ハッピーフラワーガーデン
(なんでこうなっちゃったかな。ボクはただピクニックがしたかっただけなのに!)

なんて考えは、すぐに消え去った。他のことを気にしてる余裕なんて、グラジオとバトルしている時にあるわけがない。手加減なんか一切してくれない攻撃を捌くので精一杯だ。

「“ブレイククロー”」

「跳んで!」

シルヴァディの鋭い爪がタイプ:ヌルのリギルに振り下ろされる。ギリギリのところで後ろに跳んでかわし、リギルはすぐにまたシルヴァディに飛びかかった。

「よし、“つばめがえし”!」

リギルの前足の爪が素早くシルヴァディの首を切り裂く。切れた白い毛が山吹色の花弁にまじって宙を舞う。だけど、シルヴァディは怯まなかった。

「“マルチアタック”」

「“アイアンヘッド”で受け止めるんだ!」

圧を感じるほどの勢いで突進してきたシルヴァディをリギルは鋼鉄の頭で迎え撃とうとする。けれど、シルヴァディはそんな反撃をものともせずにリギルを弾き飛ばして木の幹にぶつけた。どさりと音を立てて草の上に倒れ込んだリギルは、ぐったりと四肢を投げ出して動かなくなってしまった。

「お疲れさま」

リギルに駆け寄って、げんきのかけらとキズ薬で回復させる。すぐに目を覚ましたリギルは悔しげに唸りながらシルヴァディとグラジオを睨んだ。
うんうん、レベル差があるって最初からわかっていても、悔しいものは悔しいよな。わかるわかる、とボクはリギルの背中をわしゃわしゃと撫でた。

「調子はよさそうだな」

グラジオとシルヴァディはボクたちの視線なんか気にせずに近付いてきた。それもなんだか悔しくて、じとっとした目でグラジオを見上げてやる。

「それ、今言われると嫌味に聞こえるな」

「事実を言ってるだけだ。そのヌルはお前のことを充分に信頼しているようだから、もうすぐ進化するだろう」

「そうなの?」

ボクはリゲルに尋ねた。リギルは言葉の代わりに胸に鼻面を押しつけてくる。
タイプ:ヌルはパートナーを信頼することで覚醒し、シルヴァディに進化するらしい。出会ったばかりの頃よりも懐いてくれるようになったことは感じていたけれど、もうそのレベルになっていたなんて。
つい口の端が上がってしまう。でも、グラジオの前で素直に喜ぶのは気恥ずかしいから、怒られることを承知で調子のいいことを言って誤魔化すことにした。

「ふふん、グラジオもボクの実力を認めてくれる気になった?」

「ああ、お前に託して正解だった」

「えっ、ほんと?」

思わぬ反応にボクは素で目を丸くした。

「嘘をついてどうする」

グラジオがお世辞や気休めを言うような性格ではないことはわかってる。でも、こうも素直に褒められるとは思わなくて、理解が追いつかなかった。
もしかして、ボクが思う以上にグラジオはボクのことを認めてくれていたんだろうか。正直、ソウヤのおまけ程度にしか思われてないのかと。島巡りの途中でグラジオと何度もバトルしたのはソウヤだったし、ネクロズマを鎮めて事件を解決したのもソウヤだったし。
そこまで考えて、ふと、今まで考えもしていなかった疑問が浮上した。

「グラジオって、なんでソウヤやハウじゃなくて、ボクにヌルを託してくれたの?」

「いきなりなんだ」

「だってさ、癪だけどトレーナーとしての実力はソウヤの方が上だろ?」

だから、普通はソウヤに託すはずだ。
グラジオはなにかを思い出すように遠くを眺めた。

「正直に言うと、どちらでもよかった」

その答えに少しだけ肩を落とす。
わかってはいたけどさ、もうちょっとなにかあってもいいじゃないか。
文句を言おうと口を開く。けれど、続けられた言葉になにも言わず口を閉じることになった。

「だが、このヌルにはお前の方があっていると思った」

ボクはリギルを見つめた。リギルはボクの膝に兜を被った頭をのせ、ヒレのような尻尾をゆらゆらと揺らしていている。
最初からこんなにくつろいでいた訳じゃない。むしろ、逆だ。人につくられたこの子はその過程でなにがあったのか、ひどく人を憎んでいた。
そんなポケモンを、グラジオはソウヤよりもボクの方がふさわしいと思って託してくれたのか。

「確かに、ソウヤにこんな繊細な子の相手は無理だね」

ボクはそっとリギルの背を撫でた。兜から覗く目が気持ちよさそうに細められる。出会ったばかりの頃だったら、絶対にしてくれなかった安らいだ顔だ。

「いやー、気分がいいなー」

「そんなにか?」

「トレーナーとしては、ソウヤにずっと先を行かれてたからね。それが悔しくて、ちょっと寂しかったから」

そこまで溢してしまってから、はっとした。
しまった。本音を語りすぎた。

「今の、絶対に誰にも言うなよ」

慌ててグラジオの腕を掴んで頼み込む。うん、と首を縦に振るまでこの手を離すつもりはなかった。
なのに、あっさりと手を外されてため息をつかれる。

「お前と違って、言いふらす趣味はないから安心しろ」

「なら、いいけど」

若干刺は感じるけど、ばらされないならいいか。こんなこと、誰かに知られたら恥ずかしいからな。とくにソウヤには絶対に知られたくない。
なのに、なんでグラジオに話しちゃったんだろ。一応、年上だからか?

「兄貴に甘えるって、こんな感じなのかな」

ふと呟くと、グラジオに思い切り眉を顰められた。

「お前には実の兄がいるだろ」

「兄って言っても、双子だからな。兄貴っていうより、一番の親友でライバルって感じ。……あっ、これもオフレコな」

「わかってる」

グラジオは肩を竦めた。
うん、理解がはやくて助かるよ。

「そろそろお弁当にしよっか。ボク、お腹空いちゃった」

「そうか」

グラジオはおもむろに背を向けた。そこには見えない文字で「俺は帰る」と書いてある。
だから、ボクはグラジオの腕を引っ掴んだ。

「なにをする」

「せっかくだから、グラジオも一緒に食べようよ」

「そこまで付き合うつもりはない」

「イエス以外の答えは受け付けてなーい!」

おーい、とボクらを無視して遊ぶ友達たちを呼びながら、ボクは暴れるグラジオを無理矢理引っ張って山吹色の花の中に入っていった。
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