果報は寝て待て


「あ…ありがとう、」

そんなに間が開かないうちに、先生は沈黙を破った。
持っていた包丁をまな板に置いて、手を洗う。タオルで手を拭いてこちらに向かってくる先生に、思わず後ずさりしてしまった私。テーブルに足がぶつかって、膝がかくんと折れた拍子に、イタチ先生の腕に抱きとめられた。

「大丈夫か?」
「は、はい」
「…その、気持ちはとても…嬉しいのだが、」
「…はい」
「世間的に…認められない立場というのは、…解っているか?」
「それでも、自分の口からちゃんと伝えたくて…いつか、言いたくて…」
「そうか…」

先生の腕が、そのまま私を覆い包む。湯気が出そうなほどに赤くなっている顔を隠すかのように、私は先生の胸に顔を押し付けた。今だけなら許してくれるよね?もし今日この恋が終わっても、明日からは、ちゃんと…ちゃんと、するから。

「そんなに…我慢させてしまっていたんだな。辛い思いをさせてしまってすまない。」
「えっ…?」

なにもかもを覚悟していた私には予想外すぎる、イタチ先生の言葉。
てっきり、ごめんな、って即答されるものだと思っていた私は、思わず顔を上げた。
心なしか少し色づいているように見える先生の顔、眉尻を下げて、彼はもう一度私に謝罪を述べる。別に、先生はなにも悪いことしてないのに。

「…俺は、来年の春まで、言わないでおこうと思っていたんだが」
「はい」
「……やっぱり、そのほうがいいな」

へっ。

気の抜けたような吐息が自分から漏れた。
長い長い沈黙の末に、結局更に与えられたおあずけ。
ないない、こりゃないわ。なんだかんだイタチ先生が何を言わんとしているのか、私には微塵も伝わってないじゃないの。なんて中途半端なことしてくれてんの。
不満げに口をぱくぱくさせている私の肩をぽんぽんと叩いてから台所へ戻っていくイタチ先生を思わず呼んだ。

「せんせ、わけわかんな、」
「ほら、もうすぐ夕飯ができるぞ、食器の用意してくれ」
「あ、っはい、…じゃなくて!さっきのどういう意味ですか!」
「まあまあ、そう焦ることでもないだろう」
「はあー?」

これだから大人ってわっけわかんない!適当に話はぐらかして、私はちゃんと面と向かって自分の気持ちを言ったのに!振るなら振るではっきり言ってくれたらいいじゃん。ご飯が不味くなるから嫌だ、とか?私ならそんなの大丈夫だよ、ある程度の覚悟は出来てるから、夕ご飯くらいは笑顔で食べれる…はず。なのに。
わかりやすくむくれっ面でテーブルに食器を並べる私を見て、イタチ先生はくすくすと笑っている。なに、こちとら一世一代の気持ちでした告白ないがしろにされて全然笑い事じゃないっての。

「そう怒るな」
「私の立場になってみてくださいよ、全く」
「…それは、まあ気の毒だとは思うが」
「でしょ!?」
「でも、約束する」
「なにを!」

もう、この家に女の人は呼ばない。


反射的に「私は!?」と叫んだら、先生は優しそうに笑った。

「特別だ。」


(20140731)


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thanx!! :)


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