子供の領分
先生が用意したコーヒーとポケモンも食べられるモモンの実と生クリームのサンドを腹に入れ、タージャとリクを連れて園庭に出た。
ピンクの花が咲く生垣に囲まれた園庭には芝生が敷き詰められ、色とりどりの遊具や砂場が置かれていた。
ガキどもはコアルヒーのような青と黄色のツートンカラーのすべり台に集まっていた。
そっちに向かうと、ガキどもはすぐにこっちに気付き、わらわらとオレたちを取り囲んだ。フードの中のタージャは煩わしげに息を吐き、腕の中のリクは身を固まらせる。

「にーちゃん! サッカーしようぜ!」

「ポケモンしゃわらせてー」

「やっぱりポケモンごっこがいいよ!」

「おにごっこがいい!」

「えいゆうごっこしようぜ! ぼく、えいゆうのドラゴン!」

「おこちゃまね。おままごとがいいにきまってるでしょ」

「1つに絞れ!」

怒鳴ると、ガキどもは円をつくって話し合いをはじめた。

こういうことは、オレがくる前にすませておけよな。

あーだこーだと議論を交わすガキを腕を組んで待つ。しばらくすると、ガキどもは円を解いて列になった。

「じゃあ、サッカーな! にーちゃんたちVSおれたち」

「それ、つまり1人と2匹対6人ってことか?」

「そーゆーこと!」

ガキのリーダーはいい笑顔で言い切った。
いいけどよ、ガキ6人に負けるほど運動音痴じゃねえし。
むしろ、運動は得意な方だ。同い年のやつらの中では、かっけこや球技で負けなしだった。
……カノコにオレと同い年のやつはチェレンとベルしかいねえけど。

「まっ、ハンデは必要だからな」

「そーやってよゆうぶってられるのもいまのうちだぞー」

「生意気言うのはこの口か? ああん?」

「ひゃめりょー! ひゃみゃふぇー!」

口の減らないリーダーの頬を思いっきり引っ張ってやる。
他のガキも「はなせー!」と大合唱するが、だんだん楽しくなってきた。
ガキの頬は面白いくらいによく伸びる。むにむにとするとなかなか気持ちよくて、ちょっとはまりそうだ。
そのままずーっと引っ張っていたかったけど、やめてあげてとばかりにリクがオレを見上げるから、名残惜しさはありつつもリーダーを解放してやった。
リーダーは頬を押さえながらも、物怖じない目でオレを睨んだ。

「くっそー! ぜったいにかつ!」

「あほか。勝つのはオレたちだ」

フードから飛び降りたタージャもジャと頷いた。タージャは負けず嫌いで勝負事には積極的だ。
リクも身体に力を入れて、頑張るぞと気張っている。

「ボールはこれねー」

2人いる女の子のうちの1人が青いボールを頭の上に掲げた。さっきオレが拾ったやつだ。

「この人数だし、キーパーはなしでいいな。ゴールはどこだ?」

「いつもはこれでつくってる」

そう言うと、砂場のバケツを2つ持ったガキが右端に走った。別のガキが砂場のスコップを2個もって左端に行く。そして2人はそれぞれ適当な間隔で手に持った目印を置いた。あれがゴールか。

「よし、じゃあキックオフだ」

園庭の真ん中に行き、ボールを芝生の上に置く。
そして、オレ達とガキ共は右と左に別れた。

「キックオフ!」

ガキ共が声を揃えて叫ぶ。
それを合図にリーダーが動いた。でも、オレの方がはやい。

「もらった!」

オレは距離を稼ごうと、思いっきりボールを蹴り上げた。
思惑通り、ボールは空を翔ける。ぐんぐんと飛距離を伸ばすボールはすべり台を超え、可憐に花咲く垣根すらも軽々と飛び越え、青々とした木々が楽しげに枝を揺らす森の奥へと翔け抜けていった。

「あっ」

オレは右脚を上げたまま、間抜けな声を漏らした。
途端に前から非難の嵐が浴びせられる。

「あー! なにしてんだよ!」

「ぼくしーらない!」

「にーちゃんがとりにいけよ!」

オレが悪いのは認めるけど、もうちょっと優しくしてくれてもいいだろ。
助けを求めて振り返るが、リクはやれやれと首を振ってるし、タージャに至っては冷ややかな目でオレを見ていた。

