奮い立てる
「イヤッホー! 兄弟で一番強い、オレ様と遊ぼうぜ!」
ポッドさんがボールを投げる。
ボールが地面に着くと同時に、ヨーテリーが姿を現した。
2匹とも炎タイプというわけじゃねえのか。
それは好都合だ。
「頼んだぞ、タージャ!」
タージャのボールを投げる。
光とともにボールから出てきたタージャは、唸り声を上げて相手のヨーテリーを威嚇した。
負けじとヨーテリーも吠え返す。リクと違って、勇敢そうな顔つきだ。
ここは、先手必勝だな。
「タージャ、“グラスミキサー”!」
タージャが尻尾を振ると、草葉の旋風がヨーテリーを襲った。
鋭利な草葉がヨーテリーを包み、じわじわとダメージを与えていく。
「そんな攻撃、“とっしん”でつっきちまえ!」
草葉の旋風の中から、ポッドさんの指示に応えるかのような咆哮が響いた。
葉が切り裂く音に混じって、地を駆ける足音が近付いてくる。
「タージャ、とっしんされる前に“つるのムチ”で決めろ!」
草葉の旋風を突き破り、ヨーテリーが姿を現した。
瞬間、タージャの蔓がヨーテリーを横なぎに払う。
吹っ飛ばされたヨーテリーは壁に叩きつけられ、目を回して地面に落ちた。
「ヨーテリー、戦闘不能!」
審判をするコーンさんの声が上がった。
「ヨーテリー、ゆっくり休んでくれ」と労わりの言葉をかけて、ポッドさんはヨーテリーにモンスタボールを向けた。赤い光に包まれ、ヨーテリーはボールに戻っていく。
まずは1匹。戦況は上々。
「あのツタージャ、なかなかいいわざを出しますね」
「うん、すごく強いみたい」
外野から聞こえてきたコーンさんとデントさんの会話に、タージャが得意気に胸を張る。
誉められて嬉しいのはわかるけど、油断するなよ。
「まだまだ! 残り1匹! ここから気合いだぜ!」
ポッドさんが新たなボールを投げる。鈍い音を立てて開いたボールから現れたのは、赤い体毛のポケモンだ。
ポッドさんみたいに、気合い充分といった様子で拳を高く上げる。
揺れるふさと尻尾の先は、炎みたいな形をしていた。
ポケモン図鑑で確認したところ、バオップというポケモンらしい。
こいつが、ポッドさんが得意とする炎タイプのポケモンか。
「タージャ、こっからは打ち合わせ通りいくぞ」
ジャ、とタージャは目配せして頷いた。
「タージャ、“ヘびにらみ”!」
「バオップ、“ほのおのパンチ”!」
タージャは鎌首をもたげ、緋色の目を鋭くする。
バオップの右手が炎に包まれる。
指示もわざをだすタイミングも同じ。だが、先にわざが決まったのはタージャだった。
バオップが苦しげな呻き声をもらして、地面に膝を着く。
「ちっ、“まひ”にさせられたか」
「それだけじゃないですよ。タージャ、“やどりぎのタネ”!」
タージャの襟のようなところから、小さな種が発射された。バオップのふさに落ち、瞬くに根付く。
いやいやと、バオップは痺れてうまく動かない身体を振り回した。右腕が大きく振られ、右手の炎が飛び散る。
宙を舞う火の粉は火の雨となって、タージャに降りかかった。
「後ろに跳べ!」
たっと地面を蹴って、タージャは火の粉を避けた。
よし、順調。
そう思った瞬間、地面に落ちた火の粉が爆竹のように爆ぜた。
「なっ!?」
驚きのあまり声が裏返る。それにタージャの短い悲鳴が被った。
弾けた炎がタージャの腕にかする。
タージャは忌々しげな目つきで、腕についた煤を払った。
「今のは、“はじけるほのお”か」
「ご名答! “まひ”にしたからって、そう簡単に避けきれるとは思うなよ!」
かすっただけで大したダメージにはなっていないが、油断したら足元すくわれそうだ。
仕込みは終わったけど、リクに交代する前に少しでも体力を削った方がよさそうだな。
「タージャ、“グラスミキサー”!」
タージャが尻尾を振り、草葉の旋風を起こす。
草葉は渦を描きながら、バオップに向かっていった。
「そんな攻撃がきくかよ! “はじけるほのお”で焼き尽くせ!」
