自由の島に囚われた
波止場に停泊したクルーザーから降りると、揺れないはずの地面の上なのに少しふらついてしまう。
タージャに笑われると思って振り返ったが、はじめての船旅にタージャも同じようにふらついていた。よし。

すぐに感覚をとり戻して、辺りを見回してみる。
ぱっと見はのどかそうな雰囲気だが、観光地らしく島の奥の方からがやがやと喧噪が聞こえてきた。

「意外と賑やかなところなんだな」

「……なにか様子がおかしいわ」

アマネが不審そうに眉を顰める。

「観光地と言っても、前来た時はもっと静かだった。それに、メイリンが警戒してる」

振り返ると、メイリンは一際濃い紫に縁どられた切れ長の目で島の奥を睨んでいた。タージャもよくないものを感じているらしく、緋色の目に険を滲ませて構えている。
ここまできたら、オレも嫌な予感に冷や汗が流れる。くそ、またトラブルか。

「どうする?」

「様子を見に行ってみましょう。ミスミ君、あたしのそばを離れないでね」

アマネは硬い声で言うと、迷いなく島の奥へ向かって歩き出した。
今のは、トレーナーとしてはまだまだ未熟なオレを心配しての言葉だろう。男女が逆だと思わないでもなかったが、どう見てもオレよりアマネの方が強そうだから、言われた通りアマネの後ろをついていく。

記念公園らしく整備された島内は視界を邪魔するものがあまりなく、少し歩いただけで灯台が聳える丘の麓に人だかりができているのが見えた。さらに近付いていくと、泣きわめく子供や憤るばあさん、困惑する若い女性、苛立ちを露わにするバックパッカーの声が聞こえてくる。

「うわーん、こわいよ!」

「わしの孫を泣かしおって! 年寄りだと思ってなめてたら……フガ、フガ……!」

「古い灯台しかないような記念公園で、なにをしようとしてるのかしら……?」

「島を占拠してなにをしようとしてるんだ……? まったくアヤシイ連中だ!」

オレはアマネと顔を見合わせ、眉を寄せた。
詳しいことはわからないが、島で悪さをするやつらがいるらしい。
正直、見なかったことにして帰りたい。
が、あいにく船はもう出航してしまっている。帰りの船がくるまでの間、もしくは助けがくるまでの間、どうにか危険を回避しなければ。

それにしても、どのこのどいつだよ。こんな波の音がのどかな島の平穏を脅かしやがるのは。

「プラズマ団の連中が……。なんてひどいことをするんだ」

またあいつらか!

人だかりの中から聞こえた犯罪集団の名前に、オレはうんざりした。
もっと近付くと、人垣の向こうで「ええい、うるさい! ここで大人しくしてれば、手荒なことはしない!」なんて本当かどうか疑わしいことをヒステリックに叫ぶてるてるぼうずみたいな妙な格好の女が見えた。

「ちっ、まだトレーナーがいたのね! あんたたちも変なことするんじゃないわよ!」

身を隠してはいなかったから、当然あっちにも見つかった。だが、アマネとメイリンは気にした様子もなく、人垣に混じっていく。その度胸に感心しながら、オレたちもアマネに続いた。

「プラズマ団のやつら、今度はいったいなにをするつもりなんだ?」

「さあね。最近よくニュースにでてくるけど、よくわからない集団よね。新興宗教みたいなものかと思ったら、博物館の化石を盗んだり、記念公園を占拠したり。この前も小さな子供のポケモンを奪おうとしていたし」

アマネはプラズマ団の女を険しい瞳で捉えた。
睨まれた女は一瞬縮み上がったが、すぐに視線を逸らして誤魔化すように「妙な考えを起こすんじゃないわよ!」と近くのバックパッカーに怒声を飛ばした。

「その時は、どうしたんだ?」

「もちろん、こらしめてやったわよ」

アマネは口元に不適な笑みを浮かべた。
アマネ、滅茶苦茶強いんだな。
オレの第六感がそう告げるくらい頼もしい笑みだった。

その時、一応は人々を守るようにプラズマ団の前に立ちはだかっていた警察官のおっさんが振り返った。
警察官は感激したように目を見開くと、つかつかとアマネに歩み寄ってくる。職務放棄か。

