夢見る廃墟
サンヨウシティはアパートが多い。それも3、4階建てくらいの小さな、けれど小洒落た外観のアパートばかり立ち並んでいて、ちょっとした迷路みたいになっていた。
左右に似たような外観のアパートが並ぶ石畳の通りを、タウンマップを片手に歩く。その先にさっきも前を通ったフラワーショップの看板が見えて、オレは立ち止まり頭をかいた。
「完全に迷ったな」
これはもう、隠しようがない事実だ。
しっかりしろとばかりに、フードに入ったタージャに頭を叩かれた。
「しょうがねえだろ。はじめて来たとこなんだから」
方向音痴ってわけでもないけど、はじめて訪れた場所をなんなく歩けるほど方向感覚に優れているわけでもない。
「適当に歩いていてもどうしようもねえし、誰かに道を訊くか」
「きゃん」
同意するように、足元でリクが鳴いた。
タージャも異論はないらしく、なにも言わない。
オレは人を探して、首を巡らした。
真昼近くのせいか人影はなく、生き物といえば、アパートの玄関口から伸びる短い階段で昼寝してるチョロネコか、ベランダの手摺に連なるマメパトくらいだ。
少し先まで歩いて、花屋の店員に訊くか。
そう考えた時、
「きゃう!」
リクが注意を引く声で鳴いた。
誰か見つけたのか?
リクの視線の先に顔を向けると、アパート前の玄関から出てきた長い黒髪の女の人と目が合った。白衣を着ているから、医者か研究者だろう。手ぶらなところを見ると、ここの住人の可能性が高い。
あの人に訊こうと足を踏み出す。
と、何故かあっちから近づいてきた。
えっ?
呆気にとられている間に、女性は階段を下りてオレの目の前までやってきた。眼鏡の奥の瞳が、らんらんと青く輝いている。
「ねえ、あなたミスミちゃんよね?」
ちゃん?
オレの地雷1歩手前の言葉に、こめかみをひくつかせる。
「アララギから聞いてたけれど、ほんとに可愛い子ね」
可愛い?
さらにこめかみがひくつく。
怒声が出そうになって、唇を噛みしめた。
「あなたたち、イッシュ地方のすべてのポケモンと出会うんだって? こんなに小さな女の子なのに、すごいわねえ」
もう我慢できねえ!
「オレは男だ!」
オレのあらんかぎりの叫びに、女は目を丸くした。
******
「さっきはごめんね」
苦笑を浮かべながら、眼鏡の女性はオレの前のテーブルに紅茶を注いだ白いカップを置いた。それから、背の低いテーブルを挟んでオレンジのソファに座る。
その背後には紙に埋もれたパソコンが置いてあるデスクや、生活感溢れるリビングには不釣り合いな機械の群れが鎮座していた。
「どうぞ、遠慮せずに飲んで」
「どうも」
小さな陶器の音を立てて、カップを持ち上げる。口に含んだ紅茶は少し甘くて、逆立った心を少しだけ落ち着けてくれた。
オレはカップを置くと、ソファにもたれて女性に目をやった。タージャとリクも、隣でオレの真似をする。
成り行きで家に招かれたが、この人はいったいなんなんだ。
「改めて自己紹介するね。アタシはマコモ。見ての通りの研究家。ちなみに研究しているのはトレーナーについてなの!」
トレーナーの研究家?
珍しい、どころか初めて聞いた。世の中には色んな研究家がいるんだな。
「で、アララギ博士とは大学時代からの友達なの」
「アララギ博士の大学時代の友達って、あんた、いくつなんですか」
アララギ博士はオレの母さんと同年代のはずだが、目の前の人はとてもそうには見えない。
ピンクのインナーや花のピンなど、少女趣味を感じさせるものを身に着けているせいかもしれないが、それを差し引いてもアララギ博士よりいくらか若く見える。見た目が、というより雰囲気が。
「女性に年齢を尋ねるのは失礼よ」
マコモさんは少し頬を膨らませた。その仕草も幼く見える、が
「はあ、それはすいません」
この受け答え、やっぱりアララギ博士と同年代か。
「それはともかく、あなたに頼みがあるの」
「頼み?」
「そう。お願いしてもいいかな?」
面倒そうだな。
さっきのこともあるし、正直気が乗らない。
「ものによります」
「聞いてた通りの天邪鬼なのね」
残念、とでも言いたげに、マコモさんは目を伏せた。
アララギ博士め、なにを言ったんだ。
「あのね、サンヨウシティの外れに夢の跡地って言われてる場所があるんだけど」
「夢の跡地?」
聞き覚えのある名前に、思わずオウムがえしに口にする。
マコモさんが眉を上げた。
「知ってるの?」
「行ってみようと思ってた場所ですけど」
「じゃあ、ちょうどよかった」
マコモさんは顔を明るくさせて、胸の前で手を打った。
やべ、これ引き受けさせられるフラグだ。
「そこにいるポケモン、ムンナの出す夢の煙がほしいんだ。それがあれば、ゲームシンクといって、色んなトレーナーのレポートを集めることができるようになるの!」
「はあ、それはすごいですね」
どういうことかまったくわからないが、博士であるマコモさんが興奮気味に話すんだから、きっと多分すごいことなんだろう。
「でしょ! だから、その夢の煙をとってきてね! おねがいします!」
テーブルに頭をぶつけそうなほどの勢いで、マコモさんは頭を下げた。
そこまでされると、こっちが申し訳なくなる。
「なにも、そこまでしなくても」
「とってきてくれる?」
期待に輝かせた目をしたマコモさんの顔が、目の前に迫る。
この目はやばい。断る空気をなくす目だ。
しばし、視線のみで攻防が繰り広げられる。相手は決して目を逸らさない。オレは今すぐにでも逸らしたい。そんな状況では、勝敗は目に見えている。
オレは観念して白旗を上げた。
「じゃあ、見つけたらとってきますから、案内してもらえますか」
「ほんと? ありがとう!」
この強引さ、やっぱりアララギ博士の類友か。