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気になっているのか? なんて聞く人間は誰もいない。
ぼんやりと午後の授業を受けて、いつも通りクラスメイトと挨拶をして、その後柔道場へ向かった。

視線が俺に集中しているのは多分気のせいではない。

「折角だから、入部検討するか?」

百目鬼に声をかけられるが、柔道部に入部するつもりは無かった。
多分、百目鬼もそれを知っている筈なのに、他の部員が聞いたらどう思うかに思い至ってない様にも思えない。

冗談だからだろうか。
けれど、そんな感じじゃない。

なにか、ひそひそとニヤニヤとやっている。
うちの学校には女子柔道部は無い筈なのに、女子まで混ざってる。

バカにするような雰囲気はないので、もう正直どうでもいい。
そもそも、百目鬼があまり気にした様子も無い上に「練習始めるぞ。」と声をかけた瞬間、道場の空気が一変する。

こういう空気は嫌いではない。
道場の隅で百目鬼を見ながらそう思う。

彼は多分、恐ろしいほど丁寧なのだ。
始まった練習を見てもそう思う。

準備体操に始まって、受け身の練習も丁寧にして、その後の打ち込みも投げ込みもとても真摯に丁寧に行っている。

細かい休憩をはさみながら行われる練習は、結果に見合ったものに思えた。

彼の強さはこういうところにあるのだろう。
知っている。

だからこそ、その姿を見て、美しいと思うのと同じくらい、彼を自分の力で屈服させたいとも思う。

結局はソコなのかと自分でも思わなくもない。
だけど、多分俺が見ていることも完全に忘れて練習に打ち込んでいる百目鬼を見てどうでもよくなった。

二時間程経ってから、百目鬼たちの練習は終わった。
百目鬼の顔にも、首筋にも汗が滲んでいる。

試合でも無い練習を見て、退屈しているんじゃないかと心配しているのであろうことが何となく分かる。

「今日はありがとうな。」

だから、という訳ではない。
別に百目鬼を慮った訳ではない。

実際彼らの練習を見ているのは楽しかった。
今自分が道場に入れていない事を横に置いておいても、とても参考にもなった。

「百目鬼の家がどこか知らないけど、どうせ途中まで一緒だろ?」

一緒に帰ろうかと誘う。
ランニングコースが近いのだ。全く家が正反対ということは無いだろう。

百目鬼は変な顔をして、唇を二、三度動かしたけれど何も言わなかった。
あの、何故それを選んだという卑猥な言葉が出てこなきゃそれでいい。

外はもう少し薄暗くなっていた。

百目鬼と二人並んで、帰る。
ランニングの時と違って、ゆっくりゆっくりと歩くのは何故か妙に気恥しい。

百目鬼もそうなのかもしれない。
お互いにあまり言葉も出てこない。

静かに歩きながら、横を歩く男をちらりと盗み見る。
けれど、百目鬼と目があってしまう。

目が合った瞬間目じりを下げる百目鬼に、視線を逸らす。

「俺の家はこっちだから。」

百目鬼に言わる。百目鬼が俺の家の場所を知ってるらしいという事にはあまり驚かない。
まあ、そうだろうなと思う。

「また、明日な。」

別に普通の挨拶だった。それなのに百目鬼は驚いた顔をする。

何か優しい言葉を言ってやるつもりが無かったのでそのまま、家の方に向って歩き出した。

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