「アマネちゃんじゃないか!」

「お久しぶりです」

今にも手をとりそうな勢いで近付いてきた警察官に、アマネはこんな状況でも爽やかに挨拶をした。
知り合いだったのか。プラズマ団に聞かれると面倒そうだから――バックパッカーやばあさんと言い争ってるから大丈夫かもしれないが一応――ひそひそと尋ねたところ、アマネの父親の友人らしい。

「なにがあったんですか?」

「見ての通りだよ。いきなりプラズマ団が襲ってきたんだ。抵抗したが、本官のポケモンでは太刀打ちできなかった……!」

目的は不明、か。
どうせロクでもないことだろうけど。

「だが、アマネちゃんのように強いトレーナーがいてくれて心強い! 頼む! どうかプラズマ団の横暴をとめてくれ!」

「頼まれなくても、そのつもりです」

声を潜めながらも力強くアマネは頷いた。
警察官に頼られるなんて、かなり実力のあるトレーナーなんだな。こんな状況でも冷静でいられるくらい場慣れしているみたいだし。

アマネは周囲を見回すと、ある一点を見据えた。

「ミスミ君、あそこ」

アマネが指さしたのは丘の上に立つ大きな石造りの灯台だった。ガイドブックとかで見たことがある。200年前に大富豪が建造したという灯台だ。
そこにプラズマ団が群がっていた。

「どうやら、あの人たちの目的は灯台みたいね」

「大富豪の埋蔵金でも探してるのか?」

昔、そんな噂を聞いたことがある。島の灯台には、大富豪の宝物が隠されていると。
だとすると、なんのためにそんなことをしてるんだ。活動資金調達か?

「案外、そうかもしれないわね。あたしは灯台の方に行ってみるわ。メイリン」

アマネが相棒の名前を呼ぶと、メイリンは音もなく距離を詰め、驚く間すら与えずプラズマ団の女に当て身をくらわせて気絶させた。
あまりにも鮮やかな手際に、心の中でお見事と呟く。
プラズマ団に憤っていた人々もわっと湧き、よくやったと口々にアマネとメイリンを褒め称えた。タージャまで珍しく感心したように息を吐く。

「ハチ、アドルフ」

歓声ににっこりと笑うだけで応え、アマネはモンスターボールを2つ投げる。そこから現れたのは、赤い体毛に覆われたずっしりとした丸い身体と逞しい腕を持ち、眉毛のような炎を轟々と燃やすポケモンと……丸々とした頭にベールのような触手を持つ青色のポケモンだった。旅立ちの日に襲ってきたものとよく似た触手に、思わずオレとタージャは顔を顰める。
図鑑で確かめたところ、ハチと呼ばれた赤色のポケモンはヒヒダルマ、アドルフと呼ばれた青色のポケモンはブルンゲルというらしい。見た目からして、多分ブルンゲルはプルリルの進化系なんだろうな。

「ここはあなたたちに任せたわよ」

アマネが頼むと、ハチはやんちゃそうに腕を振り上げ、アドルフは紳士のように一礼してみせた。アマネはそれを認め、今度はこっちに向き直る。

「ミスミ君、大丈夫だとは思うけど、なにかあったらこの子たちに力を貸してくれないかしら?」

「ああ、そのくらいなら」

メイリン同様、ハチとアドルフもすごく強そうだし、ここを守るくらいはできるだろう。

「アマネの方こそ、気を付けろよ」

「ありがとう。無茶はしないようにするわ」

優しさを感じる声で約束すると、アマネはメイリンをつれて灯台へと向かった。その背中には、その辺の大人以上の頼もしさがあった。
男なら、ここはオレも一緒にいくと言うべき場面かもしれないが、ついていっても足手まといにしかならなさそうだし、大人しくここで待っておくか。頼まれないかぎりは、プラズマ団になんて関わりたくない。君子危うきに近寄らずってやつだ。

警察官は「あの子がいれば、もう大丈夫!」とすっかり元気になって、混乱していた人々を励ましていた。その間も倒れたプラズマ団の女の手と足に手錠をかけるのは忘れない辺りは流石と言うべきか。
ここも警察官に任せていれば大丈夫そうだし、オレの出る幕はないな。一応、他の団員がこないか警戒はしておくが、アマネのポケモンがいるから最悪の事態にはならないだろうし。
男としてそれでいいのか、とばかりにタージャに蔓で後頭部を叩かれたが、新米トレーナーなんて本来はこんなもんだ。

辺りの混乱も落ち着いたのを認めて、適当にその辺を見回してみる。
記念公園だけあって綺麗に整えられた緑が広がっていた。こんな事態じゃなければ、きっと人やポケモンの気持ちを癒してくれるような場所なんだろう。

