おれと化け狐
ようやくNさんに会えたのは、ジャイアントホールでゲーチスと対峙した時だった。
キュレムの氷が目の前に迫って、もうだめだと思った時に、ゼクロムを従えたNさんが現れ、助けてくれた。
ただ、その後吸収合体だのなんだのおれの理解の範疇を越えることばかり起きて、全部終わった後も半ば放心状態だったから、Nさんの言葉に生返事することしかできなかった。Nさんはすぐゼクロムに乗って飛んでいってしまったから、戦い疲れたゾロアークが再会を喜ぶ暇もなかった。
再びNさん探しの旅が始まった。とはいえ、今度はとても短い旅路だった。
23番道路の崖の上にNさんはいた。
おれが声をかけるよりも先に、ゾロアークがボールから飛び出してNさんに飛び付いた。
「キミはあの時ボクを助けてくれたゾロアーク!アリガトウ!」
といってNさんは笑った。
ゾロアークが嬉しそうにNさんに頬擦りする。
それが本当に幸せそうだったから、おれは心の中でさよならを言ってそっとその場から離れた。
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あてもなく歩いていたら、ゾロアークとの思い出が次から次へと溢れてきた。
初めて会った時、まだゾロアだった彼はずっと窓の外を眺めてた。
恐る恐る撫でたら喜んでくれて、たったそれだけのことが嬉しかった。
夜はいつも泣いていたから、ゾロアークが眠るまで抱き締めるのがおれの日課になっていた。
何故かおれの髪をもふもふするのが好きだった。
好きなものは最後までとっとく派だったみたいで、残してた物を嫌いなのかと思って食べたら拗ねてしまった。
バトルするのが好きで、相性の悪い相手にも勇敢に立ち向かっていた。
仲間になるのが一番遅かったせいか、よく他のポケモン達に世話を焼かれていた。
思い出と一緒に涙まで溢れそうになって、零れないよう上を向いた。空はおれの涙なんか誤魔化す気がないらしく、どこまでも青く晴れ渡っていた。
なんで、こんなに悲しいんだろう。
ゾロアークをNさんに会わせたいって思ったのは本当なのに。
ゾロアークが幸せなんだから、それでいいはずなのに。
「ゾロアーク……」
「クオーン!」
ゾロアークの鳴き声が聞こえた。
ついに幻聴まで。
と、真っ黒な大きな影が視界を横切った。
それから小さな黒い影が落ちてきた。段々と大きくなり、形がはっきりしてくる。それがゾロアークだと気付いた時には、もう腕を伸ばしていた。
受けとめきれなくて尻餅をついてしまったけれど、しっかりゾロアーク抱きとめる。布越しに伝わるぬくもりがすでに懐かしかった。
幻影じゃない、よな?
「ゾロアーク、なんでお前がここに?」
「キミと一緒にいたいからと言っているよ」
顔を上げると、Nさんがいた。
なんでNさんまでここに?
やっぱりゾロアークに進化させたのはまずかったのか。
それとも、ブラックキュレムが現れた時に混乱のあまりNさんの胸ぐら掴んで「助けてって具体的にあれをどうすればいいんだよ!」って怒鳴っちゃったのを怒ってるのか。
でも、怒ってるって感じじゃないし。むしろ、笑ってるし。笑いながら怒るタイプなのか。
いや、そんなことより、
「おれと一緒にいたいって、お前、ずっとNさんに会いたがってたのに」
「ボクに会いたがっていたのも事実だけれど、キミと一緒にいきたいと彼が望んでいるのも事実だよ」
Nさんの言葉が信じられなかった。あんなにNさんを恋しがってたのに。
「ゾロアーク、本当におれと一緒でいいの?おれ、Nさんみたいにお前の言葉わからないし、前みたいに喧嘩するかもしれないよ」
ゾロアークを見つめると、短く鳴いて頬擦りしてきた。我慢してた涙が零れそうになる。
ぎゅっとゾロアークを抱き締めて、肩口に顔を押しつけた。
「ありがとう。ありがとう、ゾロアーク」
クオンクオン、とゾロアークは嬉しがってる時と同じ声で鳴いた。
嬉しくて、幸せで、涙が止まらなかった。
ふいに、頭上からふっと笑い声が聞こえた。顔を上げると、Nさんが笑っていた。
途端に顔が熱くなる。すごく恥ずかしい。慌てて目尻に溜まった涙を拭う。
ゾロアークの体をそっと離し、立ち上がってNさんに向き直った。
「あの、ゾロアークの声を教えてくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして」
穏やかな笑みを絶やさずにNさんは言った。
「そうだ。さっきキミを探していた時、ゾロアークが言っていたよ。自分だけニックネームで呼ばれないのは寂しいって」
驚いて、おれはゾロアークを見つめた。ゾロアークはちょっと照れくさそうに頷いた。
そっか、おれだけじゃなかったんだ。
「それじゃ、お前にぴったりのかっこいい名前を考えないといけないな」