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ローレライに口付を

1-2

そんな俺の表情を見ても、気にした様子も無く笑っている目の前の男が怖い。

「ああ、あの時の歌声を今も思い出すよ。」

恍惚に塗られた表情で言われ、ギクリと震える。
きっと歌うことを依頼した男と同じように、もう調べているのだろう。

別に俺の歌は上手くない。
数える位しか歌った事が無いのだ。日々練習をしている人のものとは明らかに違う。

「赤羽君。新しい作品のインスピレーションを語っているのかい?」

同行してくれた先生が言う。

「彼は、絵の方面ではちょっとした有名人でね。」

天才画家ってやつだよと言われる。
彼がどんな人なのかは知らない。画家だと言われても信じられない。

そもそも、この出会いが偶然なのか、それとも赤羽と呼ばれる男の手によるものなのかが分からない。

「先生。是非二人きりで話をさせてもらえませんか?」

赤羽の申し出に先生は勿論と頷く。
赤羽の笑みは普通ではない。言っていることも明らかにおかしいのに、先生はむしろ喜ばしいことの様にふるまう。

二人きりになった。

美術室は油絵具の匂いがして、息が詰まりそうだ。

「あの美しい歌声をもう一度聴けるのなら、俺は死んでもいいと思っているんだ。」

何もかも知っている人間の言葉だった。
復讐か、それとも非科学的だと否定されるのか。想像していたのはそんなものばかりだったので戸惑う。
それとも嘘を付いて無茶苦茶なことを言うのが彼にとっての復讐なのだろうか。


「なあ、もう一度君の歌を聞かせてくれないか。
愛してるんだ。」

うっとりと言われる。

無理だ。
無理に決まっている。

それに愛してると伸ばされた左手がケロイドになっていることにももう気が付いていた。

自分はこの人を殺そうとして、この人がそれなのに俺の事をかばった証だ。
だから、邪険にすべきじゃないのは分かっていても、べっとりと張り付く様な視線も、とろける様な口調も、今の自分と赤羽の状況に合わず奇妙だ。
それが少し恐ろしいのだろう。

一歩後ずさると、普段から持ち歩いているメモ帳に「何故?」と書く。

そこで初めて赤羽が残念そうな笑顔を浮かべた。

「もしかして、声がでないのかい?」

とても残念そうに言う赤羽の言葉に、思わず頷く。
実際は出ないのではなく、出さないのだが結果は別に変らないだろう。


恨まれた方がまだマシだ。という碌でもない感情がわいてしまってしようがない。

「また、俺のために歌える様になるといいね。」

赤羽はそういうと、微笑んだ。
自分の逃げも、声が出るということも何もかも見透かしている様な笑みで、俺は何も答えられなかった。

一話了

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