その時、風も吹いていないのに一部の木の葉だけがゆさゆさと揺れた。
あそこになにかいるのか?
ただの野生のポケモンが隠れてるだけならいいけど、プラズマ団のポケモンだったらやっかいだな。一応、確認しておくべきか。
オレは警察官にその旨を伝えて、タージャとアマネのポケモンに声をかけた。

「タージャと……ハチ、ちょっとついてきてくれ」

アマネのポケモンのうち1匹はここに残すべきだと考え、ヒヒダルマのハチに声をかける。アドルフにしなかったのは、別にこいつがプルリルの進化系だからではない。断じてない。

ハチは人懐こいやつらしく、オレの言うこともちゃんと聞いてついてきてくれた。むしろ、オレの相棒であるはずのタージャの方が渋々といった様子だ。もう慣れたけど。

「おーい、そこにいるのは誰だ?」

「きゅわん……」

揺れた木の葉の真下に行き、声をかけてみると、茂った葉の中から弱々しい鳴き声が返ってきた。その鳴き声はヨーテリーのものではないけれど、リクが怯えている時のものとよく似ている。
タージャもハチもあまり警戒している様子はないし、プラズマ団のポケモンではなさそうだな。
だったら、放っておいてもいいか。下手に構うと、余計に怯えさせそうだし。

そう考えて戻ろうとした時だった。
木の幹に赤いものが垂れているのに気付いた。触れてみると、指先が赤く濡れる。
これ、血だ。それも、まだ新しい。もしかして、

「お前、怪我してるのか?」

かさり、と答えるように木の葉が揺れる。
プラズマ団の仕業か、他の野生のポケモンに襲われただけか。どちらにしろ、かなり警戒しているらしく、けして姿を見せようとはしない。
怪我してるなら手当てしてやりたいけど、このままじゃ無理だな。

「タージャ、あのポケモンのところに行って、治療させてくれるよう説得してきてくれないか?」

「ジャア?」

なんでそんなことしなきゃいけないんだ、とばかりに面倒そうな緋色の目が見上げてくる。

「怪我してるやつを放っておくのも寝覚めが悪いだろ。な、頼むよ」

目の前で手を合わせて頼むと、タージャはため息をついて滑るように木を登っていってくれた。すぐに木の葉の生い茂った場所に着き、タージャの姿も緑に紛れて見えなくなる。少ししてタージャの鋭い鳴き声と正体不明のポケモンの弱々しい鳴き声が聞こえてきた。

タージャに任せるのはミスだったろうか。
なんだかんだいいやつとはいえ、目つき悪いうえに愛想ないからな、あいつ。

若干の不安が過った時、タージャが蔓を枝に引っかけて、すーと枝から降りてきた。その背には尖った耳がV字のように見えるオレンジ色のポケモンが乗っている。はじめて見るポケモンだが、その感動よりも身体のあちこちに負った傷の痛々しさが胸を穿った。

「タージャ、ありがとな。ここに寝かせてくれ」

パーカーを脱いで芝生の上に敷く。タージャは蔓で抱き上げて、オレンジ色のポケモンをその上に寝かせた。
オレンジ色のポケモンは荒い呼吸をしながら、見定めるようにオレを見上げていた。下手なことをしたら、すぐに逃げるつもりなのだろう。身体が強張っていた。

「大丈夫。すぐに治してやるからな」

なるべく優しく言ってやって、オレはバッグからガーゼとキズ薬を取り出した。

「しみたらごめんな」

ガーゼにキズ薬を染み込ませ、傷口を拭っていく。オレンジ色のポケモンはびくりと手足を震わせたが、治療とわかってくれているのか、堪えるように唇を噛み締めてじっとしていた。

「よし。よく我慢してくれたな」

応急処置でしかないが、一通りの治療を終え、きのみ袋に入っていたオボンの実を差し出す。オレンジ色のポケモンは身体を起こし、不審そうにオレを見つめた。
これはだめか……。

その時、ハチがひょいとオボンの実をとって、半分に割った。片方を自分で食べてみせ、もう片方をオレンジ色のポケモンに差し出す。すると、オレンジ色のポケモンはようやく大丈夫と判断したらしくオボンの実を受け取って齧りついた。
よし、これで体力も回復するはずだ。

