理性的に恋をする

野々宮視点

野々宮視点

最初にきちんとこいつを認識した瞬間思ったことは、ああ、なんて馬鹿なやつだろうだった。


幼いころから子役として芸能界で働いていた俺は、羨望であるとか思慕であるとかそういった視線を浴び慣れていた。
だから、高校の委員会で初めて顔を合わせた時すぐに、こちらを見る視線の意味に気が付いていた。

男からというのはそれなりに珍しいが、その手のことはよくある。
だから適当に上手く使ってお終いのつもりだった。

事務所がお馬鹿タレントはいらないという方針のため宿題等の提出は厳守するようにと言われ、マネージャーからもきつく言われ、仕方がなく思いついたあいつに連絡をした。
科は違うが、結局は進学コースの縮小版の様な課題が出ていることは知っていた。

のこのこと待ち合わせ場所に現われたあいつは、私服でも地味でどこにでもいそうで、埋没してしまって判別のつかないようなそんな感じだった。
その辺はどうでもいいので、家に案内する。

荒れ果てた部屋を見て驚いていた風に見えた。

親とは離れて暮らしている。
子役として芸能界に俺を入れた母は、自己顕示欲と承認欲求を俺にすり替えて少しずつおかしくなっていった。
後はこの業界ではよくあるパターンで、家庭崩壊からの買い物依存症だ。

今母は祖父母と暮らしているらしい。

だから一人暮らしだ。
家に帰ってきたという気もしないし、忙しくて片付けをする時間も無い。
家政婦も考えたが、盗撮でもされたらたまらない。

結局何もせず、ただただ荒れ放題の部屋で暮らしている。

「あのさ、部屋掃除してもいいかな?」

好感度を上げたいのか何なのかは知らないが、そう言ってきたので適当に返事をして宿題を写す。
うつし終わった頃にはもう夕方で、だからといって飯でも食べに行くかと言いたい相手では無かった。

「なあ、園宮は飯作れねえの?」

ポイントを稼ぎたいのなら、媚びてくるだろうと思った。
結果は料理は碌に出来ないらしく、面倒で無茶苦茶なことを返したのに、あいつが言ったのは次に会う時までに練習しておくだった。

傷付いた顔すらしないこいつに、なんて馬鹿なのだろうと思った。

本当の馬鹿は他でもない俺自身なのに。



園宮と過ごすのは酷く楽だった。

園宮は多くを聞かないし、俺がしゃべらなくても、恰好をつけて無くても普通に過ごしている様に見えた。
本当に次にあった時にはそれなりの料理を作って提供してくれたし、この家に来る時には掃除洗濯一式を必ずして帰っていく。

何かをして欲しいとも言わないし、俺らしさを求められたことも無い。

かといって俺に興味が無い訳でも無いらしく、時々熱心に俺の顔を見つめていた。

俺はというと段々園宮を手放せなくなって、適当な理由をつけて部屋の合鍵を渡して入り浸らせていた。

マネージャーはある程度察しが付いているらしく園宮と連絡先の交換もしたらしい。

顔が好みのタイプという訳でも、話が合う訳でも、共通の趣味がある訳でも無い。
ただ、黙ってそばにいて息苦しくならない人間が園宮だった。

言葉にしてしまうとこの関係が壊れてしまう気がして、何か伝えたことは無い。
園宮から何か言われたことも無い。

友人と呼べるのかも怪しい状態が世界一心地よかったのだ。

高校を卒業して大学へ進学しても、その関係は続いていた。

週刊誌が俺の熱愛報道をしたのはそんな時だった。
単なるねつ造。お互いの事務所が当日その現場には他の人間も沢山いました。そう発表するだけの記事だった。

けれど、相手方の事務所が沈黙をしていて日々報道が過熱していた。
兎に角自宅から出るな。事務所からそう言われて家に一人でいる。

煙草を取り出してふかすが、イライラは収まらない。
未成年が何やってるんだと思わない訳ではないが、止められない。
母親が苛立つとよく吸っていたが、その影響だとは思いたく無かった。

園宮がようやく家に来た。
ただ、いつも通り飯をつくるか風呂に入るか聞いてきた。
そんなことはどうでもよかった。

ただただ、弁解して、園宮は怒ることも悲しむことも喜ぶことも無く、ただ「そうなんだ。」とだけ答えた。



それで、俺達の関係に何か変化があったかというと何も無い。
相変わらず俺は何も伝えていないし、園宮から何かを言われたことも無い。

変わったことといえば布団を一組買った。
今までうちに泊まることは無かった園宮の分の布団だ。

事務所に見ておくようにと勧められた映画のDVDを見てた後、台本を確認しながら園宮の入れてくれたはちみつ入りの紅茶を飲む。

「寝れなくなるよ。」

と園宮は笑うが、寝る前にこれを飲むのが好きだった。


布団を準備しても帰ろうとする園宮に帰るな、と伝えてから時々園宮はうちに泊まる。
多分一般的な友人より会話も無く、俺のベッドの横に布団を敷いてただ寝るだけだ。

最初の日は一睡もできなかった。
ただ、静かに息をして、横で眠る園宮の息づかいに耳をそばだてていた。

それ以外何も変わりはなかった。

演技が繊細になったと評価されて驚いた。
何かが変わったのか単に技術が向上しただけなのかは分からない。

別に園宮は俺の仕事の話は一切聞かないし、俺も一々報告はしない。
園宮が家に来ているときに台本を確認することもあったが、中身を見せたことも見せて欲しいと言われたことも無い。

それが、園宮の気づかいだったのだろう。

夜、不意に目が覚める。
寝起きはかなりいい方だと自覚があった。

だから目を開けてすぐに園宮がすぐ近くにいることに気が付いた。
俺の眼が覚めたことに驚いた様子の園宮の顔は俺の顔のすぐ上にあった。

最初から気が付いていた。
園宮が俺のことをどんな目で見ていたのか。

なのに、忘れた訳ではないが、そこまで園宮もどうこうしたくはないから何も言わないのだろうと思っていた。
俺がこの心地よい関係を壊したくないから、その件は無かったことにしていただけなのは怯えた園宮の顔を見れば分かる。

恐らくきっと、園宮は俺が寝た後、俺の顔をこうやって見ていたのだろう。
キス位はされていたかもしれないが、どうでもよかった。

惜しい気はしなくもないと思っている時点で答えは出ているようなものだ。

けれど、今頭の中を占めているのは目を開けた瞬間飛び込んできた園宮の泣きそうな、切なげな表情のことだった。

その表情のまま固まっている園宮の手は小刻みに震えていた。
こみ上げてくるものを我慢できずに飛び起きる。

そのまま園宮を抱きしめて背中を撫でる。

「大丈夫だから。」

だからそんな表情はしないで欲しかった。
その顔だけで、園宮が今までどれだけ我慢して俺と過ごしていたのか分かってしまって、もどかしい気持ちになる。

それでも、今はただ、こうやって抱きしめていたい気持ちだった。



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