人掛けのソファにいつもどおりに座ったチョッパーをトラファルガーがひょいっと抱え上げた。そしてその空いたソファにトラファルガーが腰を下ろす。一度はどかされたチョッパーだったけれど、すとんとトラファルガーの膝の上に落ち着いた。

「かっ……!!」
「か?」

 危ない、うっかりトラファルガー相手に「かわいい」なんて言ってしまうところだった。私は口を手で押さえながらぶんぶんと首を横に振った。「どうかしたのか」とトラファルガーに尋ねられたので慌てて「えっ、そこで大丈夫?」と確認すると「特に問題ない」と返ってきた。
 私は問題あるぞ。チョッパーのことが大好きなトラファルガー萌え、みたいな感情があるのだと最近気づいてしまったのだ。まぁこれは慣れるしかないよなぁ、なんて気を取り直しているそばから、トラファルガーがチョッパーの頭の上にちょこんとあごを乗せた。

「くっ……」
「ど! どうしたんだ!? ユメ、大丈夫か!?」
「ごめんごめん、なんでもないよ」

 さすが王下七武海、死の外科医である。殺傷能力が高い。顔を覆っていた手で頬をペチンと叩く。正気に戻るのだ、私よ。チョッパーに「気にしないで」とウインクを飛ばす。トラファルガーが一連の私の言動を不思議そうに見ているけれど気にせず作業を進めることにしよう。
 粉末、固形、様々な形状の薬草や食材の入った箱、一軍ボックス。私が一軍と呼んでいるその箱を開けると、適当な木箱の上に座っていたルフィが目をまんまるくさせながら中身をのぞき込んできた。

「いつ見てもすげェよな〜! それ!」
「何かに使えるかなって集め出したらいつの間にか入りきらなくなっちゃったんだよね」

 この一軍ボックスを入れたリュックを背負って旅をしていた私。ルフィ達と出会ったころはもちろん、全部この中に収まりきっていた。けれどこうして一緒に冒険している間にどんどん増えていった。狭い部屋の壁に沿って増設された棚も瓶や缶で埋め尽くされている。我ながらよく集めたなぁ、なんて思いながら取り出した瓶の蓋を開けると、ルフィがくんくんと匂いを嗅いで「うえっ」とむせかえった。

「こうやって見ると全然うまそうじゃねェのにな〜〜〜スゲェよなァ」
「ユメの手にかかれば、美味しく飲めるドリンクに早変わりだ!」
「あのカンポーってやつは苦いけどな!」

 二人がニコニコと笑い合っている。漢方薬はさておき、ドリンクに関してはそう言ってもらえるのは嬉しい。二年間の修行を終えてからは、サンジとも協力して普段の食事に美味しく取り入れるべく奮闘中だったりする。戦闘面で大して役に立たない以上は、サポートで頑張らなくちゃなぁ。私はてきぱきと必要な材料をチョイスしてバットに並べる。
 作業中、色々考え出すと周りの声はあまり聞こえなくなるので三人がいくら騒いでいてもそれほどに気にはならない。ただ、なんだかんだ楽しくやっているんだろうな、という空気は感じている。特にトラファルガーが普通にこの船で過ごしているのはまだ少し不思議な感覚とというか、面白い。
「できたー!!」と私が声を上げるとチョッパーがトラファルガーの膝から飛び降りて駆け寄ってきた。ルフィも途中から作業台に肘をつきながら私の作業を見ていたので、完成の声に勢いよく顔を上げた。

「はい、どうぞ。ルフィのはすぐに効果を発揮すると思うよ。開始直前に飲むのがオススメでーす」
「うっひょ〜! すげェ色してるぞ! これ!!」
「味は大丈夫だと思うよ?」

