狼狽える


仕事終わり、ほどよく人で混雑しているデパ地下のスーパーにスーツ姿でうろうろしている私。
かかる声は大体「ちょっとそこの奥さん」だとか、「これ旦那さんにどう?」だとか、どれもこれも私があたかも人妻であるかのようなセリフばかりで、やっぱり私は実年齢よりも老けて見えるのかと溜め息すら出ない。
手にしている買い物かごに詰め込まれた長ネギが一層それを引き立てているのかと考え出したがバカバカしいのでやめた。レジで会計を済ませ、デパートを後にする。マンションのオートロックを抜けてエントランス横の郵便受けを覗くと、「お子様の学資保険、間に合ってますか?」って広告がちらりと視界に入る。子供どころか、独り身だっつーの!と思いながら、まとめて手にしてエレベーターのボタンを押した。

「ただいま…」

当然返事を返してくれる人はいない。いつも遅くまで仕事頑張ってるもんなあ、と思いながら何気なくテレビを付け、スーツのジャケットを脱いでハンガーにかけながら今日のニュースを見る。最近はいいニュースがあんまりないなあ。
この前買った飴玉を口に放り込み、時間が20時になったのと同時に始まった歌番組のオープニングを口ずさみながら台所に立った。

「ハンバーグと…卵の賞味期限がもう少しだから、オムライス…ちょっとメニューが子供っぽいかな。」

まあいっか、って独り言をぶつぶつ言いながらボウルに卵を割り入れる。あとはコンソメスープとフルーツヨーグルトで手を打とう。卵を溶きながら、ああそうだチキンライス!と思い立ってタイマーで炊き上がっていた炊きたてのご飯を取り出す。白い湯気がもくもくと上がり、いい匂いが鼻を突く。ああ、お腹すいた…イタチ、今日は何時に帰ってくるのかなあ、連絡は特になかったし、いつも通りちょっと遅くなるのかもしれない。オムライスの卵は帰ってきてからにしようか。ボウルに溶かした卵を冷蔵庫に入れて、かわりにひき肉を取り出す。玉ねぎを刻みながら涙を流したり、パン粉をどこにしまったか忘れて一人であたふたしているうちに時計の長針は半周を終えていた。あーあ、もうこんな時間になっちゃった…携帯電話を見ようにも、今の油ギッシュな手では到底触れそうにないそれは時折ちかちかと光って、何かしらのサインを私に告げている。ただの広告メールって手もあるけど、でももしかしたら、もしかしたらイタチからかもしれないし。捏ねたひき肉を楕円状に整えて熱したフライパンの上に乗せ、慌てて手を洗う。やっとの思いで携帯を手にし開いたメールボックスには、いつの間にか未読メールが3通入っていた。1通は友達、あとの2通はイタチから。

『お疲れ様です。彼女が待っているので今日は仕事片付けたらすぐ帰ります。飲みはまた今度参加します。ありがとうございます。』

…ん?

これは一体どう言うことだ?と思いながら、新しい方のメールを開く。

『すまん、送り間違えた。今日は仕事終わらせたらすぐ帰る。』

文末についた猫の絵文字に吹き出しながら、夕ご飯作って待ってるね、と同じく猫の絵文字つきで返信したあと、もう一度イタチが送り間違えた方のメールを見て少しにやつく。
彼女が待っているので帰ります、って!わあ、このメールを送ろうとしていた相手が誰かわからないけど、イタチって私のこと会社で公言してたんだ。なんだか恥ずかしい、だけどこれってなんか私が束縛しているみたいに思われちゃうかな。いやいや、でも、やっぱり嬉しい。
しばらく嬉しさの余韻に浸っていたところで聞こえてきたハンバーグの焼ける音に慌てて意識を戻す。急いでフライパンにかぶせていた蓋を取って確認して、幸いちょうど良く焦げ目がついている程度だったそれをひっくり返した。
仕事終わらせたらすぐに帰ってきてくれるのはわかったけど、そう言えば具体的に何時ころになるのか全然わからない。まあ、なんにせよいつも数時間は残業している彼のことだ、今日もどうせ少し遅いんだろうとたかをくくる。
ハンバーグがきれいに焼きあがったころ、突然震え始めた携帯を手に取って見れば、それはイタチからの着信であることを告げていた。

「もしもし?」
「ああ、ヒメ、今日はメールを送り間違えてすまなかった」
「え、ううん、全然気にしてないけど…それを言うためにわざわざ?」
「いや…今から帰ろうかと思ってな、それを伝えようと思ってかけた。」
「ありがとう、じゃあご飯用意して待ってるね。」
「助かる。それじゃ、また。」
「はーい、お疲れ様」

たった数十秒の短い会話だったけど、こんな連絡ひとつだけでも私は充分幸せだ。
イタチって結構周りからは淡白だと思われてるけど、意外とマメだよねえ。

すっかり上機嫌な私は、冷蔵庫に入れておいた溶き卵を出してオムライスを作る。わざわざ帰る時に連絡入れてくるってことは、相当お腹空いてるんだろうな。
出来上がった2人分の夕ご飯をテーブルに並べて、時計を確認したところでがちゃりと鍵の開く音がする。ナイスタイミングと思いながら玄関へかけていく私。おかえりなさい、と笑顔で出迎えれば、これまた優しい声でただいまが返ってきた。

「ちょうど今夕ご飯できたとこなの、すぐ食べるでしょ?」
「ああ、ありがとう。」
「ううん、連絡くれて助かった!」

他愛ない日常会話を交わしながら、イタチのスーツのジャケットを受け取りハンガーにかけに行く間、彼はネクタイを外しながらテーブルに放置されたままの郵便物を眺めている。
あ、要らない広告を省いて捨てるの忘れちゃった、と思ったけれど時すでに遅し。案の定、少し眉をしかめてそれを見つめているイタチに内心苦笑い。

「…学資保険?」
「あー、それ今日郵便受けに入ってたチラシ。ほんと何でもかんでも放り込むのやめてほしいよね…一応苗字は別々に書いてあるんだし、別に家族じゃないんだし…」

そんな私のセリフを背に、彼はそれらをゴミ箱に入れた。
そして、さ、座って座って、と声をかける私を横目に、ぽつり呟く。

「別に俺は、本当の家族になってもいいと思っているがな」


な、


「なっ、な、なに、どうしたの急に、別に私そういう意味で言ったんじゃ、」
「知ってる」
「へ、なのに、っえ、だって、」
「…顔、真っ赤だぞ」
「っ!」

なにかを言い返そうと中途半端に開いた口から言葉は出なくて。

ぎゅうと強く抱きしめられた身体、

結局のところ、私たちの夕ご飯は冷たくなった。


(20141031)
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