ハッピーフラワーガーデン
「そうだ、みんなでピクニックにいこう!」

などとユヅルが言い出したのは、久しぶりに帰った我が家のリビングで映画を見ていた時だった。
テレビにはメレメレの花園でランチボックスを広げる子供たちが映っていた。陽気なBGMと風に揺れる山吹色の花に囲まれて、あちこちで笑顔が咲いている。
こっちまで楽しくなるような光景を見ているうちに、自分もやりたくなったらしい。こいつは本当にすぐ影響を受けるな。

「俺とお前で?」

「ボクとソウヤとリーリエとハウと……そうだ、グラジオも誘おう。今、帰ってきてるんだろ?」

「帰ってきてるけど、あいつがくると思うか?」

カントーでの武者修行を終えて帰ってきたグラジオの変わらないすかした面を思い浮かべて、俺は肩を竦めた。
あれがピクニックなんてするように見えるか。

「大丈夫、ボクに任せろ」

自信満々にユヅルは胸を叩いた。
頼もしい……なんて思えるわけがない。絶対にロクな方法じゃないだろ。けど、とめたところでユヅルは俺の言うことなんて絶対に聞かねえからな。

「ほどほどにしとけよ」

許せ、グラジオ。骨は拾ってやる。


******


3日後、本当にユヅル主催のピクニックが行われることになった。相変わらず無駄に行動力のある双子の弟……いや、一応妹だったな。どっちでもいいけど。
当日は雲一つない青空で、絶好のピクニック日和だった。天気予報でも今日は1日中晴れ。母さんもにこにこしながら弁当をつくってくれた。

現地集合ということで、俺とユヅルはメレメレの花園の入り口でリーリエたちを待った。
ユヅルの話では、グラジオもちゃんとくるらしい。ふんじばって連れてこないとなると、いったいどんな脅迫をしたんだ。

「ソウヤさん! ユヅルさん!」

最初にやってきたのはリーリエだった。
ポニーテールを尻尾みたいに振りながら小走りでやってくる。その後ろをリーリエのピッピがついてきていた。

「リーリエ、アローラ!」

「今日は誘ってくださり、ありがとうございます」

「お礼なんていいよ。ボクがリーリエとピクニックしたかっただけなんだから」

リーリエは真面目くさった態度でユヅルに感謝した。
その後ろをピッピ以外追いかけてこないことに気付いて、俺はしげしげとリーリエを眺めた。

「今日は迷子にならなかったんだな。ピッピのおかげか?」

「もう、わたしもちゃんと成長してるんですよ」

はじめてここにきた時のことを思い出してからかうと、リーリエは頬を膨らませた。
前はからかっても本気で落ち込んだり謝ってきたりして面倒だったけど、今は普通に反応がいい。こいつも、かなり接しやすくなったな。
なお、前と同じように飛んでくるユヅルの肘鉄はちょっと身体を捻ってかわしてやった。ちっ、と悔しげに舌打ちするユヅルを鼻で笑ってやる。ワンパターンなんだよ、お前は。

そんな俺たちを見て、リーリエとピッピはくすくす笑い、ガラガラのカラぼうとライチュウのスピカはまたやってるよとばかりに肩を竦めた。
この反応もたいがいワンパターンだ。

そんなことをやっていると、遠くからおーい! とのんびりした声が聞こえてきた。
そっちを見やると、ハウとガオガエンが駆け寄ってくる。

「アローラ!」

「アローラ」

いつものように太陽みたいな笑顔で挨拶してくるハウに挨拶を返す。ガオガエンも悪人、もとい悪ポケモン面に楽しげな笑みを浮かべていた。
ポケモンバトルに求めるものの違いで衝突したこともあった1人と1匹だけど、それ以外では結構似てるんだよな。

「これで全員ー?」

「グラジオがくればね」

「ええー!? グラジオも誘ったのー!? 本当にくるのー!?」

「普通に誘ったら、まず間違いなくこねえよな」

俺とハウは顔を見合わせて、うんうんと頷いた。
妹としてグラジオのことをよく知ってるリーリエなんて、ポッポが豆鉄砲食らったみたいな顔で「兄さまが、ピクニック……?」と呟いている。うんうん、想像できないくらい似合わねえよな。

