明けの明星、宵の明星

3

今まで、発情期は予定通り3ヶ月に一回来ていたし、抑制剤で日常生活可能な程度に抑えられていた。
自分からフェロモンを出す事も無かったし、オメガといってもそれにあまり振り回されないタイプなんだろうと高を括っていた。

それがこの様だ。
抑制剤を飲んでも焼け石に水で、思い出すのは先程までの都竹さんの匂いのことばかり。
脳みそは芯からボーっとしている。

酷く喉が渇いている気がした。

自分の荒い息だけが耳障りで、それをかき消すように少しずつ心臓の音が大きく聞こえる。

ひたすら、ただひたすらその感覚から逃げ出したくてうずくまる。

ガチャと音がしてノックも無くドアが開く。
何とか頭を上げたその先に居たのは都竹さんだった。

この家でノックなしでドアを開けていい権限を持っているのは都竹さんただ一人だ。
だから、当たり前のことなのに、今、この姿を見られたくは無かった。

発情して頭が馬鹿みたいになりかかっている自分とそれを見ても眉ひとつ動かさない都竹さん。
いかに自分が浅ましい生き物か思い知らされる様で嫌だった。

運命の番(つがい)が出会って、離れられない絆で結ばれる話に憧れを抱いていたつもりはない。
けれど、こんな自分だけが一人、都竹さんの匂いにあてられて、生まれて初めての本格的な発情期を迎えるなんて滑稽すぎる。

それでもここで泣きだす事だけは避けたくて、なんとかこらえる。

「医者を呼ぶ。」

都竹さんは短くそれだけ言うと部屋を出て行った。
惨めで、惨めで、けれどそれすら良く考えられない位体がだるい。

熱にうなされたような状態で、弁解も何もできずただ静かにじっとしていることしかできない自分が悔しかった。

* * *

医者はすでに番の居るアルファだと言っていた。
といっても最初に来てくださったときのことはあまり覚えていない。

さすがにセックスをねだったりという馬鹿なことをしてはいないが、碌に話せる状況では無かった。
医者に、かなり強めの抑制剤を注射してもらいようやく、ある程度意識がはっきりする。

「まるで、運命の番にあった時の様な反応だ。」

医者に言われるが、そうじゃない。
運命の番はお互いに、そうだとわかるらしい。

それは天啓のようだとも、今までの恋が全て嘘だったようなともいわれているが、お互いのフェロモンが反応しあうので本能で分かる。
俺のはそうじゃない。

単に、オメガの性質が誤作動を起こしただけなのだ。

まだ、微熱が残った様な感覚のまま「違います。そうじゃない。」とだけ答える。
本当はもっと丁寧に都竹さんの婚約者としてきちんと受け答えをすべきなのだ。

医者は、困った様に笑った。
それから「あまり無理をしないように。」と優し気な声で言った。

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