「“テレポート”なら、そんなにとおくにはいけないはずでしょ! はやくさがそうよ!」
プラズマ団の姿が消えたのを認めてから、アイリスは駄々をこねるようにアーティさんの袖を引っ張った。だが、アーティさんは動こうとしない。
「んうん、今回はこの辺にしておいた方がいいんじゃない?」
「なんで!?」
「だって、奪われたポケモンにもしものことがあれば、僕たちはどうすればいいのさ?」
うっ、とアイリスが詰まった。
オレもアーティさんと同意見だった。
正直なところ、プラズマ団のやり方は許せない。今すぐ追いかけてボコボコにしてやりたい。が、頭の隅の冷静な部分が深追いはやめとけと言っている。ああいうやつらは、追い詰められた時ほどやっかいだ。そして、その時犠牲になるのはきっとポケモンたちだ。
「大丈夫だよ。アイリスちゃん、ありがとう! みんな怪我なかったし、なにより大事なポケモンとこうやってまた会えたんだもん!」
ベルは柔らかく笑って、ムンちゃんとミーちゃんを抱き締めた。ムンちゃんは頬擦りし、ミーちゃんはベルの頭をそっと撫でる。
アイリスはどこか不満げな面持ちを残していたが、「だったら、いいんだけど」と一応は納得したようだった。
「で、みんなはこれからどうするのさ?」
アーティさんの問いかけに、オレはあまり考えずに答えた。
「オレは今日はもうホテルに行って、明日からヒウンを見て回るつもりです」
「あたしもヒウンシティをいろいろ見て回りたいけど……」
ベルはわずかに顔を曇らせた。
そっか。あんなことがあったばかりじゃ、不安だよな。
「ベル、オレが」
「だいじょーぶ!!」
オレが一緒にいってやるよ、という言葉はアイリスの甲高い声に遮られた。
「あたしがベルおねーちゃんのボディーガードつづけるから!」
「アイリスちゃん……」
ベルはアイリスを見て安心したように微笑んだ。
いいねえ、とアーティさんがしみじみと何度も頷く。
「アイリスはとびっきりのポケモントレーナーだけど、この街は苦手みたいだし。それに、ほら、人もポケモンも助け合い! 助け合い!」
オレは思わず一歩引いてしまった。
あのドラゴンポケモンを見ただけでわかる。子供とはいえ、オレよりアイリスの方がずっと強いトレーナーだ。だったら、ベルのこともアイリスに任せた方がいいだろう。
「あと、おにーちゃん、ポケモンを探してくれてありがとう!」
「……あ、ああ」
「それじゃーね!」
アイリスは大きく手を振ると、夜の街を駆けだした。ちょっと待って、と慌ててベルがそのあとを追いかける。
2人の背中が見えなくなってから、オレはアーティさんに向き直った。
「じゃあ、オレももういきます」
「うん。じゃあ、ジムで待ってるよ、ミスミさん」
アーティさんに別れを告げて、オレは当初の目的地であるホテルに向かった。ボールに入るのを拒否したタージャがオレの手に蔓を絡み付けて隣を歩く。
アーティさんの姿も見えなくなった頃、タージャが短く鳴いた。どうしたのかと見やると、目を眇めてオレを見上げていた。
「なんだよ」
「ジャ、ジャノ」
いったいなにを言っているのかは正しくわからないが、どうも心配されてるらしい。いつもより声が優しかった。
「べつに、なんでもない」
前を向いて答えると、突然手に巻き付く蔓が腕を締め上げた。あまりの痛みに情けない声が上がる。
「いだだだだっ……わかった、ちゃんと話すから!」
「ジャノ」
ようやく蔓の力が弱まり、堰き止められた血が腕に通う。
心配してる相手を脅すか、普通。
「べつに、たいしたことじゃねえよ。ただ、今回オレは役に立ってなかったなって思って」
また蔓の力が強まるのを感じ、待て待て、と慌ててタージャを制する。
「お前らはよくやってくれたよ。けど、正直、オレがいなくてもなんとかなってただろ?」
「ジャノ」
タージャは素直に頷いた。
慰めるつもりなら、一応ここは否定しとけよ。
「これで襲われたのが知らないやつなら、そこまで悔しくなかったんだろうけど、今回はベルだったろ? あいつのことは、ずっとオレとチェレンが守ってたんだ。なのに、力になってやれなかったどころか、ベルに助けられて。もう、オレはいらないんだなって。……まっ、ようは拗ねてるだけだ」
そうだ、拗ねてるだけだ。
ムンちゃんが無傷で帰ってきて、ベルの安全はアイリスが守ってくれて、恐らく最良の結果になったのに、こんなに悔しく思うのは。
タージャに蔓で後頭部を小突かれる。その痛みは馬鹿な感情がぐるぐると渦巻く頭にはちょうどよかった。