「ハチ、よくやった」

どういたしまして、とばかりにハチはにかっと笑った。どっしりとした体躯と厳つい眉のような炎からは想像できないくらい愛嬌のある笑顔だ。結構可愛く見えてきた。
オレンジ色のポケモンもハチは優しいやつだと理解したらしく、ぴょんと跳んでハチの頭の上に乗り、ぽんぽんと軽く叩いた。ありがとう、ということなんだろうか。

「お前のこと聞きたいから、あの人たちのところに行くけど、いいか?」

オレンジ色のポケモンは少し躊躇う様子を見せたが、おずおずと頷いてくれた。よし、信用はしてくれてるみたいだ。
ハチの頭にオレンジ色のポケモンを乗せたまま人だかりの中に戻る。

「どうだった?」

警察官がほっと表情を緩めて尋ねてきた。

「怪我をしたポケモンがいました。野生のポケモンみたいなんですけど、見たことありますか?」

「いや、はじめて見るポケモンだ。船にでも乗って、迷い込んできたんだろうか?」

他の人に訊いてみても、ほとんど同じ答えが返ってくるだけだった。やっぱり、野生のポケモンか。
他の野生のポケモンに襲われて逃げてきたのか、たまたま流れ着いた島でプラズマ団に襲われたのかはわからないが、今放してプラズマ団になにかされたら胸糞悪いし、事件が終わるまでは保護しておいた方がよさそうだな。

「悪いけど、しばらくは一緒にいてくれよ。ここにいれば、危険は少ないはずだから」

「いや、その必要はない。ビクティニは我々が保護してやろう」

背後から聞こえた声にはっと振り返ると、プラズマ団の制服を着た男が歩み寄ってきていた。
周囲の人々も気付き、戸惑いの声を上げる。怯える人々を嘲るように、プラズマ団はわざとらしく足音を響かせた。
アドルフが間に入り、“シャドーボール”を放つ。地面を抉った威嚇射撃に、プラズマ団は足を止めた。

「そう警戒するな。ビクティニさえ渡せば、悪いようにはしない」

「ビクティニって、こいつのことか?」

オレンジ色のポケモンは身を隠すようにハチにしがみついた。明らかにプラズマ団に怯えている。
やっぱり、こいつの怪我はプラズマ団の仕業か。

「なんだ、知らなかったのか。では、教えてやろう。そうすれば、お前たちも我々の崇高なる目的を理解できるだろう」

オレたちの困惑をよそに、プラズマ団の男は舞台上でスポットライトを浴びているような身振り手振りで語りはじめた。

「この島の灯台の地下に、とあるポケモンが眠っているという話は知っているか? そのポケモンを手にした者は、あらゆる勝負で勝利することができるという。……そう、つまり無敵の力を手に入れることができるのだ! それがその幻のポケモン、ビクティニだ!」

そうか。大富豪が隠した宝物ってのは、ビクティニのことだったのか。

「だが、ずっと閉じ込められていたのでは、ビクティニが可哀想だろう? だから、我々プラズマ団がビクティニをここから解放する! そして、我々の目的を実現させるため、その力を使わせてもらう!」

「言ってることが滅茶苦茶じゃねえか!」

「あくまで邪魔をするというのか。ならば……!」

プラズマ団はモンスターボールを取り出し、次々に投げた。そこから現れたのは、ゴミを集めてできたような身体のポケモン、赤いトサカが特徴的なヤンキーのような出で立ちのポケモン、大きなソフトクリームのようなポケモン、鉄骨を担いだ筋骨隆々のポケモン、卵の殻をはいた鳥ポケモン、泡みたいなコブが3つある青いポケモンだった。図鑑で確認したところ、順番にダストダス、ズルズキン、バニリッチ、ドテッコツ、バルチャイ、ガマガルというらしい。
6体フルかよ。しかも、見た感じ進化形もいそうだし。アマネのポケモンがいるとはいえ、結構やばいかもしれない。

「そっちがその気なら、こっちだってやってやる!」

オレが躊躇している間に、バックパッカーの青年が前にでて、モンスターボールを2つ投げた。地面にあたって開いたボールから、灰色の鳥ポケモン――ハトーボーと紫色のしなやかな身体を持ったポケモン――レパルダスが現れる。

「私も手伝うわ!」

狼狽えていた若い女性もバックパッカーの隣に並んでモンスターボールを投げた。同じように開いたボールからでてきたのは、白いふわふわな身体に黒い翼を持ったポケモン――コロモリと身軽そうな水色のポケモン――ヒヤップだ。