 何色、とも表現し難い色の液体を入れたボトルをルフィに手渡す。フルーツは多めに混ぜたのでたぶん、飲みやすいはず。ルフィは「ありがとな!」とニッと歯を見せながら笑う。私は人の、特に我が船長の笑顔にはめっぽう弱い。「いやぁ、どういたしまして」なんて頭をぽりぽりとかいていると斜め下から熱い視線を感じた。そう、これは、おれのはどんなドリンクなんだ、と期待の眼差しを向けているチョッパーのものだ。私は人の、特にチョッパーの上目づかいにはめっぽう弱い。

「はい、チョッパーにはこれね」
「うおぉぉ! なんかトロトロしてるぞ! 美味そうだ!」
「二本作ったから、今とまた始まる前にでも飲むといいんじゃないかな」

 手渡した二本の小ぶりなボトルを交互に確認するチョッパー。かわいいなぁ。中身は両方とも一緒だよ、いくらでも作ってあげるよ。なんて思いながら愛らしい姿を眺めていると、ようやく一本目をどちらにするか決めたようで蓋を開けて口をつけた。
 ドリンクがぐびぐびとチョッパーの喉を鳴らして通っていく。この飲みっぷりなら味も大丈夫でしょう。味見はしすぎて迷走したり、飲みすぎてしまったりという過去の経験から、余程のことがない限りはしていない。

「んめェ! さすがユメだな! おおおおォ! 何か元気になってきた気がするぞ!」
「チョッパーずりィぞ! おれも今飲みてェ!」
「何だかんだでもう日も暮れてきてるし、好きな時に飲めばいいよ」

 今すぐにでも飲みたくてうずうずしているルフィにそう言葉をかけると、歯をギリギリと食いしばりながら「とりあえず晩飯まで我慢する……!」と返ってきた。珍しい。それほど勝ちたいということなのだろう。二人は「これで勝てる!」とテンション高く、わいわいとラボを後にした。私の特製ドリンクを飲んで勝負に負けたら承知しないぞ。私は無言で彼らの背中に念を送っておいた。

「ところでユメ屋、麦わら屋のほうに入れてたソレとソレはなんだ」
「ああ、これ?」

 静まった空間。そこに空気をがらりと変えるような低い声がして、はらりと私の耳に触れた。ソファから立ち上がったトラファルガーがバットに残った材料を指差しながら呟く。お医者さんだから色々と気になることもあるのだろう。

「こっちは形状からして人参やクコの実だとは思うんだが……なんならその残りを味見してェ」

 トラファルガーがルフィのボトルに詰めたものの残りが入った瓶を指した。いや〜、正直こんな展開になるとは思っていなかった。色々質問されることは想定していたけれど、まさかこの色合いを見ても味見したいと言い出すなんて。もちろん、毎回残ってしまったものは私が飲み切る。今回のコレも思いっきり薄めて飲んでしまおうと思っていた。

「えっとね、これはルフィだから気兼ねなく配合できるというか〜、何というか……その」
「なんだ、ずいぶん歯切れが悪ィな」

 私はそっと瓶を自分の方へとずらす。一緒にトラファルガーの視線も動く。瓶を持った手を高く上げる。トラファルガーの視線も上がる。

「おれが飲んだら問題あるのか」
「そういうわけじゃ〜、えっとね」
「そういや黒足屋でもマズイって言ってたな」

 あ、覚えていたんだ。ルフィが良くてサンジがダメな理由なんてひとつしかない。察してほしい。それなのにトラファルガーはじとっとした目で瓶を抱えた私を見る。じりじりと寄って来る。あ〜〜〜やはり萌えるのはチョッパーと一緒の時限定なのだとはっきりわかる。さすがに一対一でバトるには経験値が足りなさすぎる。

「えーと、サンジが飲んだらヤバい飲み物、そんなに飲みたい?」
「あァ」
「じゃ……じゃあ! じゃんけんで勝ったらね。私が勝ったらジュースで薄めて飲んじゃうから! じゃ〜んけ〜ん」

 畳みかけるようにじゃんけんの流れに持ち込んだ。私はこう見えてじゃんけんは強い。大丈夫、私が勝ってそれで終わる。「ポン!」という声と共に目の前にあったのはグーを出している私の手と、チョキを出しているトラファルガーの手だった。一瞬トラファルガーの視線が滅茶苦茶鋭くなって私、死んだかと思ったけれど、どうにか生きています。