「仕方ねえ。リク、タージャ、行くぞ」

「ジャ?」

「なんでって顔すんな。森の中にはポケモンがいるかもしれねえだろ」

「きゃん」

同意するようにリクが鳴く。
それでもタージャは気乗りしない様子だった。

「だーもー、とにかくお前もこい!」

タージャの傍まで寄り、無理やり抱き上げる。腕の中で暴れるが、今は無視だ。

「さあ、ボールを探しに行くぞー!」

そう意気込んだ時だった。森の方から、ひとりでに青いボールが返ってきた。
オレもポケモン達もガキどもも呆気にとられて、芝生に転がるボールを見つめる。

そして、青い稲妻が目の前を走った。

メルヘンチックな花の垣根を飛び越えてきたのは、青い電気を纏わせた黒と白の小さな体躯。
軽やかに着地したそのポケモンは、前足を上げていなないた。

青く点滅する雷のような白い鬣。走るために作られたような四肢。

「あれは、シママか」

前にテレビで見たシママは、もっとつぶらな目をしていた。だが、このシママの碧い眼は違う。もっと雄々しく、獲物を狙う目をしている。
その目に射抜かれ、ガキどもが悲鳴を上げた。

「お前ら、下がれ!」

オレはシママとガキどもの間に入った。その前にリクとタージャが出る。
流石、頼りになる相棒たちだ。

シママはボールが当たって怒ってるだけかもしれねえが、ガキどもに危害を加えさせるわけにはいかねえ。
ここは大人しくお引き取り願わねえと。

「ボールを当てたのは悪かった。けど、怪我させられるのはごめんだ」

シママは一層青い光を瞬かせる。そして、地を蹴りぐんとオレたちに向かって駆け出した。
その右前足に、タージャの蔓が絡みつく。シママはつんのめり、きっとタージャを睨んだ。

「よし、いいぞ。タージャ! リク、“あなをほる”だ!」

リクがその場で穴を掘り始める。だが、リクが穴に潜るよりもシママの鬣から放たれた電撃の方がはやかった。
電撃を受けてリクが呻き、前足を止める。それと同時に、タージャも短い悲鳴を漏らした。

「全体攻撃か?」

図鑑を取り出し確認する。そこに表示されたわざ名は“でんげきは”だった。
全体攻撃じゃない。なら、どうしてタージャまで。

シママに視線を戻す。
よく見ると、シママの全身から鬣に集まる電気の一部が、川の支流のようにタージャの蔓にも流れていた。

そんなこともできるのか。

「タージャ、捕まえたまま“グラスミキサー”」

タージャは尻尾を振り、草葉の旋風を起こした。草葉はシママに纏わり、ダメージを与えていく。
流石に耐えきれなかったのか、電撃が緩んだ。その隙にリクは穴に潜り、青い電撃から逃れた。

シママは電撃を収めた。そして、体中の電気が鬣の先に集められていく。
図鑑によると、“じゅうでん”というわざのようだ。

「リク、先手必勝だ! “じゅうでん”が終わる前に攻撃してやれ!」

シママの足元の地面からリクが飛び出す。だが、攻撃が決まるよりもよりも先に、いななき上げられたシママの前足がリクを踏みつけた。

「リク!」

リクは穴の中で目を回して倒れた。後ろで、ああっとガキどもが声を漏らす。
オレはモンスターボールをリクに向けた。

「ごめんな、リク」

赤い光につつまれて、リクはボールに戻っていく。
つまらないとでも言うように、シママは鼻を鳴らした。

このシママ、はやさも攻撃力も並みじゃねえ。

「タージャ、気張れよ」

「タジャ」

わかっているとばかりにタージャは短く答えた。その声はいつもより硬く、鋭い。

「タージャ、“グラスミキサー”!」

蔓でしっかりと右前足を拘束したまま、タージャは草葉の旋風をシママに放つ。
シママはその場から動くことなく、草葉の旋風に電撃を当てて進路を変えた。

そして、その先には、

「みんなー、おやつの時間よー!」

ちょうど教室のガラス戸を開けた先生が立っていた。
先生は自分に向かってくる草葉の旋風に気付き、悲鳴を上げる。
オレは慌てて先生のところへ走った。でも、それよりずっと、“グラスミキサー”の方がはやい。

