似合う色
少し見るだけのつもりで立ち寄ったデパートの化粧品売り場でちさきは悩んでいた。
新色リップの華やかなポスターに惹かれて、手頃な値段だしせっかくだから一つ買ってみようかなと思ってしまったのが少し前。それからずっとどの色にするか決まらなくて、あれこれと手にとり見比べては戻すのを繰り返していた。
どれもいい色だけれど、自分に似合うかどうかを考えはじめるとわからなくなってしまう。
眉間に皺を寄せたまま、ちらと横目で紡を見上げる。
と、じっと見られていたらしく視線がかち合って、ちさきは慌てて目を伏せた。

(流石に待たせすぎかな……)

紡よりもちさきの方が買い物に時間がかかることが多いから、いつものことではあるけれど、紡にとっては退屈だろう。これ以上待たせるのは申し訳ない。

(どれがいいか紡に訊いて……どれも同じだろって言いそう)

容易に浮かんだ想像にちょっとむっとしたくなる。
このリップをつけた自分を一番見せたい相手は紡なのに。少しでも可愛いと思ってもらいたくて必死なのに。なんだかどれだけ悩んでも意味がない気がしてきた。

その時、

「ちさきにはこれが似合うと思う」

潮焼けした大きな手がローズピンクのリップを指差した。
目を見張って振り返る。紡は真面目な顔をしていて冗談を言ってるようには見えなかったけれど、それでも信じられなくてちさきは怪訝な顔をした。

「待つのに疲れたからって、適当なこと言ってない?」

「適当には言ってない」

「でも、興味ないでしょ? こういうの」

「正直よくわからない。けど、本当に似合うと思ったんだ」

紡の瞳に嘘はない。きっと、わからないなりに真剣に考えてくれたのだろう。
ふわふわと心が浮き立つ。口元が緩みそうになる。

「そう、かな」

「ああ、きっと似合う」

「なら、これにしようかな」

紡が選んでくれたリップを手にとって、レジに向かう。
あとで、このリップをつけてみよう。
その時も紡は似合うと言ってくれるだろうか。


この後さっそくリップつけて「つけたのか?」「う、うん」「やっぱり似合うな。キスしたくなる」「えっ!?」って会話するとこまで妄想しました。
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