「ちゃんと約束はしたから、くるはずだよ。……まあ、ピクニックとは言ってないけど」

小声で付け加えられたユヅルの一言を、俺は聞き逃さなかった。
やっぱりか。まあ、無理矢理つれてこないだけましだけど。
呆れてため息をつくと、ユヅルがあっ、となにかに気付いたように声を上げた。

「グラジオやっときた!」

ユヅルが指さす方に目を向けると、ピクニックとは程遠いすかした顔のグラジオがこっちに向かって歩いてきていた。それを認めた途端、ユヅル以外の人間とポケモンに衝撃が走る。

「わりと普通にきた!?」

「本当にきたのー!?」

「兄さまがピクニックに!?」

リーリエがピクニックと口にした途端、グラジオの顔が険しくなった。つかつかと今にも胸ぐらを掴みそうな勢いでユヅルに迫る。

「お前、ヌルの調子を見てほしいからと俺を呼び出したよな?」

「そうだったね」

「それなのにピクニックとはどういうことだ」

「ボクがみんなとピクニックしたかったから!」

開き直った笑顔で言い放つユヅルに、グラジオは青筋を浮かべた。
そういや、ユヅルはビッケさん経由でグラジオからタイプ:ヌルを譲り受けてたな。そいつを口実に使ったのか。確かにそれならグラジオも断らないだろう。無駄に知恵をつけやがって。

グラジオは諦めたようにため息をつき、目を眇めてユヅルの腕を掴んだ。

「約束は約束だ。ヌルの調子を見てやる」

「えっ、ちょっ!?」

グラジオはユヅルを引っ張って、メレメレの花園へ続く短いトンネルの中に入っていった。
兄さま、と宥めるようにリーリエが呼んでも、ユヅルが力の限り暴れても気にせず進んでいく。どうせ行き先は同じだから、俺たちもグラジオを追いかけた。

「バトルでもするのか?」

「ああ、それが一番てっとりばやい」

「じゃあ、その間こっちはこっちで楽しくやるよ」

「えっ、ボクもそっちがいい!」

「お前はこっちだ」

ぱっと視界が開けて、鮮やかな山吹色が一面に広がる。だが、グラジオは見事な花畑を無視して、緑の大地に立つ1本の木を目指した。「ピクニックークークー」と恨めしげにセルフエコーをかけながら――余裕あるじゃねえか――ユヅルがドナドナと連行されていく。
グッドラック、と親指を立てて2人を見送り、俺はハウとリーリエに向き直った。

「よし、ピクニックするか」

「いいんですか?」

「自業自得だ」

いくぞ、とグラジオが向かった方とは別方向に歩き出す。
ここで2人のバトルを観戦しようものなら、ユヅルは喜ぶだろう。だから、自分はもちろんリーリエとハウにも観戦させるつもりはなかった。

ちょっと躊躇う様子を見せたが、リーリエとハウとポケモンたちは俺の後をついてきた。まだユヅルのことを気にして「本当にいいんでしょうか?」と呟くリーリエに、ハウが「ポケモンバトルはポケモンバトルで楽しいからー、いいんじゃないー?」なんて笑う。
その言葉通り、なんだかんだでユヅルもユヅルで楽しむだろう。本人が想定していた楽しみじゃないだけで。

「とりあえず、この辺でいいか」

適当に開けたところで、俺たちは手持ちのポケモンたちをみんなボールからだしてやった。

「この花園の中でなら自由にしていいぞ」

そう言うと、カラぼうとアシレーヌのマリぼう以外ははしゃいで山吹色の花の中を駆けていった。リーリエとハウのポケモンも何匹かその中に混じっている。
豆粒サイズになったユヅルとグラジオもヌルたち以外は好きにさせたらしく、いつの間にか2人のポケモンたちも合流していた。

「おれたちはどうするー?」

「崖の上にいい撮影スポットがあるから、そこにいってみるか」

「わあ、きっと綺麗な景色なんでしょうね」

リーリエとハウの賛同を得て、カラぼうとマリぼう、ピッピ、ガオガエンをつれて辺り一面を覆う花々をかき分けていく。草むらを歩くのは慣れているから苦ではないが、踏み潰さないようにと思うと、歩みがいつもより慎重になった。
普通に息をするだけで花の甘いが鼻腔に広がる。そのうち身体にまで匂いがつきそうだ。特別花が好きというわけじゃないけど、ここまで同じ花が群集していると圧倒されるな。

