絡まる糸

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2016年8月位〜の拍手お礼文
繋がる指先のと同一世界
非ハッピーエンド
あまり楽しい話じゃないです。
(一応小西と亘理は登場はしていますが読まなくても繋がる指先的に問題ないはず)


ぼくは幽霊に恋をしている。

その幽霊がどのような経歴の誰なのかはぼくは知らない。
ただ、彼は気が付いたらぼくのそばにいて、いつも優しくぼくを慰めてくれていた。

ぼくには友達と呼べるような人間もいないし、普段の話相手はほとんどこの幽霊だ。
だから、怖いとかはあまり思わない。ドキドキすることはたまにあるけど。

幽霊は自分の名前をいうことはないし、自分の境遇を話すこともない。
死んでいることは理解しているみたいだけれど、そのことを話すこともほとんどなかった。

それが逆に心地よかった。
幽霊の生前が希望に満ちたものでも、そうでなくても、きっとぼくは幽霊に対して嫌な感情を抱いてしまうからそれでいいんだ。

ケフッ、ケフッ。
最近渇いた咳が出るようになった。
喉の奥にやや違和感がある。

教育実習までに治るといいなあと思った。
別に教師にどうしてもなりたいとかそういうのではないが、実習中に咳が出てしまうのは面倒だなと思った。


教育実習先は自分の母校ではなく、山奥にある全寮制の男子校だった。
何かの手違いなのか、それとも大学が適当なことをしたのかも知らない。
けれど、自分の母校に思い入れのある教師がいる訳でもないし、どちらでも構わなかった。

それに、幽霊はどこにだってついてきてくれるのだ。
僕の後ろでいつも見守っていてくれるのだ。

それなら、どこでも一緒だと思った。

「愛しているよ。」

ぼくがそう囁いても幽霊は返事をしない。



教育実習はいつも通りだった。
だれもぼくに期待をしないし、誰かと心を通わせることもない。

教室に入った瞬間、落胆の表情を浮かべられることも想定の範囲内だ。
困ったように笑うぼくの担当教諭に、入れるべきフォローもよくわからず、最低限の指導だけされる日々だった。

最終日、一人の学生がものすごい顔色をしてぼくのもとにやってきた。
もう、職員室の片隅に用意された自分の机はすべて片付け終わって後は帰るだけの廊下でだった。
放課後でもう人はいない。
顔色の悪い生徒の横には生徒会の役員だと紹介された学生が立っている。

二人とも特に教育実習中何かを話した記憶がない。
思わず、幽霊の方に視線をすがるように移すと、彼はにっこりと笑ってぼくを励ましてくれた。

ひっ、という喉から出る悲鳴を聞いた。

「……先生は道ならぬ恋をされていますか?」

呻くような声だった。
なぜ突然そんなことを聞かれるのかがわからなかった。
生徒の顔色は先ほどよりさらに悪い。

「先生は彼岸に引かれています。」

もはや真白を取り越して青い顔をして言う生徒は吐き気をこらえているようだった。
うつむいて小刻みに震える手を止めようとしているのかごしごしとこする姿は異様だった。

「……俊介、もういいと思うよ。」

横にいた生徒会役員の生徒が口を開いた。
それから、顔色の悪い生徒をぎゅっと抱きしめた。

教育実習の最初に、ゲイが多いと聞かされてはいたがきっとこの生徒達もそうなのであろう。
別にどうでもいいことだったので今まで気にしていなかったし、今も大した感慨はない。
まるで何も見せない様にする抱きしめ方で今度は俺に話かける。

「信じても信じなくてもいいですけど、俺たちには人の縁が見えるんですよ。
先生の縁、首元でぐるぐる巻きになってからまってますよ。
このままだと首しまりそうですね。
こいついわく、生きてない人間に恋でもしてるんだろうってことらしいですけど。」

淀みなくいうが、眉根が寄っている。
でも、そんなことはどうでもよかった。

「それは、彼がやっているってことかな?」

ぼくにとってはそれが一番重要だった。

「その彼、ってのが誰だかは知りませんけどおそらくは。」

吐き捨てるように言われ、それが確信に変わる。
ぼくの表情を見て驚愕し、それから舌打ちをして生徒会役員の生徒は「あんた馬鹿だろう。」と呟いた。

何故そんなことをいうのだろう。
だって彼がやったんだろう。
こんなに嬉しいことはない。

彼は僕に少なくとも執着はしてくれているってことなのだ。
教育実習なんてと思っていたけれど、ここにきて最高のプレゼントをもらった気分だ。


首筋を撫でるが何の違和感もない。
けれど、あの子たちが言う通りであればここに彼とぼくとの愛の証があるのだろう。

横にいる彼を見ると、彼も嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
きっと先ほどの話は本当なのだろう。

もう一度首筋を触って

「ありがとう。」

と囁くと初めて彼がぼくを抱きしめてくれた。



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