くそっ、間に合わねえ。

その時、青い稲妻が走り、先生と草葉の旋風の間に入った。
白と黒の縞模様の身体に草葉の旋風がぶつかり、消える。
オレも、タージャも、園児たちも、信じられないものを見る目でシママを見やった。助けられた先生だけは、呆然としながらも「ありがとう」とお礼を言っていたけれど。

「シママ、お前、どうして」

シママはふんと鼻を鳴らした。
そして、再び好戦的な瞳でタージャを見据える。その目は爛々と輝いて、楽しそうだった。

もしかしたら、こいつは、怒っていたわけではないのかもしれない。
ただ、ポケモンバトルをしたかっただけで、遊びたかっただけで。

オレは口の端を上げ、シママの鋭く明るい碧の目を見つめた。

「よし、ガキども! 今から本当のポケモンバトルを見せてやる!」

ガキどもも先生も戸惑っているのが、背後から伝わる。
けど、タージャだけは、にっと口の端を上げて頷いた。

さすが、相棒。
わかってるじゃねえか。

「タージャ、“つるのムチ”!」

タージャの蔓が素早く伸び、シママの身体を捕えた。シママは逃れることなく、鬣の先に“じゅうでん”する。

「そのまま“たたきつける”!」

タージャは身体を捻じってシママの身体を持ち上げ、そのまま地面に振り下ろした。
地に叩きつけられる瞬間、シママは“じゅうでん”した電気を一気に放出した。
砂塵が舞い上がり、顔をかすめる。オレは目を守ろうと腕で顔を覆った。

砂塵の中からいななきと、蹄の音が聞こえる。ばちばちと火花が散るような音も混じっていることに気付き、オレは声を上げた。

「タージャ!」

「ジャ!」

うっすらと開けた視界の中で、タージャが蔓をばねにして跳躍する。
そこに青い稲妻を纏わせたシママが突っ込んだ。

あぶねえ。あとちょっと遅かったら直撃してた。

シママの後ろに着地したタージャは、シママを振り仰いでにっと口角を上げた。
シママも同じ顔で笑う。

オレは胸が昂ぶった。
楽しい。楽しくて仕方がない。

それが伝わったのか、ガキどもの顔も恐怖から興奮に変わりつつあった。

「にーちゃん! がんばれー!」

「おれはシママをおうえんする! にーちゃんなんかやっつけろー!」

「どっちもがんばれー!」

「お前ら! ちゃんとオレを応援しろよ!」

えー! と不満たらたらな文句が後ろから聞こえてくる。
こいつら、後で覚えとけよ。

「あの、遊具や塀を壊さないようにしてくださいね」

先生はそこの心配かよ!
いや当然だけどよ!

「はいはい、気を付けますよ! タージャ、“グラスミキサー”!」

タージャが草葉の旋風をぶつけた。
シママは避けなかった。身体に電気を纏わせて、草葉の中を突っ切っていく。
タージャは横に跳んでそれを避けた。そこに、シママが放った電撃が飛んできた。

今度は避けきれねえ!

「“グラスミキサー”!」

青い電撃に草葉の旋風をぶつけて相殺した。
青い電気を纏った葉が、はらはらと落ちていく。
その中をシママは駆け抜け、タージャに向かっていった。

シママの脚と電撃。タージャは蔓と草の力。
2匹の攻撃は何度もぶつかる。
しだいに2つは絡み合い、青と緑のコントラストを生み出していた。

幾度も攻防を重ね、2匹の息が上がる。
多分、どっちもこれが最後の一撃だ。

「タージャ、“リーフブレード”!」

「タージャ!」

「ヒィィン!」

タージャは尻尾の葉を剣にしてシママに向かう。
シママは身体中に青い稲妻を纏わせてタージャに向かう。
シママがタージャに突っ込んだ。その瞬間、タージャは草の剣を振るう。

そして、ぶつかり合った2匹は同時に倒れた。
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