そうか。べつにオレ1人で戦うわけじゃないんだ。
数はこっちが上なら、なんとかなるかもしれない。

「タージャ!」

「ジャノ」

タージャがわかってるという顔をして前にでる。
オレは続いて、モンスターボールを3つ投げた。

「リク、シーマ、グリ、頼んだ!」

地面にあたって開いたボールから、ヨーテリーのリク、シママのシーマ、モグリューのグリが現れる。
ヒトモシのユラを戦闘にだすことはできなかった。まだポケモンバトルの楽しさを知らないあいつに、こんなバトルはさせたくない。

ハチもオレにビクティを預けて、子供や老人を守るように前にでた。
味方のポケモン10匹とプラズマ団のポケモン6匹が睨み合う。
縋るようにオレの服を掴んだビクティニをぎゅっと抱き締めた。

「こんな雑魚ども、さっさと薙ぎ倒してしまえ!」

プラズマ団の苛立った声を合図に、プラズマ団のポケモンが一斉に動き出す。こっちのポケモンたちもすぐに応戦した。
ハチとアドルフには好きに動いてもらい、それ以外のポケモンはトレーナーが指示をだす。
とはいえ、4匹同時に指示するのは難しい。だから、基本はポケモンたちの考えで戦ってもらい、オレはサポートに回った。

「シーマとグリはダストダスに攻撃しろ! タージャはガマガルに“グラスミキサー”! リクはタージャのサポートに回れ!」

「ハトーボー、ズルズキンに“エアスラッシュ”! レパルダスは“きりさく”!」

「コロモリ、ドテッコツに“ハートスタンプ”! ヒヤップは“みずでっぽう”!」

アマネのポケモン以外は力では圧されていた。それでも協力して、少しずつ相手の体力を削っていく。
数ではこっちが優勢だ。それに、ハチとアドルフが他の圧倒している。すぐにバニリッチとバルチャイを倒して、オレたちに加勢してくれた。
何度も攻防を繰り返すうちに、1体また1体とプラズマ団のポケモンが倒れていく。やがて、プラズマ団のポケモンはズルズキンとダストダスだけになった。そいつらも体力が底を尽きかけていて、ぜいぜいと息を乱している。

「くそっ、ここまで追い詰められるとは。これもビクティニの力だと言うのか!」

プラズマ団は腹立たしげにビクティニを睨んだ。
ビクティニががくがくと身体を震わせる。

「こうなったら、ダストダス、“だいばくはつ”」

冷徹な声での指示が終わるとともに、ダストダスの身体がかっと光った。咄嗟にビクティニを守るようにして地面に伏せる。鼓膜が破れるような爆音と衝撃に襲われる。熱風となにかの破片が背中にあたって痛い。

あの野郎、自棄になりやがった!

爆風と悲鳴が満ちる中、どすどすと地面を伝って響く音があった。嫌な予感がして、そっと顔を上げる。すぐ目の前に、ズルズキンのニヤリと口の端を上げた笑みがあった。こいつ、いつの間に――!
逃げねえと、と思うのに、身体が縫い止められたように動かない。ただ、ビクティニを抱き締める腕に力が籠る。足を持ち上げるズルズキンの動きがやけにゆっくり見えた。

その時、

「きゅきゅわわーんっ!」

ビクティニが額から耳にかけてV字に光を放った。目が焼かれて、目蓋をぎゅっと閉じる。
腕の中からビクティニが飛び出す。なんとか薄目を開けて得た視界で、ズルズキンに向かっていくVの炎を捉えた。灼熱の炎を放って、ビクティニがズルズキンに捨て身の体当たりを食らわせる。ズルズキンは受け止めきれず、後ろに弾け飛んだ。そこに、

「メイリン、“はどうだん”!」

凛とした声とともに、なにかが弾丸のごとくズルズキンを撃った。避けることも受け身をとることもできず、地面に転がったズルズキンは動かなくなる。
その向こうからアマネとメイリンが駆けてくるのが見えた。

「ミスミ君、無事!?」

「ぎりぎりなんとか。そっちは?」

「さっき東の港から本土の警察がやってきて、全員捕まえてくれたわ」

アマネの後ろで、手錠をかけられたプラズマ団が警察官たちに連行されているのが見えた。オレたちの相手をしていた団員も敗北を認めたらしく、悪態を吐きながらも戦闘不能になったポケモンをモンスターボールに戻した。本土の警察官に手錠をかけられている間も抵抗らしい抵抗はしない。ただ、歪に口の端を上げ、

