きぶんてんかん

「す、好き、に?え、えと、」
「香宮 火芽さんを。」
「っ…」

言葉に詰まるとは、まさにこう言うことなのではないだろうか。
見上げた彼の顔は、花火の灯りのお陰で割かしよく見えた。好きになっても良いですか、だなんて、普通の告白とはまた少し違う意味を持った言葉なだけに、少々返事に困る。普通に人として好いてくれるというなら嬉しい、だけどきっと、彼が言っているのはきっとそれだけじゃない、たぶん彼が言っているのは男女としての「好き」だ。
そんなことを考えて余計にどうしたらいいかわからなくなり、顔を真っ赤にして慌てふためいている私を見て、彼は突然ふきだした。
頭を優しくぽんぽんと2回はたいて、彼は笑う。

「すまん、困らせるつもりはなかった」
「あ、いえ、私こそ、上手く答えられなくて」
「嫌、だったか?」
「そんなこと、ない」
「なら、期待しておく」
「え?」

なにを、と聞こうとしたけれど、カカシ先輩の「撤収ー!」の一声にそれは掻き消された。そのあとみんなで花火を片付けて、夕ご飯にみんなでファミレスに行こうかという流れになったけど、私はもう全然そんな気分じゃなくなってしまっていて。私はここで帰ります、そう言ったらカカシ先輩は驚いた顔で私を見た。

「え?楽しくなかった?」
「そ、そんな、全然、違うんです!ただ、ちょっと課題のレポートが多くて…」
「んー、まぁ1年なんてそんなもんだよね。分かったよ、またおいで。」
「はい、すみません」
「気にしなくていいよ、おい、イタチ、お前の家あっちのほうだろ?ちょっと家まで送ってやってくんない?」
「えっ!?や、そんな、迷惑ですから」
「大丈夫、それより夜道に女の子1人のほうが危ないでしょ」

じゃ、俺らはもう行くから!と、爽快に言い残してカカシ先輩たちはあっという間に車でファミレスへ向け発車して行ってしまった。
あとに残されたのは私とうちはくんの2人だけ。さっきあんな会話をしたばかりなのに。なのになんとも居たたまれない空間に、思わず謝罪の言葉が漏れた。

「ごめんなさい、私、こんなつもりじゃ、」
「別に迷惑だとか思ってない、俺も帰るつもりでいた」
「あ、そっか、なら良かった…じゃぁ、また今度ね」
「や、送っていく、」

踵を返そうとしていたところにぐ、っと腕を掴まれて、私は一瞬よろける。その身体を両手で支えながら、うちはくんは「心配だし、送っていかないと後々カカシさんに何言われるか分からないから」と微笑みながら私を車に乗せてくれた。まだ大学生なのに、今はやりのハイブリッドカー。うちはくんは「親のおさがり」と笑って言ったけど、これが親のおさがりとは一体。そんな会話をしているうちにあっという間に家の前に着いて、そこで私は初めて彼ともう少し一緒に居たいかも、なんて思った。
でも、そんなことを言う度胸も勇気もない私は普通に彼の車を降り、お礼を告げて頭を下げたのだけど。

だけど、あの物腰柔らかい話し方、聞き上手なところ、一緒に車の中に居たのはほんの十分くらいだったけれど、彼の隣に居るのはだいぶ居心地が良かった気がする。沈黙が気まずくない、そんな空気。しかし今日初めて会ったばかりなのに、そんなの本当にあるんだろうか。
ふと我に返れば、片手に持った携帯電話のディスプレイには彼に言われるがまま咄嗟に交換した電話番号が映し出されている。
次に会うのはいつだろう。
そう思いながら、私は家までの短い道をゆっくりと歩いた。


と、言うのがこないだまでのハイライトなわけで。

あれからお互いにあまり連絡も交わさないままあれよあれよと時が経ち、気付いたらもう季節は秋、私は今年買ったばかりのふわりと裾の広がるワンピースを身に着け、厚手のストールを肩にかけて今家から出かけるところだ。
え?どこに?って?

「ご、ごめんなさい、待った?」
「いや、全然」

今日はうちはくんと初めての2人きりのお出かけ。
彼は私が住んでいるアパートの前の道に車を横付けして待ってくれていた。私が駆け寄ると、すぐに助手席のドアを開けて私に中に入るように促す。こんな扱い今まで親にでさえされたことないよ。

事の発端は、おとといの木曜日、丁度私がレポートに疲れ果て教室でノートパソコンを目の前に突っ伏していたときだった。
首筋になにやらひんやりしたものがあたり、驚いて飛び起きた目の前にはうちはくんがいて。彼は私の首筋に当てた栄養ドリンクを机上に置いて、根を詰めているならたまには気分転換でもしようとこうして連れ出してくれた。
行き先は、まだ教えてもらっていないけど。

「ねえ、どこに連れて行ってくれるの?」
「まだ秘密だ」
「えー?」

今向かっている場所を頑なに言おうとしないうちはくんと私を乗せた車は、海沿いを北へ走っていく。今日は綺麗なお天気、陽射しが海に反射してキラキラと碧く輝いている。この景色を見ているだけで心が洗われるようで、思わず窓を開けて潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
そんな私を横目に見ながら、うちはくんは「あまり顔を出すなよ」と頭をぽんぽんと撫で付ける。
そしてそういう風に優しくされるたびに、私はうちはくんがあの夏の日に言った言葉を思い出してはいちいち赤面していた。

潮風に当たっているはずなのに、顔の火照りはなかなか冷めない。



(20131113)

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