「はい。私の勝ちです」
「なら薄めたのでいい、飲ませろ」
「えぇ……」

 どうしても、何が何でも飲みたいらしい。それならもうこのちょっとアレな中身が何なのかを知れば飲む気が失せるかもしれない。私はヤバイ色ドリンクを割るための果物をミキサーで攪拌しながら解説することにした。

「それが何かって聞いたよね?」
「話をそらすな」
「そっちは羊鞭だよ。こっちは海狗腎……アザラシのやつ。あと海ブタのとか」
「……」

 面と向かって言葉にするのはさすがの私でも恥ずかしい。ミキサーの中で果物が液状になって大きく波を打つ様子をひたすらに眺める。何も反応が返ってこない。諦めてくれたかな、そう思ってトラファルガーを見ると彼は何か考え込むように斜め上を見上げていた。そして眉間にしわを寄せてから「……海ブタの、何だ」と聞き返してきた。

「えっ、流れ的に何かわかったでしょ!? 私に言わせるの!?」
「……確かに陰茎や睾丸は滋養強壮効果があって料理に使われたりするとは聞いてたが」
「はい、なので私も所持しているわけです」
「実際に使ってんのは初めて見る」
「まぁそうだよね」
「つまり麦わら屋が飲んだそれには精力剤的な効果があるってわけか」
「そうそう。ルフィはとにかくフルパワーで動くほうに変換されるからいいけど、サンジが飲んだらそっちに効果てきめんってこと。間違っても飲ませらんないよね」

 私はたっぷり作ったフルーツミックスジュースとその残りを混ぜながら説明を続ける。これだけ希釈すればまぁ、ちょっとした美肌栄養ドリンク程度になるはず。ということでコップを二つ取り出して半分ずつ注ぎ入れる。ジュースで割ったおかげでキツかった色合いは少し薄まり、抵抗なく飲める見た目に落ち着いた。

「はい、もはや原形はとどめてないけどどうぞ」
「それだけ説明されるとさすがに躊躇するな」
「私は普通に飲むけどね。ん〜、我ながら美味しい! お肌ツヤツヤになるぞ〜コレ」
「何倍希釈か知らねェが、もし効果が出ちまったら責任は取ってもらうぞ」
「……ん? セキニン?」
「責任、だ」

 ほとんどなかったような距離をさらに詰め、作業台に手をつき私を見下ろすトラファルガー。笑っている、ニヤリとほくそ笑んでいる。パンクハザードで「四皇を一人引きずり降ろす策がある」ってルフィに同盟を持ち掛けた時みたいな悪〜い顔。
 これ何か企んでいる奴だでは? 効果が出た場合の責任とは。何の効果かな? 美肌栄養元気ドリンクの効果でしょ? え、これだけ薄めておいて精力マシマシは無いと思うけれど、もしかしなくてもウソをついて襲われても何も言い返せないやつでは……

「待って、もっと薄めよう?」

 何口か飲んだ自分のドリンクを台に置いてから、トラファルガーのコップを回収しようとした。けれど、それよりも早くトラファルガーがファンシーな色合いのドリンクを手に取る。

「これ以上薄めたらただのジュースだろうが。お前も普通に飲むなら問題ねェだろ、万が一の話をしただけだ」
「とは言いましても……それぞれに合わせた配合というものがあるんですよ、王下七武海、トラファルガー・ローさん。その冗談は笑えな……あぁ、一気に全部飲んじゃった……」
「薄めたってのもあるだろうが、飲みやすいな」
「そ、それはよかったです……」

 この間わずか数秒。コップの中身をあっという間に飲み干したトラファルガーは詰め寄ってきたままで私の隣にいる。近い、よく考えるとめちゃくちゃ近い。しかも反対側には棚やらなんやらで逃げ場はない。そんな中で薄めたとはいえコレを飲ませてしまったのはナミに危機感がなさすぎるとこっぴどく怒られそうである。はい、私もそう思います。