「ソウヤさんはよくここにくるんですか?」

「ドリぼうの蜜をとりにな。ユヅルもよく写真撮りにきてるらしいぞ」

「あー、よくここの写真上げてるもんねー」

坂を上って花園を囲む崖の中腹に行く。見下ろした地上はぐるりと岩壁に囲まれており、奥は芝生と木の葉の緑に、手前は花の山吹色に覆われていた。いくつもの花弁が風に乗って舞い踊る。その中でポケモンたちが思い思いに遊んでいた。

「綺麗ですね」

「だろ?」

景色に魅せられたように、リーリエは目を見開き、頬を紅潮させていた。ぽかんと開いた口がなんかおかしくて、ちょっと笑ってしまう。
すると、はっとして誤魔化すように「ピッピさんもそう思いますよね」と自分のポケモンに話しかけるものだから、余計におかしくなった。

「せっかくだ、写真も撮っておくか。ロトム」

「はいロトー」

鞄から出てきたロトム図鑑を手に持って、ポケファインダーを起動する。画面を覗き込んでズームすると、豆粒サイズだったユヅルたちがよく見えるようになった。

ユヅルのヌル、かなりシルバディに押されてるな。情けねえ。
よし、撮ってやるか。

しかし、シャッターを押して捉えられたのは、ヌルがシルバディに果敢に反撃するシーンだった。写真としてはなかなかいい構図だ。ネットに上げたら高評価がつくだろう。ユヅルが調子に乗るから、あいつには絶対に見せてやらねえけど。

他のポケモンたちが遊んでいるところも写真に収めようと、辺りを見渡す。

スピカとハウのライチュウがサーファーみたいに尻尾に乗って花の海でレースをはじめ、ハウのケンタロスと黄昏色したユヅルのルガルガンのシリウスが花弁を巻き上げながらそれに続く。
あいつらの目に、この立派な花畑は映っていないようだ。

そんな騒動とは対照的に、リーリエのアブリボンとキュワワー、ユヅルのジジーロンのエルタニンとキュウコンのルキダ、ハウのリーフィアは穏やかに花を愛でていた。
そこにサンドパンのサンぼうとハウのケケンカニがちょっかいをかけにいく。が、情けなくもルキダとリーフィアに尻尾で叩かれ追い返されてしまった。さながらイタズラ小僧と学級委員長のようだ。

ジャラランガのシャラぼうはこの前のチャンピオン防衛戦で戦い敗れたグラジオのルカリオが気になるらしく、喧嘩、もとい勝負を挑んでいた。だが、残念ながら無視されているようだ。怒ったシャラぼうをグラジオのゾロアークとポリゴンZが間に入ってとめようとするが、あの様子じゃ火に油を注いでるだけだな。
その様子をユヅルのジュナイパーのアルナスルが思案顔で見ていた。仲裁に入ろうか放っておこうか悩んでるってところか。ユヅルに似ず慎重な性格だし。

クワガノンのヂーぼう、グラジオのリザードンとクロバット、ハウのオンバーンはゆったりと空の散歩を楽しんでいた。
上空から見る花畑も綺麗だろうな。

オドリドリのドリぼうは山吹の蜜を吸ってぱちぱちスタイルに変わり、野生のオドリドリたちにまじっていった。きっとドリぼうの友達なんだろう。あいつは昔ここに棲んでいたから。

「おっ、ドリぼうのやつ、他のオドリドリとダンスしてる」

「あっ、本当ですね。動きが綺麗に揃っていてすごいです」

パチパチと弾ける電気を纏って、ポンポンのような手を振るオドリドリの一団を眺める。一糸乱れぬダンスは軽快で楽しそうだ。
つられるようにカラぼうとピッピもその場で躍りだし、マリぼうもリズムに乗って手を叩きながらノリのいい歌を奏ではじめる。それで俺たちに気付いたのか、ドリぼうがウインクを寄越してきた。

