理性的に恋をする

続編

ぼくが馬鹿みたいに野々宮君の寝顔を見ていたことががばれてしまっても、ぼくと彼の関係はあまり変わらなかった様に思う。

ただ、野々宮君の帰りは早くなった気がする。

多分、ぼくの気持ちはきっとずっと前からばれていたのかもしれない。
だから、何も変わらないのかもしれない。


仕事の無い日は大体家で過ごす様になった野々宮君に夕食を出す。
相変わらず会話はない。それで良かった。

ただ今は、いつこの前の事を糾弾されるのだろうという不安が付きまとってるだけだ。

「ごちそうさま。」

静かに野々宮君が言った。
お皿を片付けると流しの横に野々宮君が立つ。

「手伝う。」
「へ!?」

基本的に食事を作るのも後片付けをするのもぼくの分担だった。

「でも、手荒れちゃうと困るよ?」

食器洗い用のゴム手袋は無いし、俳優の手がもし荒れてしまったら大問題だ。
なのに、野々宮君は変な表情でぼくを見ている。

「じゃあ、いい。」

ポツリと野々宮君が言ってリビングに置いてあるソファーに腰掛けた。

どうしていいのか分からないぼくは食器を洗うとキンキンに冷えたサイダーを二つグラスに注ぐ。
それを持って野々宮君のところまで行って、グラスをそっと差し出す。

無言で受け取った野々宮君はややあってから、座ればと言って自分の横をぽんぽんと叩いた。

いいのかな?近すぎるって怒られないかな?

そっと横に座るとサイダーを飲む。
今日に限ってテレビも付いて無いし室内はとても静かだ。

サイダーの入っていたグラスをローテーブルに置くと、野々宮君はこちらを見て、それから自分の太ももをトントンとして「こっち座るか?」と聞いてきた。


ぼくは野々宮君が何を言っているのか分からなくて、しばらく呆然と見ていて、少ししてからもしかして役作りとかなのかな?と思った。

「あの、ぼく、野々宮君の役作りのためにはどうしたらいいの?」

そう訊ねると、野々宮君は大きくため息をついた。

「違う。役作りとかじゃなくて。」

なら、どういうことだろう。

ぼくがオロオロとしているとぼくの腰をがっちりつかんで持ち上げると、野々宮君は自分の太ももの上にぼくを座らせた。

「どうすれば、そういう顔させないですむんだろうな。」
「そういう顔?」
「困った顔とか、つらそうな顔。」

後ろから抱きしめられる形で腕を回されぎゅうぎゅうと抱き着かれる。

「家事手伝ったらとか色々考えたんだけど、俺園宮の喜ぶこと何も知らないんだなって思って。」

野々宮君が何を言っているのか分からなかった。

「ぼく……。」
「今日の食事中もなんか微妙だっただろう?」

野々宮君が何を言わんとしているのかが分かった。

「だって、それは……。」

言ってしまっていいのか分からなかった。言ってしまってまたこの場所にぼくが来ていいのかが分からない。

「園宮、教えろ。」

耳元で言われて、ゴクリと唾を飲みこむ。

「この前……。」
「この前?」
「ぼくが夜勝手に野々宮くんの事見てて、それで、やっぱり気持ち悪いって言われるんじゃないかなって……。」

みぞおちのあたりが気持ち悪い。
気を抜いたら泣いてしまいそうで、ぐっとこらえた。

野々宮君の手がぼくの脇腹を撫でる。

「頼む……。30秒だけ待って。」

野々宮君はそれからどの位経っただろう。30秒か1分かは分からないけど、しばらくしてから腕に力がこもるのが分かる。

「……園宮、好きだ。」

そう言ってすぐに野々宮君はぼくの肩に顔をおとす。
首元が熱い。

一瞬何を言われたか分からなくて、でもすぐに野々宮君の言葉の意味が分かって、それで今までこらえていた涙がにじんだ。
でもそれはさっきまでぼくが思っていた涙よりずっとあたたかな物だった。

「嬉しい。ぼくもずっとね――。」

涙声になってしまったけどきっと野々宮君にはちゃんと伝わっただろう。

END

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