Verweile doch | ナノ

Act.1 白い鴉 -17


焼けた匂いに目が覚めた。
花柄のカーテンが緩やかにゆれ、風を部屋へと誘い込む。掛布から出ている肩が少し冷えてしまい、一度首まで掛布を持っていった。私の熱がこもる布団の中は人の行動を阻み、否応なく執着心が芽生える。しかし、起きなければ。
浴衣から出た素足で床を付くと、冷気が漂っているのかひやりと生暖かかった足の熱を奪い去る。日の傾きから初秋ぐらいだろうかと憶測を立てていたが、何分朝は冷える。昼は暖かいからその寒暖差は激しい。

自室を出て廊下を歩いていると、丁度階段から二階に上がってきたフミさんと出会う。彼女も私に気づくと足を止め、深く頭をたれた。

「おはようございます、文乃様。
今朝は快眠のご様子で。」

「おはようございます…フミさん。
次はどの仕事ですか?」

彼女はこちらににこりと微笑みかけると、丁寧に続けた。

「もうじき朝餉の時間になりますので、文乃様を起こしに参りました。朝食を抜くのは許さん、と林太郎さんが…。」

「ああ…ありがとうございます。
それで、フミさんにひとつ頼み事をしたいのですが…。」

「?」



*



「そうです、そこでこう…」

「うっ…!」

「取れないようきつく締めれば終了です。」

鏡台に映る自分の姿を見る。林太郎の従兄妹だという方のクローゼットから小さめの袴を出してきて貰ったのだが、それでも私には少しだけ大きい。きっと自分で着直したらあまりにも不格好であったろうことが目に見えた。

和柄についてはあまり詳しくないのであっている自信はないが、桃色と紅色の菱形が交互に連なった柄の長着に、紺色の袴。フミさんに選んで頂いたものだが、落ち着いた色合いが私の好みを射ている。
それにしてもやはり気になるのが、着物においての下着。襦袢というものを着用しているのみで、当然西洋的な下着は一切使わなければ、逆に使うと胸の形が悪くなるようだ。適材適所というものがある。下も履いていないので少し違和感を感じるが、これについての問題はおいおい考えていくことにしよう。幸い女性のフミさんがいるのだ。

「まあ、よくお似合いですよ。
それにしても……袴が着られないとは長いこと海外にでもお暮らしになさっていたのですか?」

「ああ、まあそんなものです。ありがとうございました。結構腰周りが引き締まりますね。」

「はあ…私には"こるせっと"の方が息苦しいように感じてしまいますが。」

「確かにコルセットはこれより苦しいかもしれませんね。西洋の方もよくやるものです。」

「??」

そこまで漏らして、自分が先ほど「西洋帰り」という設定になっていることに気がついた。なにか質問される前に席を立ち、ドアへと向かった。

「食事の用意があるのでしたね。
行きましょうか。」



*



「おはようございます。」

朗らかな朝日の差し込むサンルームには、既にこの家の住民が二人揃って寛いでいた。春草は新聞に目を目を通していて、ちらりとも顔を向けない。
一方で林太郎は私の和装に大仰な喜び様を見せる。

「おはよう文乃。
袴に着替えたのだね。うむ、洋装のお前も可愛らしかったが、着物も良いではないか!100年後にも着物文化が残っていて嬉しい限りだ。」

「おはよう林太郎。
いや、確かに100年後に和服の文化は残っているが、日常生活で着物を着ているものは日本人口の内のごく少数だよ。着付けができなかったので、フミさんに手伝ってもらっていた。」

サンルームの椅子を引いてそこに腰掛ける。
朗らかな日差しはガラスを通り抜けてさんさんと降り注ぐ。一人暮らしになれた私は、洗濯日和だなと風情のない感想を抱きつつもその暖かさに背中を預けた。

「……ねえ、なにくつろいでるの。
朝餉の支度は出来てるんだから、さっさと移動してよ。」

開口一番に刺のある挨拶をかます春草は、新聞を閉じて煙たそうに私を見る。そういえば、彼らはきっともう随分と私の降りてくるのを待っていたはずだ。のんびりと日光浴をしていた自分への羞恥と申し訳なさから、謝罪とともに足早に食卓へと向かった。

「これはすまなかった。
次からは気をつけるよう努力するから、どうか多めに見てやって欲しい。」

「……、まあ…別に気にしてないけど。
はぁ…。ごめん、言いすぎた。」

毒気を抜かれたような顔をされれば、いよいよ春草がわからなくなってくる。人づきあい初心者にこの人はハードルが高い。

そんな私たちの一連の出来事を、微笑ましそうに見ていた林太郎がいたことを、私たちは知らない。


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