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「歌や踊りは、自分の心をあらわす一番の方法だと思う」

名前も何か歌ってみてほしいな?
そう言って笑った主に、困ってしまう。昼間短刀の子たちと一緒に童謡を歌って踊っていた主に頼まれてしまった。月見の宴までもう時間がない。なるべく主の願いは叶えたいから、ここは腹を括って踊るしかない。女は度胸、うん!
曲は何にしようか。友人に付き合わされたからけっこう踊れる。あの時は地獄の特訓に恨んだりもしたが、役に立つ日がくるなんて驚きだ。ノリノリだったじゃん、なんて友人の突っ込みは忘れたことにする。ええと、夜だから激しい曲は脚下。って言うか、激しい曲は振り付け多いから大分抜けてるわ。無理無理。洋楽はセクシーなものが多いから脚下。二人以上じゃないと映えないのも脚下。…うん、夢と葉桜にしよう。ゆっくりな曲だし、和服に合うし、月見の宴にぴったりかも。衣装は内番のでいっか。春に貰ったピンクのグラデーションに白い桜がちりばめられて、銀の流水紋で上品に仕上げられたやつ。汚すのが怖くてあまり着てあげられなかったし。上に戦衣装の羽織を着ればいいかな。そうだ、せっかくだし他にも貰いものを使おうかな。衣装がしっかりしてれば、ある程度はダンスも様になって見えるって言うし、貰ったものも全然使わないと失礼だしね。帯の飾りとして貰った薄い桃色の軽くて透けてる帯を羽織の鎖部分に取り付けて…扇も貰った桜柄のものを使おう。赤い錦の飾り帯が幾重にも垂れてて可愛いけど、普段使わないんだよね。爪もちょうど桜色でぴったり。午前中、よろず屋帰りの加州くんと偶然会って、買ったばかりだというマニキュアの話になり、流れでそのまま私も塗ってもらえた。銀色の粗いラメがキラキラしてお気に入りだ。
白地に銀糸が織り込まれている、金の三日月がワンポイントの帯を締めて、扇を懐に仕舞って、編み込み入れてハーフに結いあげた髪を赤にに一本金紐が組まれた髪紐で括って…長いから二重蝶結びにした。桜の簪をつけて、これまた貰ったものの使わない紅を塗り、別口で貰った化粧紅を何とか教わった通りに目尻に引いて…。と、忙しく準備している間に宴の時間になって、オカンが呼びに来た。私を見たオカンは目を見開いて驚いていたから、やっぱり派手だったかと心配になったけど、すぐに優しく笑ってとてもよく似合ってるなんて言うからテレるやら安心するやら…。やだオカンってばイケメン!知ってた!
そんな伊達男たるオカンのスマートなエスコートで宴に向かう。羽織は死守して自分で抱えてるよ!透け布が引っ掛かったらすぐ破れそうで心配だから、外側を内にして畳んだからただの白い布に見える。

会場に着いた。雅とは無縁の主様だが、本丸にはとても立派な庭園があって、外で行う宴は大体が川の側の広場だ。何処から来て何処へ消えるのか…壁の向こうへ続いている川が不思議でしょうがない。くるぶしまでの浅い川は静かな水音を立てて、蛇行しながら清らかに流れている。上流から順に春夏秋冬に木が植えられており、今回は桜の大木と垂れ桜が植わっている春の広場だ。初夏なので花はなく青葉だが、今回のメインは満月なので問題ないのだろう。
最初は短刀たちのグループに行った。主がいるからだ。五虎退をかいぐりしている主に声をかけると、ポカンとまぬ…げふん。口をあげてこちらを見た。沈黙に声をかけたら再起動した。見惚れていたらしい。まぁ鶴丸だもんね、わかるわかる。黙ってたら美人だよねー。でも、みんなから口々に誉められるとめっちゃテレるからヤメテー!似合うのは、くれたみんなの見立てが上手いからダヨー!だからそんな見ないでクダサイ!
もう無理ー!!ってなる前に、飲んべえ達が歌い踊りだして視線が逸れて助かったよほんと。次郎の姉御、ありがとう!姉御は陽気に歌いながら、大きな赤い酒の器を扇のように使って踊っている。周りも手拍子をして楽しそうだ。短刀の子たちのダンスはとっても可愛かった!もう何?この天使たち!
私も料理を食べたり主様に酌をしながら、次々に歌ったり踊ったり演奏したりするみんなを見て楽しんだ。短刀と脇差しのみんなは、早々に屋敷に戻った。今夜は大広間でみんな一緒に寝るらしい。何それ絶対可愛い。見たい。こんな時は短刀になりたかったと思ってしまう。夜、外で宴会をする日に集まって寝る可愛い習慣。しかし本当のところは、飲んべえの絡みから守るために始まったらしい。大人がほんとすみません。
後半になるにつれ、芸達者達が参戦してゆったりと宴が進んでいく。珍しく興が乗ったという三日月のじぃ様と、それに引っ張られた石切のぱっぱが剣舞をしている。ぱっぱは動作はゆっくりだが力強く舞い、じぃ様は緩急をつけて優美に舞っていた。流石天下五剣。美しい…。息がぴったりなのは同じ刀派だからなの?小さく手を叩いて凄い凄いー!と称賛していると、静かに主に呼ばれた。

「ねぇ、昼も言ったけどさ。名前も歌ってみないか?一人じゃなくても、みんな一緒に踊ったりしてくれるだろうし」

いよいよか。緊張で強張っちゃう。なに、大衆監視の中友人と踊れたんだ。このくらいの人数、行ける!女は度胸!

「自分の心のままにでいいんだ。つたなくても全然問題ないし、みんな衝動のままに即興で替え歌作ったり踊ったりしてるしね」

でも、無理はしなくてもいいんだよ、本当に!なんて言ってくれる主のためにも、頑張る!そう、振り付け途中で忘れても主の言うように、

「自分の、心の…ままに……」

でいいんだよね!
私は緊張でギクシャクするのをごまかすようにゆっくりと立ち上がり、羽織を抱え、ちょうど見せ物が終わって空いているスペースへ向かった。重い足どりだが、深呼吸することでつく頃には気持ちを切り替えた。羽織を着て扇を広げて深く息をして、最初の姿勢へ。もう周りは気にならない。丁寧に、優雅にを自分に言い聞かせながら、私はそっと歌いだした。
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