明けの明星、宵の明星

10

ようやく目を覚まして周りの状況を把握できたのは翌日の昼過ぎだった。
起き上がろうとしても関節という関節すべてがきしんでいる気がするし、動かそうとしてでたうめき声はもはや声と呼んでいいのかという位かすれている。
体は拭き清められているが、どうしても残ってしまった体液が気持ち悪い。
そもそも、これは都竹さんがやってくれたのだろうか。

彼が後始末をしていてもお手伝いさんの誰かががやっていたとしても、いたたまれない。

結局、最後の方は碌すっぽ記憶が無いので、結局オメガはオメガなのだろう。
ブワリと都竹さんの匂いがした。
ああ、これはまずい。匂いだけで彼がどこにいるのか分かってしまう。

これがフェロモンと呼ばれる物だという事は理解できる。
だけど番になったからといってこれは強烈すぎるだろう。

思わず項に触れると鈍い痛みがする。
そこはガーゼがテープで止められている様だった。
当たり前だ。
あの後も何回も噛まれた筈だ。
最初の一回で充分意味のある行為なのに、何度も、何度も確認するみたいに噛みついていた。
皮膚のさけるブチブチという音は聞こえた気がするが、それがその時は嬉しかったのだ。

「起きたのか。」

都竹さんに声をかけられ

「はい。お手数をおかけします。」

と返す。
声は完全にかすれてしまっていて、ギリギリ意味が伝わる程度にしか話せない。

今日大学に行くのは諦めなければならないだろう。
既に、都竹さんの匂いにあてられて、頭がクラクラしているのだまた発情してもおかしくない。周りに迷惑をかける位なら家で休んでいたほうがいいだろう。

「鞄……。」

とりあえず安藤に連絡をして、休む旨を伝えたい。
ついでに講義内容を後で教えて欲しいのだが、鞄はベッドから離れた場所に置いてある。

「ああ。」

都竹さんが俺の鞄を取ってきてくれた。
それを渡される。

甘い睦言も何もなくて、昨日のことは無かったかのような風情だが、今まで自分が都竹さんに何かを頼んだこともそれに都竹さんが応えたことも無かった。
だから、こんなお互いにそっけないのに、確かに昨日までとは違うという事を実感する。

「済みません。友人に大学休むと連絡入れるので少し待ってください。」

そう言って、メッセージを送る。
送り終わってスマートフォンを鞄に入れ直すと「他に何かしたいことは?」と聞かれる。

「それよりも、都竹さんの体は平気ですか?」

俺が聞くと、都竹さんの瞳が大きく見開かれた。
それは初めてあった時と同じ表情で、懐かしく思う。

「発情期はまだもう少し続くだろうが、今すぐなにかという事は無い。」

オメガの発情期が性行為で誘発されるみたいに、恐らくアルファのそれも性行為が引き金になるのだろう。

「じゃあ、匂いはその所為ですか。」

それなら、まだ何とかなりそうだった。常にこの匂いを嗅がされ続けるのはさすがにしんどい。

「フェロモンは出てるだろうからな。
それを言ったらお前も大概だぞ。」

言われるが、自分のフェロモンの匂いはよくわからない。

「あー、済みません。」

どちらにしろ自分で調整できる類のものじゃない。

「我慢できなくなったら言ってくださいね。
フェロモンの調整の仕方なんて分からないので。
でも、その前にシャワーを浴びたいんですが。」

まあ、足腰立たないので無理だろう。
都竹さんは俺を見下ろした後、溜息を付く。

別にわがままを言いたかった訳では無いのだ。
訂正するため口を開こうとすると、都竹さんに抱き上げられた。

「風呂まで抱えていくから、そこからは自分で何とかしろ。
さすがに忍耐力が持つとは思えない。」

都竹さんに言われ、思わず謝る。

「とりあえず、大学は卒業しておきたいので、週末でお願いします。」

そう言うと、都竹さんは噴き出して、それから、もう少し自分を大切にしたほうがいいんじゃないかと返した。

「まあ、都竹さんに大切にされてたことは分かったので、それで充分です。」

また、都竹さんの匂いが強くなった気がした。



[ 128/250 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
[main]