もはや嫁

1(END)

2015年5月拍手お礼文

ようやく仕事が終わった。
そう連絡をもらい、彼の家へと急いだ。

玄関のチャイムを押すと彼が出てきた。

そうして、招かれた部屋を見てげんなりとする。
畳の8畳間に本と、何か走り書きされた紙がぐちゃぐちゃに散乱している。
足の踏み場もあったもんじゃない。

それを足で引きずるようにして端の方に寄せて何とか2人分の座るスペースを作った様子をみて溜息をつく。

「大雅さん、仮にも文章を扱う貴方がそれやっちゃダメでしょう。」

呆れて言うと、そろりと自分の足元を見やってからバツの悪そうな笑みを浮かべた。

「とりあえず、座れよ。晩飯どうする?寿司でもとるか。」
「どうせ大雅さんもう何日も碌な食事とってないんでしょ?いきなりそんなもの食べるとおなか壊すよ。」

そんな事だろうと思って、食材を買い込んできた。
とりあえず、軽く仕込んでからこの部屋を何とかしよう。

「今日、カラス鰈の煮つけと大根の味噌汁、それからだし巻き卵の予定だけどそれでいいですか?」
「勿論!」

コクコクを通り越し
てがくがくとうなずく大雅さんをみてちょっぴりおかしくなってしまった。

「じゃあ、布団で少し休んで、それから髭きれいにしましょうね。」

無精ひげを通り越してもじゃもじゃになりかかっている。
彼が休んでいる間に家の事を済ませてしまおうと思った。
手早くお米をといで炊飯器をセットした。


彼と最初に出会った時にはまだ、普通の大学生だった筈のおれも今ではまるで主婦の様に家事全般が得意になってしまった。
まあ、それもこれも生活能力が皆無な彼のおかげなのだが……。

おかげというのはおかしいのかもしれない。

だけど、あまりにあんまりな上にそもそも出会いというのが道で行き倒れていた大雅さんを俺が発見したというものだったのだ。
真っ青な顔で倒れていた大雅さんを見つけて慌てて救急車を呼んで行きがかり上、病院に付き添ったのだが、何のことは無い腹の空きすぎで倒れていたというオチだった。

何故か、家族と勘違いされて、医者に怒られて点滴を受けた大雅さんをタクシーで家に送り届けて、立派な家にびっくりして、それからゴミ溜めの様な部屋にドン引きして仕方が無いので少し部屋を片付けて、それから買い物に行ってもやしと卵だけが入っているインスタントラーメンを作ると涙を流しながら食べていた。

まるで、ホームレスの様な恰好をしていた大雅さんはお風呂にはいって髭をそると大層なイケメンで驚いた。

ありがとう、ありがとうとお礼を言われ帰ったのだが、彼の家に忘れ物をしていることに気が付き再度向かうと、ゴミ屋敷が悪化しておりその真ん中でまた彼は倒れていた。
そこからは前回と同じで適当なご飯を作って、それから少し話をして、また来る約束をして。
そんなつもりはなかったのだが、もしかして行き倒れたまま死んでしまうんじゃという心配が頭の隅っこから抜けず定期的に彼の家を訪れて家事をするようになった。


で、いつの間にか大雅さんの事を好きになっていた。
馬鹿だよなと思う。

それで少しでも好かれたくって、料理習って足しげく掃除しに通って。

大雅さんが小説家だと知ったのは多分好きになってから。
有名な賞も受賞していると聞いてその日の帰りこっそり大雅さんの本を買って帰った。

ゴミ屋敷で書かれたとは思えない、美しい作品に驚いた。

大雅さんは俺を拒まないけれど、きっと気楽な家政婦(夫?)もどきだと思っているのだろう。
以前、食費だといってかなりの額を渡そうとされたのできっとそうだ。
雇用関係になってしまうのだけは嫌だったので材料費だけもらって後は返した。

その時少しだけ変な顔をしていたけど、やっぱり家政婦だと思っているということなのかな。


掃除をしながら昔の事を思い出す。
紙は、大切な資料の可能性があるからまとめておく。
本を棚に戻して、箒をかけた。

台所に向かい、お浸し用にホウレンソウを茹でて、鰈を煮た。
今のところ、この家に来ているのは俺と担当編集さんだけだ。

彼の恋人らしき人が来ることは無い。
だから、まだ、もう少し大丈夫。

自分に言い聞かせる。

きっといつか家事がそこそこできるだけのさえない男なんかいらなくなるんだろうと思う。
その時が来ないといいなあ。

掃除と料理ができたので大雅さんを起こしに行った。
軽くゆするとすぐ目を覚まして、ぼーっとしたまま風呂へと向かった。

大雅さんは長風呂をしないタイプなので食事のセッティングをした。
すぐに髭もそってさっぱりとした大雅さんが来た。

着流しを着た姿はスラリとしていて思わず見惚れた。
大雅さん曰く、何かの賞を受賞した時に着物を着て以来気に入って、日常も着物で過ごしているらしい。

まあ、執筆に入ってしまうと寝食を忘れてしまうので自分がどんな格好をしているか等、二の次になってしまうみたいだけど。

二人そろったところで食事にする。
最初は大雅さんの分だけ作っていたのだけど、一緒に食べてってくださいと強く言われて今は二人で食べている。

幸せだなと思う。

大切な人に、食事を作れて。
それで大切な人とそれを共に食べられて。

大雅さんは、とても綺麗に食事をする。
そんなところも好きだなと思った。

ふにゃりと笑った大雅さんに、俺も笑い返した。

「ずっと睦月の作ったごはん食べたいなあ。」

ポツリとつぶやいた言葉に思わず、持っていた箸をポロリと落とした。

「な、なんです?鰈そんなにおいしかった?」

思わず上ずってしまった声が恥ずかしい。

「ん?鰈は勿論美味しかったよ。
でも、そういうことじゃないよ。」

じゃあ、どういうこと?

「一緒に暮らさない?」
「それは住み込みの家政婦的な提案ですか?」
「全然違うよ。」

大雅さんは、いつもの抜けた笑みと違う表情を浮かべていた。

「あー。同棲的な意味で一緒に暮らさないかって聞いてるの。」

照れたように言われ思わず目を見開く。

「大雅さん、俺の事すきなんですか?」
「うん、愛してるよ。」

俺の問いに甘ったるい笑顔で応えられて、堪らず俯く。

「俺でいいんですか?」
「睦月がいいんだよ。」

ニコニコと笑った大雅さんに思わず

「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします。」

というと、それは結婚の挨拶だよと言った後、嬉しそうに俺を抱きしめた。



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