「で、だ」
「はっ! はい!」

 トラファルガーが少し屈んで私の顔をのぞき込んできた。胸が早鐘を打つ。思わず声が上ずってしまった。

「おれだったからいいものの、ユメ屋はもう少し危機感を持ったほうがいいんじゃねェか」
「それは今……私もそう思ったところ」
「へェ。つまり危機感を持たなきゃなんねェっていう危機感は持ったわけだ」

 おれだったからいいというのは、つまりどういうこと? それよりも顔。顔が近い。顔が、熱い。お腹の中から、胃から熱気が逆流してきたみたいな……まさか、薄めたけれどこのドリンクのせいなのでは、なんて思ってしまう。

「ずいぶんと顔色がいいのも、コレの効果か? 即効性があると言っていたな」
「かっ、顔色!? あ〜、そっ、そうかも?」

 やだな、今の私の顔、真っ赤なんだろうな。どこを見たらいいのかわからない。斜めにそらして棚を見る。ちょうどそこに並ぶ瓶達はまさに今使った動物のアレが多いゾーン。なぜそこを見た私。余計なことが頭に浮かぶじゃないか。
 ぴたっと、頬に何かが触れた。視線を目の前に戻す。手、だ。私の頬を包むようなトラファルガーの手。その温もりが嫌じゃないなんて。それに、トラファルガーの目ってこんなに眩しいものだったっけ。すぐそばにある瞳に、吸い込まれてしまいそう。不思議――きれいだな。
 いっぱい冒険をしてきて、世界がキラキラと輝いて見えることは何度かあった。けれど、今まで出会ったキラキラ達はこんなにくっきりと、鮮明に見えたことがあっただろうか。

「やはり責任は取ってもらう」
「ひぇっ、責任!?」
「とりあえず、今夜はこれに使ったモンを中心に詳しく聞かせてもらおうか。どうせ眠れねェだろうからな」

 一度頬から離れた手がするりとおでこを撫で、伸ばしかけの私の前髪をかき上げた。こんなに間近でトラファルガーの顔を見たのは初めてだと思う。まつ毛の一本一本までしっかりと見える。パンクハザードの檻の中でも近かったけれど、顔はこんなに近づいていない。
 死の外科医、七武海。同盟を組むことになって、今ではチョッパーを交えて読書会、勉強会をする仲になった。この関係性につける名前は今はまだ思いつかない。
 鼻先と鼻先が触れそうになったところでトラファルガーはぐっと体を後ろに引いて、今度は私の手首をがっしりと掴んだ。

「そうと決まれば、ナミ屋に話をつけるぞ」

 ナミ……あぁ、図書館を借りるってことかな。あそこなら上階がお風呂だからナミとロビンの出入りもあるもんね。ぼんやりとそんな事を考えているとトラファルガーは「片付けは……黒足屋がやるだろう」と呟き、カゴにコップや洗い物を素早く入れ、私の手を引きドアの方へとを歩き出した。
 本当にびっくりしたなぁもう。私はまだ熱っぽい頭をフル回転させながら、未だに見慣れない背中を追う。「晩ご飯、食べてからだよね?」と問いかけると「今はお前のジュースのおかげか腹いっぱいだ。カゴだけ置いて行くぞ」と返ってきた。それならそれで、あとでサンジにお夜食をお願いすればいいかな。
 少し前の、ドリンクを飲み終えた後の言葉の意味……おれだったから、をそのまま捉えるのなら、トラファルガーはもしドリンクの効果が出てしまったとしても私にパンツ見せてくれなんて言わないし、お風呂をのぞこうとだってしないってことだ。そもそもお医者さんだから女の裸を見たって何とも思わない可能性もある。部屋に本を持ってくるのではなく、わざわざ図書館に行くのもそういうことだよねぇ。
 それなら、ますますさっきの言動は一体、何だったのだろう。正直、キスをされそうな雰囲気だった気がしたのだけれど…………