「楽しそー! おれもまざってこよー!」

「あっ、ハウ、ちょっと待て」

飛び出した1人と1匹を呼びとめるが、ハウはガオガエンに抱えられて崖を飛び降りてしまった。花弁を巻き上げながら着地し、オドリドリたちのもとへ走っていく。そして、ドリぼうの隣で一緒に踊りはじめた。
ハウとガオガエンのダンスはけして下手ではなかった。だが、いかんせんオドリドリたちと動きがあっていない。
すぐに、きしゃー! と金切り声が上がり、オドリドリたちの電撃がハウたちを襲った。

「ドリぼうはダンスのことになると厳しいって、言おうと思ったんだけどな」

ごめんってー、とハウとガオガエンの悲鳴が上がる。だが、それで手を緩めるドリぼうではない。時には手本を見せ、時には手をとり、そして時には愛の鞭という名の電撃を浴びせながら、ハウとガオガエンをしごいていく。
もともとリズム感と運動神経がいいおかげで、1人と1匹の動きは格段によくなっていった。素人目ながらも、オドリドリたちと息が合っていくのがわかる。

「面白そうだし、あれも撮っておくか」

と、シャッターを押した瞬間、くすりと隣で笑われた。

「ソウヤさんとユヅルさんって、そういうところ似てますよね」

「喧嘩なら言い値で買うぞ」

「どうしてそうなるんですか!? 私はただ、ぱっと見は似てないように見えるけれど、やっぱり双子なんだなと思っただけで」

わたわたと狼狽えだしたリーリエを今度は俺が笑ってやった。リーリエははっとなって「またからかいましたね」と頬を膨らませる。ピッピも一緒になって俺を睨み上げてきた。

俺は無視して、またポケファインダーを覗いた。ロトムに「意地悪ロト」と言われたが、それも無視だ。
ファインダーの向こうに映るのは、花の色に合った賑やかな景色だった。だが、人間は俺たちしかいない。
これなら、あいつをだしても騒ぎにはならなさそうだな。

「リーリエ」

「はい?」

「お前に会わせようと思って、こいつもつれてきた」

首を傾げるリーリエになにも答えず、俺は鞄からモンスターボールを取り出して投げた。
地面に落ちたボールが開き、眩い光が放たれる。そこから現れたのは太陽のように鬣を広げたポケモン、ソルガレオだった。真っ白な毛が陽光を浴びて金色に輝く。
リーリエの目が大きく見開かれた。

「ほしぐもちゃん……いえ、ソルガレオさん!」

「久しぶりに、こいつもお前に会いたいかと思って」

そろそろとリーリエはソルガレオに手を伸ばした。甘えるようにソルガレオはリーリエの手に頬擦りをする。ぱっとリーリエの顔に笑みが咲いた。

「ソウヤさん、ありがとうごさいます!」

「礼を言われることでもないけど」

いいえ、とリーリエは首を横に振る。
それだけ喜んでもらえるなら、悪い気はしないな。

「ピッピさん、この子がほしぐもちゃんですよ」

リーリエはソルガレオとピッピを引き合わせた。ほしぐもちゃんのことは聞いていたのか、ピッピは臆することなくソルガオレオに挨拶する。ソルガレオも興味深そうにピッピに鼻面を近付けた。
この感じなら、今日はずっとソルガレオを外にだしてても大丈夫そうだな。

「そういや、ちょうどこの辺だったな、ほしぐもちゃんが迷子になったのは」

「ああ、そうでしたね。あの時もソウヤさんがいてくれて、本当に助かりました」

「あの頃のほしぐもちゃんはフリーダムだったな」

「あの頃は子供みたいなものでしたから、ずっと鞄の中で窮屈だったのかもしれません。それに、こんなに綺麗な場所なんですから、外にでて、よく見ておきたくなったんでしょうね」

ソルガレオはなにも答えなかった。ただきまり悪そう目を逸らすだけだ。
それが面白くて、俺はほしぐもちゃんの思い出話を続けた。純粋な懐かしさからか、リーリエも楽しそうにのってくる。話が弾めば弾むほど、ソルガレオは気恥ずかしそうに身体を揺すったり、リーリエの頭を鼻先で小突いたりして、マリぼうたちにからかわれた。
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