昆布の思い出


「ほ、本当にごめんなさい!」

2人きりの保健室で、私はイタチ先生に深く頭を下げた。
無事に、とは言えないけれど、それでもなんとか1位をとって障害物競走を終えた私は、結局あの直後 鮮血が流れ出る傷口を心配してくださった彼に保健室へと強制連行されたのだった。確かに、よく見るとなかなかにグロッキーな傷口…。皮が削れてしまっているそこを見て背筋が震えた。

「先生はどこも痛くないんですか!私が押し潰しちゃったから、腰とか…」
「ヒメさん軽いし、そこまでの衝撃はなかったから大丈夫だ。念の為に湿布貼ったし、なんともないさ…消毒液つけるぞ」
「…なら良かっ…いだい!あああああー染みるー!!!」
「ははは」
「意地悪…!」

マキロンのせいで涙が滲む目を抑えながらビリビリと走る痛みに耐える。別にイタチ先生が意地悪なわけじゃないとわかってはいても、あまりにも強い刺激に我慢できず歯を食いしばった。先生は脱脂綿で手際よく傷口を消毒してガーゼを貼り付けてくれたけど、別にそれで傷が癒えたわけでは勿論ないし、私の傷口はまだ痺れているかのように激痛を訴えている。でも優しい声音で「立てるか?」と手を差し伸べてくれた先生に心配かけたくなくて、こくんと頷いて先生の手を取った。膝に力を入れた瞬間痛む足に目をつぶる。結構、痛い。

「…本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫、です!」
「まだ競技が残ってるのに…歩けるか?」
「痛みに慣れたら走れるようになると思うから、…あ、あの、先生、先に行ってください」
「いや、でも」
「手当てしてくださってありがとうございます!」

多分、この痛みは消毒液による刺激の余韻もあるんだと思うし、出血もおさまってきたからもう暫くすれば普通に走れます、大丈夫です、って笑いながら言ったけど、上手く笑えていたかどうかはよくわからない。イタチ先生はそんな風に強がる私に付き添おうとしてくれていて、私個人としてはすごく嬉しいことだけど、でも、やっぱり流石に体育祭の日に教師を独り占めしたままなのはいただけないから、私は先生の背中を押した。先生は暫くなにか言いたそうな顔をしていたけれど、無理はするなよと一言残して保健室を後にする。
うん、これでいい。流石に公私混同するほど私も馬鹿じゃないってば。障害物競走一緒に走って1位とって、更に2人きりで傷の手当てまでしてもらって、私にとっては充分特別な日になった。
窓の外を見れば、ちょうど玉入れの結果発表をしているところだ。いつまでもここにいるわけにはいかないし、せめて応援席に戻らなきゃ。本当に足が痛くて走れないくらいだったら、カカシ先生にでも言って競技は辞退して今日はもう応援に徹しよう。
痛みを覚悟した上で膝に力を入れて立ち上がれば、ガーゼにじわりと血が滲んだ。

「っつー…」
「そんなに痛いなら無理はするな、」
「…え?」

立った衝撃で痛む足を押さえて苦虫を噛み潰したような顔をしていたところに現れたイタチ先生に、目が点になる。さっき出て行ったばかりじゃない、何しに来たんですか、そう聞きたかったけど、その言葉は口から出なかった。

「玉入れが終わったらとりあえず昼休みだからな、ほら、購買で適当に買ってきた。」
「え、いや、そんな」
「気にするな、大したことじゃない。食べないと午後頑張れないぞ。」

そう言って差し出された購買のおにぎりを受け取りながら、なんて出来た人なんだといつも思わされていることを再度認識する。イタチ先生は脇に挟んでいたお茶のペットボトルをテーブルに置いて、私の隣に座った。

「先生もここで食べるんですか?」
「1人で食べても美味くないだろう、何言ってるんだ」
「ごめんなさい、私のせいで気を使わせてしまって…」
「俺が好きでやってるんだ、あ、ちなみに玉入れは紅が勝ったぞ。」
「ほんとですか!?」
「ああ。午後は教員種目もあるからな…俺も負けられないな」
「イタチ先生、1位とってくださいね!」
「…努力はする」

ダメだ、先生の言葉のひとつひとつに変な深読みをして、全部自分の都合のいいように持っていこうとしてしまう脳内を必死に制する。先生はただ、仮にも自分と一緒に走っていた子が怪我をしちゃったから、こうして気を使って優しくしてくれてるだけなんだから。これが私じゃなくてほかの子だったとしても、先生はこうして一緒にお昼を食べていたと思うし。考えすぎたらダメ、自惚れるのもダメ。期待しすぎても、あとで自分が痛い目を見るだけ。
自分に何度も何度も自己暗示をかけながら、おにぎりを頬張る。
中身は昆布だった。

「…イタチ先生って昆布のおにぎり好きなんですか?」
「な、なんで知ってるんだ?」

突然の問いに少し頬を赤らめて焦ったような表情を見せた先生に少しきゅんとしただなんて、そんなこと絶対にないんだから。


(20140927)


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thanx!! :)


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