明けの明星、宵の明星
鳥かご
中学生の頃、俺は将来司書になって一人でずっと暮らしていけたらいい。そう思っていた。
都築さんは俺に興味がなさそうだったし、この場所に居るのは大人になるまで。許嫁はその時までのもの。
そう思っていた。
俺の番は、なのか、番のアルファとしての気質なのかはよく分からないけれどその人生設計とは違う形になってしまうという事だけはよく分かっていた。
「あの。大学を出た後の事なんですが……。」
大学三年の春のある日そう切り出すと、都竹さんは不思議そうな顔でこちらを見る。
当たり前だ。多分彼の中では大学の卒業後は院にもすすまないし、就職もしない前提なのだ。
今だって、大学に通わせていたくないという本音に近い言葉を聞く時がある。
都竹さんは、しばらく俺をじっと見た後、大きくため息をつく。
「知り合いに私設図書館をやってるやつがいる。
週二回……。それであれば紹介する。」
多分、都竹さんは相当譲歩しているつもりなのだろう。
コネ入社に近い状況で、俺のプライドがどうなるか、そんな事を考えられない位には。
だけど、オメガの中でも不安定な要素の多い自分が普通の就職ができるのか。
番の元から一時も離れたくないという本能が今は分かる。
「まずは、その人と話をさせてもらってもいいですか?」
だから、まずはその人と話をしてみたいと思った。
◆
大学を卒業した後、俺は結局都竹さんの紹介してくれた私立図書館で働いている。
私立図書館は思ったよりも利用者さんがいた。
「お疲れ様でした。」
ニコニコと俺を送り出してくれるのがこの私立図書館の持ち主だ。
息子さんが都竹さんと知り合いらしい。
週2回、図書館の掃除をして蔵書の整理をする。
年をとってきて大変になってたから助かるわと言ってもらっているけれど、こちらがむしろ無理を言っているんじゃないかと思う瞬間もある。
ただ、出勤をしてこうやって家路に帰る時。あの人の元へ帰れるという喜びがあることも知っている。
大学の頃からそうだったけれど、出かけている最中は自分が普通の人間だと思っていられるのに、駄目だ。
フェロモンこそ出していないものの、頭の中は都竹さんの事でいっぱいだ。
二人暮らしの家に帰って、都竹さんの帰りを待つ。
今日は彼も遅くならない筈だと言っていた。
無意識に向かう先は彼の寝室で、彼が脱いだカーディガンに思わず触れてしまう。
手に持つとあの人の匂いがする。
それを無意識に手に持って、同じように彼の匂いがするベッドにフラフラと歩いていく。
ぼんやりとしていると、うとうととしてしまった。
「おい……。」
それがあの人の声だという事にすぐ気が付く。
髪を撫でられる心地よさに嬉しくて思わず頭を手に擦り付けてしまう。
「あ、あの……、すみません。」
のろのろと起き上がると、カーディガンを抱きしめたままだと気が付く。
都竹さんが笑った気配が息遣いで分かる。
「おかえりなさい。」
カーディガンの事には触れず、それだけ伝える。
けれど都竹さんは「それは、発情期《ヒート》の兆候か?」と尋ねられてしまう。
「多分、違います。」
「なら、そんな可愛い事するな。襲いたくなる。」
可愛いのだろうか。
よく分からなくて視線を逸らす。
「……取り合えず、先に食事にするか。」
元々口数の少なかった都竹さんは相変わらずだ。
けれど、彼の顔が少しだけ赤くなっているのをみて、嬉しくなった。
「夕食、鱈のみぞれ煮ですよ。」
二人の食卓に向かいながらそう言う。俺が大学を卒業して二人きりになった家での生活はゆっくりと過ぎていく。
この人の不器用なやさしさは、もうちゃんと知っている。
「ああ、蒼輝の作ったものはどれも美味しいから楽しみだ。」
都竹さんにそう言われて、思わず頬を緩めた。
了
お題:卒業後のお話
[ 142/250 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
[main]