バオップは右手に火球をつくり、ピッチャーのように投げた。火球は草葉の渦の中心にぶつかり、爆ぜてすべてを燃やす。さらに舞い落ちる灰を突き抜け、まっすぐタージャに向かっていった。
「タージャ!」
タージャは右に跳び、火の手から逃れた。
「そのまま“つるのムチ”!」
タージャは着地してすぐに身体を捻り、しなる蔓を振るう。それは甲高い音を立ててバオップを打った――ように見えた。
はっとしたタージャが蔓を戻そうとするが、すでに遅かった。タージャの蔓は、しっかりとバオップの手に捕まえられていた。
悪戯が成功した子供のように、ポッドさんとバオップがにやりと笑う。
「引き寄せて“ほのおのパンチ”!」
ぐっとバオップが蔓を引っ張った。踏ん張りきれなかったタージャは、足を引きずられながらバオップに引き寄せられていく。その先には、赤く燃える拳。
「タージャ!」
避けることもできないタージャに、炎の拳が打ちつけられた。タージャの顔に拳がめり込む。
かすれた声をもらして、タージャは地面に倒れた。
「ツタージャ、戦闘不能!」
その言葉を合図に、オレはモンスターボールをタージャに向け、開閉ボタンを押した。まっすぐに伸びた赤い光がタージャを包み、ボール内に連れて行く。
ボールに入ったタージャは、ぐったりと四肢を投げ出していた。
「ごめんな、ちょっと欲張った」
気にするな、とでも言うように、タージャは蔓を揺らした。
ふと、なにか思いついたかのように、蔓の動きが止まる。ついで、その蔓が開閉ボタンの辺りをぺちぺちと叩き始めた。
「外に出たいのか?」
緩慢な動作でタージャは蔓で丸をつくった。
正解のようだ。
さて、どうしたものか。
できるかぎりポケモンたちの好きにさせてやりたいが、ジム戦の最中だし、やっぱり勝手に出したらまずいよな。
「すいませーん! ちょっとタージャをボールから出していいですか!?」
大声で尋ねると、ジムリーダーは3人とも目を丸くした。
驚いた顔は似てるんだな。
困惑した顔でコーンさんとデントさんが顔を見合わせ、ポッドさんに意見を求めた。
3人であーでもないこーでもないと話し合う。
そのうちに、ポッドさんが焦れたように言った。
「出すだけなら許可してやるから、はやくバトルしようぜ!」
いいんですか、とコーンさんが呆れ混じりに訊ねるが、ポッドさんは前言撤回する気はないらしく、「いいんだよ」と言い捨てて、ぷいと顔を背けた。
頭に手をあてて、コーンさんがこれ見よがしにため息を吐く。まあまあとデントさんが苦笑してコーンさんを宥めた。
えーと、出していいってことだよな。
ボールの開閉ボタンを押し、タージャを腕の中に出す。
戦闘不能になったばかりで疲れ切っているらしく、ぐったりとオレの胸に身体を預けた。首筋にかかる息も荒い。
「タージャ、辛いなら、ボールに戻った方が」
「ジャ」
タージャは親の仇でも見るかのような目で、ボールを睨んだ。
そんなに嫌か。
なにか考えがあるのか?
タージャがわざわざボールに出たいってことは、
「リクの戦いを、見届けたいってことか?」
「タジャ」
タージャは小さく頷いた。
自然と口元が緩む。
意地っ張りで素直じゃねえとこもあるけど、根は仲間想いのやつだな。
「それじゃ、巻き込まれないように気を付けろよ。あと、これ」
タージャを足元に下ろし、バックから取り出したおいしい水を渡す。
タージャはそれに、抱きかかえるようにしてもたれかかった。
「待たせてすいません。今、終わりました」
「よっしゃ! さっそく再開しようぜ!」
眩しいを通り越して暑苦しい笑顔で、ポッドさんとバオップは腕を振り回す。
オレは自分を落ち着けるために大きく深呼吸をした。
とうとうリクの出番がきた。
腰のベルトからリクのボールを手に取り、中の様子を窺う。ボール内のリクは身を硬くして、口を引き結んでいた。眉間には何重もの皺ができている。
「リク、頑張れよ」
オレはリクのモンスターボールを高く放り投げた。