紅の幻想
結局バームクーヘンは五等分したのだが、食べ切れそうになかったハヤトは四分の一だけ貰って、残りはミカンに渡した。
アキラも半分はユイにあげていた。
バームクーヘンを食べながら気を紛らわせるために雑談を交わしていると、落ち葉を踏み歩く音が聞こえてきた。
それは一つではなく、ぞろぞろと大人数で歩いているように聞こえる。
アキラが険しい顔をして、
「隠れましょう」
と言って、ユイの腕を引っ張って木の陰に身を隠した。
ハヤト達もそれに倣う。
しばらく息を潜めていると、足音の主達が近付いてきて目の前を通った。
彼らの異様さに、全員目を瞠る。
先頭を歩くはギャロップのようなたてがみを揺らす青年。その後ろを列をなしてついていくのは、どれもこれも異形の類いばかり。
首が異様に長いご婦人や、一ツ目の坊主。
体が半分溶けたカラカラに、目が四つあるバタフリー。
頭が三つのヘルガーの背に乗るのは、顔のない童子だ。
「百鬼夜行……」
ユイがぽつりと呟いた。
本や映画でしか見たことないそれが、確かに目の前を歩いていた。
アカネは思わず、目に涙を溜めてミカンに引っ付いていた。
「百鬼夜行って、夜出るものじゃ……」
アキラは顔を引きつらせながら空を見上げた。
いつの間にか空は赤々と燃えていた。あまりにも深い赤色は血を溶かしたようで、少し不気味だ。
「夕暮れ時は…もぐもぐ…逢魔が時と…もぐもぐ…言って…もぐもぐ…妖怪に…もぐもぐ…遭遇しやすい…もぐもぐ…時刻だからじゃ…もぐもぐ…ないかしら…もぐもぐ」
「ミカン、喋るか食べるかどっちかにしろよ」
「……もぐもぐ」
「食べるのか」
木陰の彼らに気付かずに、百鬼夜行は通り過ぎていく。
******
百鬼夜行が全て通り過ぎると、アカネは堰を切ったように泣き出した。
「もういやや!こんなとこいとうない!」
「大丈夫よ。もういなくなったから」
「それに、あれきっと全部ハヤトさんとかなんで怖くないですよ」
「俺!?」
実はユイもかなり混乱してるのではないだろうか。
わけのわからない慰めだ。
それでも、アカネはしゃくりを上げながらも涙を止めた。
「確かにハヤトやったら怖くないけど、あれがハヤトならここにいるのは誰や」
「俺がハヤトだ!」
「多分、メカハヤトじゃないですか?」
「メカハヤト!?あっちじゃなくて俺がメカ!?」
「ハヤト君って量産型だったのね!」
「ミカンもつられて何言ってんだ!」
「つまり、色違いの赤いハヤトさんだと三倍速いんですね、わかります」
「全然わかってねーよ!俺はザ○じゃない!おい、アキラ。こいつらどうにかしてくれ!」
唯一何も言わずに俯いて考え込んでいたアキラに助けを求める。
アキラは億劫に顔を上げると、さながら聖母のような慈愛に満ちた微笑を浮かべた。
「メカはメカなりに深い事情があるんですから、あんまり詮索してはいけませんよ」
「いやいや、そうじゃなくてメカの部分を否定してくれよ!お前が言うと皆信じるだろ!」
その証拠に、メカハヤトにも悲しい事情があるのね、とでも言いたげな三対の憐れみの目がハヤトに注がれていた。
アキラの影響力、恐るべし。
「まあ、ハヤトさんが生身であるかメカであるかなんていう些細な問題は置いておいて」
「置いておかれた!?」
「さっきの百鬼夜行を追いかけますよ」
百鬼夜行が向かった先を見遣り、アキラは不敵に笑った。