おれと化け狐
久しぶりに入ったベッドの上で、おれは目を覚ました。
時計を見やると、午前2時くらいを示している。そのまま布団の中で眠りに落ちるのを待つ気になれず、おれはゆっくりと体を起こした。
首を巡らすと、白い光が宿る窓辺で小さな黒い影が−−ゾロアが月を見上げていた。
このゾロアは、つい先日、元プラズマ団から預かったポケモンだ。元はプラズマ団が王と崇めた人のトモダチだったらしい。けれど、その人が2年前から行方不明でずっと寂しい想いをしているから、旅に同行させてほしいと頼まれたのだ。元プラズマ団といるよりは寂しさが紛れるだろうからと。
断るに断れない雰囲気だったから引き受けてしまったけれど、ゾロアはどう思っているのだろうか。
おれやおれのポケモンにもすぐに慣れて、昼間は楽しそうにしているけれど、やっぱり寂しいのだろうか。
おれはベッドから降りて、ゾロアの隣に座った。
「ゾロア、やっぱりNという人が恋しい?」
ゾロアは弱々しく鳴いた。
聞いてるこっちまで悲しくなる声だった。
「そうだよね。トモダチと一緒にいられないのは寂しいよね」
慰めにもならないかもしれないけど、おれはそっとゾロアを抱き締めた。
布越しに伝わるぬくもりに安心する。ゾロアもそうだといい。
「プラズマ団の王とか英雄とかはよくわからないけど、君がそんなに好きなんだから、きっとNさんは優しい人なんだろうね」
クオンクオン、とはしゃいだような声を立てて、ゾロアは手足をばたばたさせた。
その様子が微笑ましかった。
本当に好きなんだな。
「Nさんは旅に出たって元プラズマ団の人が言ってたから、きっと旅の途中で会えるよ」
期待に満ちた目でゾロアは見上げてきた。きっとね、とおれは頷いた。
会わせてやりたい。
明確な目的もなく出た旅だったけど、ニーサンの手伝い以外の小さな目標が出来た。
******
ホドモエトーナメントやプラズマ団との戦いでレベルが上がり、ゾロアはゾロアークに進化してしまった。
ひとのポケモンを進化させてしまってよかったのだろうか。
ゾロアーク自身は強くなれて嬉しいらしく、もっとバトルに出してくれとせがんでくるけど、世の中には進化させることを嫌がるトレーナーもいるという。Nさんがそういう人だとは思わないけれど、どうしても気がかりだった。
多分、おれはゾロアークを持て余している。
他のポケモン達と分け隔てなく接しているつもりだけれど、どうしてもゾロアークとの間に壁を感じることがある。
他のポケモンはニックネームで呼べても、ゾロアークは『ゾロアーク』としか呼べない。
昼間は他のポケモン達と遊んだりしてるけど、みんなが寝静まった頃に寂しそうな声で泣いているのを何度も聞いた。
特に隔たりを感じたのは、電気石の洞窟でのことだった。
洞窟の奥から、声が聞こえてきた。何を言っていたかはよく覚えてないけど、力強く、そして優しい声だった。
その時、ボールからゾロアークが飛び出して、声がする方へ走っていった。慌てて追いかけていくと、ゾロアークは出口に向かって吠えていた。胸に迫る悲痛な声だった。
そうか、さっきの声はNさんのだったのか。
「ゾロアーク、大丈夫だよ。イッシュにいるのは確かなんだから、またすぐに会えるよ」
頭を撫でて慰めてみても、ゾロアークは吠えるのをやめなかった。
おれのことなんて見えてないみたいで、Nさんのことしか見てないみたいで、無性に哀しかった。