「プラズマ団は不滅!」

と哄笑した。
勝った、と喜びに湧いていた人々も思わず息を呑んで黙ってしまうほど、不快で耳障りな笑い声が響く。他のプラズマ団の団員たちと一緒に警察官に連行され、姿が見えなくなっても、声が耳に残っている気がして気分が悪い。
頭を振ってこびりついた声を追い出し、オレは“だいばくはつ”に巻き込まれ倒れたポケモンたちをボールに戻した。アマネや他のトレーナーたちも同じようにボールに自分のポケモンを戻している。
気絶しているが、命に関わる怪我はしてなさそうだ。ポケモンセンターで看てもらえば、すぐ回復するだろう。それでも、危なかったことには変わりない。運が悪ければ、取り返しのつかないことになっていてもおかしくなかった。やっぱり、ヒーローごっこなんてするもんじゃねえな。
ため息をつき、次は地面に大の字になったビクティニに声をかけた。

「ビクティニ、大丈夫か?」

ビクティニは息を切らせながら、ピースした手をこっちに向けた。

「悪いな、助けるつもりが助けられた。ありがとう」

ビクティニはにっと笑うと、起き上がってオレの頭に飛び乗った。おかげでバランスを崩すが、なんとか持ち直す。

「その子がビクティニ?」

アマネが興味深そうな顔をして訊いてきた。

「ああ。知ってたのか」

「プラズマ団が戦ってる最中にご丁寧に教えてくれたの。ミスミ君が守ってくれてたのね」

「逆に守られちまったけどな」

自分の情けなさに苦い顔をすると、アマネは笑って首を振った。

「それはお互い様ってことでいいんじゃない? ミスミ君が必死にビクティニを守ろうとしたから、ビクティニもミスミ君を助けたんだろうし」

アマネに同意するように、ビクティニがぽんぽんと軽くオレの頭を叩いた。
オレにできたことなんて微々たるものでしかないけど、無駄ではなかったと思ってもいいんだろうか。

「それにしても、勝利をもたらすポケモンなんて呼ばれてるわりに、結構力まかせなんだな。プラズマ団はお前の不思議な力を欲しがってたみたいだけど、もしかして、本当はそんなものなんかなくて、単にお前が強いだけなのか?」

ビクティニはぽかんと口を開けた。その時間約3秒。そして、なにか思い出したようにぽんと手を打った。
「ああ、そんな力もあったね」と言っているような顔と仕草だ。某変人みたいにポケモンの声が聞こえないオレにだって、そのくらいは察せられる。

「お前、自分の力を忘れてたのか……」

「きゅう」

脱力するオレの頭上で、ビクティニは誤魔化すように可愛い鳴き声を上げた。
プラズマ団があんなに血眼になって追い求めていた力も、ビクティニにとっては忘れてしまえるようなものなのか。

「200年も閉じ込められて、力を使ってなかったんだもの。忘れても仕方ないわよね」

アマネも苦笑して、ビクティニの頭を撫でた。
アマネの言う通り、ずっと閉じ込められてたんだから仕方ないか。大富豪だって、そうすることでビクティニを守ろうとしていたわけだし。ずっとひとりだったビクティニのことを思うと、それが正しいとは言い難いが、想いは間違ってないだろう。

オレは頭の上からビクティニを下ろして、目線を合わせた。

「なあ、お前はこれからどうする? せっかく自由になったんだから、好きにしろよ。まあ、またプラズマ団みたいなやつらに狙われるかもしれないし、灯台の中が居心地いいんだったら戻ればいいけど」

ビクティニは少し考える素振りを見せた。少しして、にこっと子供のような笑みを浮かべる。と、オレの手から離れて灯台へと帰っていった。
その選択がオレには意外だった。てっきり、自由に外の世界で生きていくんだと思っていたのに。

「灯台に戻るのか……」

「プラズマ団は閉じ込められていたと言っていたけれど、ビクティニは最初から自分の意志であそこにいたのかもしれないわね」

アマネの言葉を反芻する。
「閉じ込められていた」というプラズマ団の言葉を疑ってなかったけど、それが自分の意志だとしたら、

「ビクティニは大富豪のことがすごく好きだったんだろうな」

「きっとそうでしょうね」

ビクティニが振り返ってオレたちに手を振る。振り返すと、はしゃいだ声を上げて“家”の中に帰っていった。


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