所詮嘘吐きの啼き声


「所詮、人は…人でありんすなぁ、」
「なにか言ったけ?」
「ふふ…ただの独り言、お前さんには関係のないこと。」
「火芽花魁、あちきも簪がほしいでありんす」
「これはだめ、わっちの御守りでありんす。」
「おまもり?」
「お前さんには、この桃色の簪をやりんしょう、」

禿に簪を手渡し、彼女が喜び仕事へ戻っていくのを見送ったあと、ため息をつく。どんなに心が荒(すさ)んだって、この簪は手放せないし、あの人のことも忘れられない。馬鹿だ馬鹿だと思っていても、こればかりは自分にもどうしようもなく、今でも後ろ姿が彼に似ている人を見つければどきりとしてしまうのだから参る。


「火芽、これは御守りだ。俺が任務に出ている間、俺の代わりにお前を護ってくれる。」
「そんな…忍術が?」
「ただのまじないだが…ないより良いだろう?ほら、火芽には赤がよく似合う。」

2人で涙を流したあの夜、彼がくれた紅い簪。しかしまるでそれと引き換えになったかのように、彼は姿を消した。何日待てど店には来ず、それからほどなくして、彼の一族が、彼の弟以外は1人残らず消えたなんて噂もすぐ耳に入った。そしてその犯人が彼だと言う噂も。だけど不思議と私はそれを怖いと感じなかった、彼が訳もなくそんなことをする人だとは到底思えなかったし、まぁ、強いて言えば私になにも告げなかったことが唯一私を憤慨させる要因になったのだけれど。

あれから涙も枯れ果て信じるものすら失った私はただひたすらに遊女としての役目を果たした。他の男に抱かれるのは身を引き裂かれるほどに難儀だったが、結局は心が疲れ、もうどうでも良いやと投げやりな思いで相手をした。そしてそのせいか、私が男に抱かれるようになったと噂が流れれば男の客がどんと増え、ここ数年であれよあれよと花魁になったものの、全く達成感もなにもないまま私の心は枯渇していくばかりであった。今、欲しい物品はなんでも容易く手に入るし困ったことは何ひとつない。だけど、そんなものでは満たせないなにかが私の中にあるのだけは解る。毎日毎日偽りだらけの恋愛事などしてなにになる、


「はぁ、っ、さすが、花魁は腰使いが違う、」
「…主様がお早いだけでござんしょう?もういってしまうんで?」
「あ、ああっ、」

馬乗りになって振っていた腰を上げてずるりと男の根を引き抜き、手で掴んで扱きあげれば、びゅっと飛び出す精液。それを真顔で見つめながらさっさと後始末をし、布団に身体を預ければすぐさま求められる接吻。片腕でいやいやと押し退ければ、彼は私を抱き締めた。あぁ、好きでもない男の温もりなど、気持ちが悪い。

「お前を身請けしてやろうかと思っている、」
「…」
「金ならある…容易いことだ。」
「…今宵は…月が綺麗でありんす…」
「ほら、もう1回、」

いつかの夢は脆く崩れて跡形もなく、私はそれを闇中に突き立てた。もう、叶わないんだと。私が見て良いものではなかったのだと言い聞かせて、遠ざけて。知らぬ男に抱かれる辛さは数年前割り切ったはずなのに、この苦しみはなんなのだろう?

「ん、あぁ…っあ、」

この喘ぎ声さえ、今の私にはただの機械音だ。



(20130701)


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