ぐしゃぐしゃ.




土日を挟んで、月曜日。
物間からは2日間、よく考えるように念を押されたけれど、考えれば考えるほどわからなくなった。
思考をシャットダウンしたくて、机に伏せて目を閉じた矢先。

「名字さん、A組に知り合いいるよね?これ、移動教室に置きっぱなしでさ。届けてくれない?」

クラスの委員長から、ノートを手渡された。
名前を見ると、「緑谷出久」とお世辞にも綺麗とは言えない筆跡で書かれた文字が並んでいる。

「えー…」

「お願い!ヒーロー科に近づく度胸、私には無いから!」

昼休みだし、廊下に誰かしらはいるかな。
渋々と、受け取ったノートを手に、意外と距離のあるA組の教室へ向かう。
…勝己君、居るかな。

私の事をなんとも思っていないという言葉。
少しだけ、周りよりも近いと思っていた距離は、都合のいい思い込みだった。
身の程知らずも甚だしい思い込み。恥ずかしい。

無駄に大きなドアの前から覗くと、視線は素直で。
机に突っ伏している勝己君の姿が目に入った。
ここ最近の努力が、一瞬で崩れ落ちるように意識は勝己君の方を向く。

何秒か立ち尽くして、本来の目的を思い出す。
緑谷君は勝己君の後ろの席だ。
誰かに預ければ良いものの、足は進んでいく。
何人かと挨拶を交わしながら、勝己君の横を足早に通ろうとすると、手首に掴まれる感触がした。

「み、どりやくんっ」

「あれ、名字さん…っあ、僕のノート!無いと思ってたんだ!ありがとう!」

「うん、あの、大丈夫なんだけど、その、」

慌てた私の様子に、緑谷君が気づいた。

「あー…かっちゃん寝ぼけてるのかなぁ…?ごめんね、おーい、かっちゃん…」

緑谷君が、勝己君の体を揺さぶる。
それに合わせて、私の手首を掴んでいた手が緩んだ。

「あ、手離れたね。どうする?かっちゃん、起こした方がいい?」

「いやいや!大丈夫!!ごめんねありがとう!」

お礼を言って、一目散に駆け出した。
ただ、手首を掴まれただけ。
勝己君は寝ぼけていただけ。そのはずなのに。

火照る体と跳ねる脈拍。
心が、勝己君への気持ちを忘れることなんて出来ないと叫んでいる。
なんで私のこと好きなのって、物間に聞いたことを思い出す。物間の答えは明確で、しっかりこの時からだと教えてくれたけれど。

好きになるきっかけみたいなのも、ここが好きだから好きというのも、私には少し難しい。
気がついたら好きになってたーー勝己君を。

「名前っ、」

さっき掴まれたのと、逆の手首を掴まれた。
勝己君よりも柔い手のひら。少し強い力。

「物間…」

「凄い勢いで走ってたけど、なんかあった?具合悪いとか、」

この間だって、今だって。
どうしても勝己君と物間を比べている私がいるのに、何が勝己君の事はもういい、だ。
馬鹿か、私は。

「なんでもないよ、大丈夫。…ねぇ、物間。この間のこと、話したい。」




そう言えば、そのまま手を引かれて。
向かったのは屋上だった。

昼休みも終わりかけだからか、閑散としていて人影は見当たらない。
なんか漫画みたいだな、なんて俯瞰した気持ちになる。

「それで?」
「え?」
「期限も過ぎたし、聞かせてくれるんだろ…返事。」

そう、言わなきゃ。

「ごめん、物間とは付き合えない。」

「…だろうね。」

俯いていた頭を、ぐしゃぐしゃと撫でられた。
柑橘系のコロンの香りが、風に乗って鼻腔をくすぐる。

「なんで振った方が落ち込んでんだよ、バーカ。落ち込みたいのは僕の方なんだけど。」

ぐっしゃぐっしゃと髪をかき混ぜ続ける手を振り切るために思いっきり頭を上げると、物間は愉快そうに吹き出した。

「…なに!」
「ふふっ髪、ぼっさぼさ」
「物間のせいでしょ、もう!」

髪を戻しながら強く言うと、物間は肩を震わせて笑う。そんなにツボ浅かったかっけ。

「名字は、そんな顔してるほうが似合うよ。」

物間曰くひどい面は、そこそこマシになったようだ。
予鈴の音と一緒に、屋上を後にする。

「物間って、すごいね。」
「急に何さ、」
「まっすぐだなって。」

ふざけて誤魔化すことばっかりで、私はこんなにまっすぐ想いを伝えることは出来てない。

「…ひねくれもので通ってるけどね。」
「それもそうかも。」

そう言えばまたぐしゃぐしゃにされた髪から、淡いコロンの移り香がした。








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