砂中の城
横殴りに吹きつけてくる砂が地味に痛い。これでも他地方の砂漠よりはましらしいが、幾度も砂に埋もれる足は重く、砂嵐に覆われた視界は悪く、本当に前に進んでいるのかわからなくなってくる。
それでも戻るのは負けた気がして、砂嵐の中でも元気なモグリューのグリに励まされながら足を動かす。

ここ、リゾートデザートはヒウンシティとライモンシティを繋ぐ4番道路から西に逸れた場所に位置する砂漠だ。砂漠の奥には古代の城と呼ばれる遺跡が眠っており、ちょっとした観光名所になっているという。もっとも、辿りつくまでが大変すぎて、知名度のわりに実際に訪れる人は少ないらしいが。
そう、かつて天然マイペースな幼馴染が「リゾートデザートって、おいしそうな名前だねえ」なんてアホなことを宣わっていたが、実際はまったく甘くない過酷な場所なのだ。

「ぐっ、りゅー!」

「いだっ!? グリ、脛を叩くな! ちゃんと歩くから!」

タージャに似たのか、痛い叱咤激励を送ってくれやがるグリを見失わないように前に進む。
これだけ困難な道なんだ。写真で見るよりしょぼい、なんてことにはなってくれるなよ、古代の城。

そうやって愚痴りながらも行軍し続けるうちに、砂嵐の向こうになにかが見えた。丸いものが5つ、点々と並んでいる。
確か、古代の城の入り口にはヒヒダルマの像が鎮座しているってガイドブックに書いてあったな。あれがそうか?

「よし、グリ。あれを目指すぞ」

「ぐっ!」

目的地――そうであってくれ――が見えて、少し気分が上向きになる。気持ちだけは駆け足でまっすぐ前を目指した。
少しずつ目標物の輪郭がはっきりしてくる。間違いない。写真で見たヒヒダルマの像と確かに同じものだ。
安堵で倒れ込みそうになるのを抑えて近づいてみると、番人のように鎮座するヒヒダルマの像たちの後ろに入り口が見えた。地下へと続く石の階段。かつて栄華を誇り、そして砂に埋もれた古代の城。

「やっとついたな!」

「ぐりゅ!」

グリと喜び合い、オレはわくわくしながら階段を下りた。
中まで砂に埋もれていて、足元は変わらず滅茶苦茶悪い。それでも砂嵐がない分ましだが。
それに、左右に積み上げられた石の壁がダンジョンみたいで、砂しか見えない外よりもずっと心が踊った。このまま遺跡の奥まで行ったら、古代の宝物が見つかりそうだ。

しばらく歩くと、ぱっと視界が開けた。部屋なのか広い通路なのかはわからないが、階段を降り切ったらしい。一面砂に埋もれて見えない床に足を下ろす。
一応観光地らしく、中には何人か人がいた。白衣を着た研究者らしき人間もいれば、オレみたいなただの旅のトレーナーらしき人間もいる。その中の1人、大きなリュックを担いだ山男のようなおっさんと偶然目が合った。
と、

「君、もしかしてミスミ君じゃないか?」

何故か親しげな笑みを浮かべて近付いてきた。
こんな山男みたいな知り合いなんていないはずだ。知らない人間に声をかけられるほど有名になった覚えもない。なんなんだ、このおっさん。
胡乱な視線を返すと、山男のおっさんは「ああ、これは失敬」と苦笑を浮かべた。

「私は君のお父さんの友人なんだ。彼から君のことをよく聞かされていたから、つい君とも親しいつもりで声をかけてしまった」

「なるほど、父さんの」

ジャーナリストとして世界中を飛び回っている父さんは、各所で友人をつくってるらしい。この人もそのうちの1人なんだろう。
そうとわかれば疑う理由もない。オレは安心して山男のおっさんを見上げた。

