明けの明星、宵の明星
7
「そもそも、オメガは発情期があるから差別されてきたと思っているだろう。」
そう言うと、都竹さんは自嘲気味に笑う。
「一定期間行動を制限される位で誰かの庇護が絶対的に必要とされる筈がないだろう。
それこそ、ベータの女性には生理があって数日体調不良に悩まされるのに扱いはオメガよりよほどいい。
大体、抑制剤で抑えられる程度のもので一生を左右どころか誰かにすがらないと生きていけないこと自体がおかしいだろう。」
「じゃあ、なんで……。」
聞き返した自分に都竹さんは逡巡した後答えた。
「本当の意味での発情期があるのはアルファの方だからだ。」
オメガのそれと違って、かなり凶暴性の高いものなんだ。ぽつりぽつりと都竹さんは言う。
「それが、オメガと何の関係が……。」
「ベータだと相手が務まらないそうだ。
結局のところ、オメガの発情期はアルファのそれに耐えるためにある様なものだからな。」
まともな抑制剤なんてものは存在しないし、アルファは元々支配階級だ。だから、今のままの体制でいいと思っているアルファも多い。
それだけ言うと、都竹さんは俺の上からどいて、ベッドの淵に座った。
のそのそと碌に動かない体を起き上がらせて都竹さんを見る。
「……俺は、貴方の為の生贄に差し出されたってことですか?」
「有り体に言えばそうなるな。」
都竹さんに言われて、ようやく安藤の言った過保護だの意味が分かった。
都竹さんは知っていて、けれどその事実を今まで自分に言わなかったということだ。
「じゃあ、なんで今になって他のアルファの匂いをつけて来たなんて言うんですか?
とっとと抑制剤代わりに俺を使うか、それとも女のオメガを探すなりすればいいじゃないですか。」
最初から、都竹さんの好みに合っていないことは知っていた。
ならば、他に行けばいいのだ。
自分自身は今も全く分からないが、こうやって人の匂いをつけて来たことに怒る必要なんてないのだ。
「他の人間に反応しないんだ。」
「それは……、俺が運命の番だからですか?」
絞り出すように言った都竹さんの言葉はとても残酷に聞こえた。
「それの影響が全く無いとは思ってはいない。
だけど、そうじゃない。最初に話した時のお前の強さを見て、他では無理だと思った。」
じゃあ、なんで抱いてくれなかったんですか?とは言えなかった。
それはお互い様だ。
俺も最初都竹さんにまるで興味は無く、酷い嫌味のような事を言った。
それを俺の強さだと思ってくれた都竹さんに言うべき言葉では無かった。
けれど、何故という疑問が全て亡くなった訳では無い。
「なんで、今まで黙っていたんですか?」
「言えば我慢できなくなるだろうとわかっていたからな。」
目元を手で覆いながら都竹さんは言う。
結局自制できなくてこの様だ。
「言ってくれれば良かったじゃないですか!
俺が貴方に反応してるの気が付いていた筈だろ。」
思わず語気が強くなる。
「碌に学校にも通えなくなるのが分かりきっていて手を出せる訳がないだろ。」
俺が我慢できるところまでは耐えるつもりだったし、もうしばらくは我慢するよ。
都竹さんはそういうとベッドから立ち上がろうとした。
その都竹さんのシャツを掴んだのは俺だ。
だから、悪いのは全部俺で、自業自得で、彼の努力を踏みにじるのも俺だ。
「他のアルファの匂いなんてしたこと無いのに、貴方の匂いを嗅ぐと頭がおかしくなる。」
――なあ、それって俺も貴方じゃなきゃ駄目ってことですよね。
俺がそう伝えた次の瞬間、ベッドに突き飛ばされ、それから、着ていたシャツを引きちぎられた。
派手に吹っ飛んだボタンを眺める。
「頼むから、煽る様なことは言うな。」
そう言いながらも都竹さんの瞳には情欲の炎が揺れてギラギラと光っている。医者の困ったみたいな微笑みが頭をよぎる。
「都竹さん、もうとっくに体が許容できる我慢の限界超えてるんでしょう?」
俺が言うと、ッチと舌打ちをすると体をうつ伏せにひっくり返されて、シャツを強引に引っ張られる。
刹那、都竹さんの匂いが今までと比べ物にならない位強くなった。
ブツリ。
そんな音がした気がした。
激痛が首にはしる。都竹さんが俺の項を噛んだのだとすぐに理解した。
喜びとか喪失感とかそんな感情を理解する前に、圧倒的な快感が体を走り抜ける。
首を噛まれて、明らかに皮膚が破れて出血もしているだろう。なのに、痛みよりも何よりも性的快感が全身を覆って、それだけで達してしまう。
今、分かるのは、首を舐められていることと自分が馬鹿みたいに嬌声を上げていること。
「都竹さんっ……。」
思わず名前を呼ぶと、再度仰向きにひっくり返されると、都竹さんと目が合う。
獣の様だと再び思う。
この状態がかなり酷い発情状態なのか、オメガの様に数か月に一回さらに大きな発情状態があるのかは分からない。
けれど今詳しく聞ける状態じゃ、お互いに無い。
手を伸ばして都竹さんの頭を抱える様にしてこちらに引き寄せる。
唇にそっと自分の唇で触れると血の味がした。
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