「あっ!」

 そういうことかな。そう思った瞬間声に出ていて、トラファルガーが「急になんだ」と少し眉を下げ、驚かせるなとでも言いたげな顔をしながら振り向いた。そう、あれは危機感を持てということをわざわざ実演を交えて教えてくれたのだろう。そうに違いない。

「ううん、気をつけろってことだよね。ありがとう!」
「……急に何の話だ」
「さっきの。顔めっちゃ近くてちょっとびっくりしちゃったよ。ああならないよう気をつけるに越したことはないけど……反撃する練習でもしようかな」

 戦闘員、と言うにはまだまだ。覇気はようやく武装色がまともに使えるようになってきたところでゾロやサンジ、ウソップ、フランキーに手伝ってもらいながら特訓を続けている。だけれど、私にも長所はある。火事場のバカ力はルフィのお墨付きだ。それを普段から使えるようになればきっとみんなに頼らなければいけない場面も減るはずだ。私だって麦わらの一味だもん。
 私はカゴをトラファルガーに掴まれている方の手へと持ち替えてシュッシュとパンチの動きを入れる。するとトラファルガーがポカンとしたような表情をした後、やれやれといったような深いため息をついた。そして再び前を向いて歩き出す。えっ、何? 私、ため息つかれるようなこと言ったかな。

「何そのため息」
「深い意味はない。気にするな」
「え、絶対何かあるでしょ、ねぇ!」

 ないのだと言い張るこの男。絶対に言いたいことがあったはずだ。道中、「何かある」と「何もない」の応酬を繰り返しているうちに甲板でナミを見つけたので、私は存在をアピールすべく大きく手を振った。

「ナミ〜! ちょっと図書館、借りてもいい〜?」

 ナミはこちらを見て瞬時に渋い顔をしてから「ずいぶん色気のないつなぎ方ね」と一言。あぁ、この私の手首をトラファルガーが掴んでいる状態のことだろう。けれど私達に色気とかそんなもん、必要ない。一体何を言っているのだろうかと首を傾げると、今度はナミにまで「ハァ」とため息をつかれた。

「ま、真面目に勉強するんでしょうし好きに使ってちょうだい。ほら、さっさと行った」
「ねぇ、今のため息何!?」
「許可も下りたし行くぞ、ユメ屋」
「ごゆっくり〜」

 ひらひらと手を振るナミのため息の理由もわからないまま図書館へと連行される私。引っ張られながらもナミに不服を申し立てるように全力でムッとした顔を向ける。すると今度はシッシッと追い払うように手を動かしたので、後で覚えていろ、という意味を込めてベーっと舌を出しておいた。

「ナミ屋とはずいぶんガキみてェなやり取りをするんだな」
「えっ? あ〜、そうなのかなぁ? 年も近いから?」
「おれに聞くな」
「っていうか! ガキじゃないし!」
「みたいな、って言ったろ」

 普段ならトラファルガーにこんなに言い返そうなんて気は起きないけれど、栄養元気ドリンクの効果は実感できるよね。やる気が出たというか……気分が、気持ちがぐつぐつと沸騰してきたというか……うん。夜はすぐ寝てしまうことが多いけれど、今日はそこそこ起きていられるのでは。
 私も色々とトラファルガーに教えてもらおう。知識はたくさんあったほうがいいし、それをここぞの場面で使いこなせるような人になるんだ。大切な、大好きな仲間のために。智と武を兼ね備えたらスーパーカッコいいもんね。

「ふふん、今にガキみたいだなんて言えなくなるくらいスーパーな麦わらの一味の要になっちゃうんだから」
「……フッ、そうかよ」

 うきうきと歩みをスキップに変えたらトラファルガーに小バカにされたように笑われた。けれど、間違いなくいつもと違ってキラキラ、煌めいて見える。どうしてなのかはさっぱりわからない。だとしても、今の私にとってはやる気をムクムクと増幅させるような、原動力になるような、そんな眩しいキラキラなんだと思う。

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