「改めて自己紹介をさせてくれ。私はトウレン。ホウエン地方からやってきたトレジャーハンターだ」

「トレジャーハンター?」

非常に冒険心をくすぐる単語だ。こういう遺跡には、やっぱりそういう人がくるんだな。
この人と一緒に探索したら、面白いものが見られそうだ。

「ああ。もっとも、私の専門は石だからストーンゲッターと名乗った方が正確かもしれないが」

「石?」

頭の中にその辺に転がってる石ころが浮かぶ。一気にイメージがしょぼくなったぞ。
それが顔にも表れていたらしく、トウレンさんがからからと笑い出した。

「一口に石と言っても、色々あるんだよ。わかりやすいところで言えば、宝石も価値のある石だろう?」

「ああ、確かに」

「他にも特定のポケモンを進化させる石、逆にポケモンの進化を止める石、ポケモンの力を引き出す石など、未知の力を秘めた石もある。そういう価値のある石を集めて収集家に売るのが私の仕事だ」

そう言われればオレにも価値がわかる。
すごい石もあるんだな。

「じゃあ、ここにも石を探しにきたんですか」

「ああ。ホウエンの石友が知人の考古学者から聞いた話だが、この城にはなにかを封印した石があるらしい。ただの伝説の可能性の方が高いが、イッシュに来たついでに確かめてみたくてね」

子供みたいに瞳を輝かせてトウレンさんは語る。
太古の遺跡の奥に秘められた封印の石か。なんかロマンがあるな。オレも少し探してみたくなった。

「その石って、どんなのかわかってるんですか?」

「いや、全然。なにを封印しているのかすらわかっていない。私は伝説のポケモンだと思っているが、それもどういう形の封印なのか……。モンスターボールのように石の中にポケモンが入っているのかもしれないし、長い眠りについたポケモンを目覚めさせる鍵のようなものなのかもしれない。実は石ではなく、ポケモンの卵だったとも考えられる」

「……そんなもの、本当にあったとして見つけられるんですか?」

「見つけられたら嬉しいね」

にっこりとトウレンさんは笑う。
それでいいのか。
拍子抜けしたが、いい笑顔すぎてツッコミもいれられなかった。

「ミスミ君はどんな石だと思う?」

正直想像つかないが、一応考えてみる。
伝説のポケモンが封印された石か。

「実は、入り口にあったヒヒダルマの像がそうとか」

「ははは、いい着眼点だけど、残念ながら違うんだよ。あれも正体は固まった状態で眠っている本物のヒヒダルマだから、ポケモンを封印した石と言えなくもないがね。……ああ、そうか。伝説のポケモンが石の状態で眠りについているのを封印されていると誤解したのかもしれない」

「あれって本物のヒヒダルマだったんですか!?」

そんなこと、ガイドブックには書いてなかったぞ!?

「最新の研究でわかったことだから、世間にはまだ知られてないがね」

「まじですか」

だったら、もっとよく見ておけばよかった。ここから出るときに拝んでおこう。

「ところで、先ほどから気になっていたのだが、あのモグリューは君のポケモンかい?」

トウレンさんが指さす方を見ると、砂の中を泳ぐようにして観光客の間を爆走するグリの姿があった。その走りっぷりはさながらカーレースのようであり、事故らないのが奇跡なほど危うげなコーナリングだ。当然、他の観光客には迷惑以外のなにものでもない。
あいつ、また目を離した隙に!

「グリ、ストップ!」

オレはグリを止めるために駆け出した。
その時、

「あっ、その辺りの床には穴が空いているから気を付けて!」

トウレンさんの注意が耳に届くとともに、足が深く砂にのまれた。流れる砂に足をとられ、抜け出ようともがけばもがくほど沈んでいく。

「ちくしょう! 抜けねえ!」

「ぐりゅー!」

腰まで沈んだところで、騒ぎを聞きつけてグリが助けに来てくれた。オレの手を掴んで、引っ張りあげようとしてくれる。
だが、どうあっても体格差には勝てず、一緒に流砂に巻き込まれて落ちていった。
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