此は穏やかな納口上


「はいはい、みんな早く起きておくんなしー!」

ぱんぱん、と両手を叩きながら廊下に向かって声を飛ばす。暫くして、唸り声と共に次々に開く扉を見ながら満足そうに踵を返し朝食の準備を続けた。


あの日私と彼が再会してから、実に目まぐるしく数ヵ月の時が経った。あれから私は遊廓を抜けて彼に連れられるがままこの大きな建物に住み、暁とか言う組織の方々と共同生活を送っている。ここにいる人たちは少々粗っぽいところもあるけれど、なにも言わず私を迎え入れてくれたし、それぞれ良いところもあるし一緒に居て退屈はしない。

「んー、眠い…」
「おはようデイダラ、顔でも洗って来なんし、」
「うん…」
「今日の飯はなんだ」
「おかずは鯛とおひたしと炒めものでありんす。」
「ゲハッ!朝から鯛とか豪勢だなァ」
「角都さんがお祝いにとくださいんした!凄く大きなのを三匹も!」
「倹約家なあの角都さんが?珍しいこともあるもんですねぇ…」
「それより、その花魁言葉はどうにかならんのか、火芽は。」
「す、すみません、徐々に慣れてきてはいるのですが、なかなか難しゅうてかないんせん、あっ」

暖かい空気、暖かい言葉、暖かい笑顔。

昔描いた未来とは多少違えど、今の私は充分幸せに生きている。
胸を張ってそう言えるくらい、あの人と共に来て私の人生は変わった。目に見える世界の何もかもが新しくて、知らないことばかりで、今までいた遊廓がどれだけ異常な世界だったかを思い知らされた。だからきっとこの数ヵ月はよく覚えていないくらいに矢の如く過ぎ去っていったのだと思うし。


食卓に並べた食事を美味しそうに食べるみんなを眺め、小さく一息を吐いた。ここにいるのは全員忍、朝食を食べたら、きっとまたそれぞれ命懸けの任務に出てしまうのだろう。そしてそれは、彼も同じ。
でも、彼が強いことは充分よく知っているし、何もかも上手くいったらそれはそれで退屈なんだろうから、こう言うのも悪くはないかな、なんて思っている。

「火芽も一緒に食べれば良いのに!うん!」
「わっち…わ、私は、イタチと一緒に食べるから、」
「そう言えば、イタチの奴はなにしてんだァ?」
「明け方に起こしてしまったから、疲れているんだと…まだ、寝ていましたし。」
「火芽さんもあまり寝ていないんじゃないですか?無理はしなくても、」
「無理なんてそんな、私はもう慣れましたから。でも、彼は任務明けで疲れていたのに…申し訳ないことをしてしまいました。」

しょんぼりと俯く私を見て、気にするな、と肩を叩く角都さん。なんだかんだ、やっぱりここの人たちはみんな暖かい。彼に笑顔を返した直後、廊下に響き渡る弾けた泣き声に振り向く。どうやら、彼女も腹の虫が鳴ったようだ。急いで部屋へ駆けつければ、そこには慣れない手つきであたふたと彼女を抱くイタチの姿。彼からそっと受け取りあやして乳房へと持っていけばその先へ吸い付く小さな口。
そう、私は無事母親になった。

こくこくと喉を鳴らしながら一生懸命乳を飲む我が子を不満そうに見詰めている彼に、思わず笑う。

「…やきもち?」
「すっかり取られてしまったからな、時間も…乳も。」
「もう!」

顔を真っ赤にして抗議すれば、くつくつと笑うイタチ。たったこれだけのやり取りにさえ幸せを感じるのだから、随分と平和になったものだ。

「…でも、私の心はいつまでもイタチだけのもの。」
「どうだかな…」
「それに、この子に夢中なのはあなたも変わりないんじゃなくて?」
「そりゃぁ、火芽との子供だからな」
「そんなの私も一緒でありんす!」
「あ、戻った」

ふくれる私の身体を抱き寄せて、重ねられた唇に目を閉じる。腕の中に赤子がいるのに接吻だなんて少しの背徳感が疼くけれど、当の彼はそんなこと気にしていないようで。割り入る舌に驚いて目を開ければ、にやりしたり顔で私を見下ろす旦那様。あろうことか、彼は赤子が吸っているのと反対側の乳房の頂を指でつまんだ。

「ん、んんー!」

自然と激しくなる彼の舌の動きと、ちゅくちゅくと鳴る微かな水音に腰が跳ねる。私だってご無沙汰なのは同じ、だけど今そんなことしている場合じゃない。赤子が乳房から口を離したのを確認して目の前の胸を力一杯押しやれば、彼は名残惜しそうにぺろりと唇を舐めた。

「…冷たくなったな…」
「なんでそうなるの!仕方ないでしょ、」
「なら…火芽からキスしてくれ。」
「えっ」
「ほら。」

小さな布団に赤子を寝かせたのを見計らって私の腕を引く彼が可愛いと思う私は、親馬鹿ならぬ嫁馬鹿なのだろうか。寝具に腰かけている彼の前に立てば自然と閉じられる瞼。頬に手を添えて唇を合わせれば、後頭部に回された腕が私を捕らえて離さない。舌を絡め合ったまま倒れ込んだら、これからすることなんて一つしかないでしょう?

まぁ久々にこう言うのもいっか、ってゆっくり目を閉じたとき、また突然響いた弾けるような泣き声にびくんと心臓が鳴った。

「あ、きっとおむつだわ、」
「そのくらい後だって」
「だーめ!蒸れたら湿疹ができちゃうもの。」
「…はぁ…」

後ろからじとりと睨み付けてくるイタチを制してまた赤子に世話を焼く私。こんなやり取りでさえ幸せと思ってしまうんだから、私は相当彼のことが大好きなんだろう。そんなことを言ったらこのあと更に大変なことになりそうだから、絶対に言わないけれど。

やっと心地良さそうな寝息を立てて眠りについた我が子を見て安堵の溜め息を吐く。きっと、抱きついてキスのひとつでもすれば彼の機嫌は一瞬で直るだろう。結局それからの結末は変えられないんだろうけれど、それはそれで良い。

笑顔で振り向けば、しゃらんと簪が音を奏でた。


そうして私達はまた、至極幸せで甘い夢の中へと落ちていく。




(20130716)


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