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「鶯丸、おはよう!」
「…?ああ主か。おはよう」

「鶯丸、一緒に行っていい?」
「…ん?彼奴等と行ったらどうだ?」

「鶯丸、城下町行かない?」
「ふむ。行く用事はないから行かなくていいぞ。」

「鶯丸、お茶を飲もう!」
「いいぞ。大包平も茶が好きだからな」

「鶯丸、その」
「俺より初期刀に話しかけたらどうだ?」



今日も駄目。昨日も駄目。先週も、その前も、先月も、その前も駄目。
鶯丸に一目惚れをしてから、積極的にアピールしている。審神者として相応しい様に何も手を加えてない黒髪を丁寧に手入れをして、サラサラツヤツヤを保ったり自分を磨いている。出来る限りをしているつもりはある。

けれど何故だろう、何度誘っても、何度話しかけても、何度行動を共にしようとしても鶯丸は私に興味を持ってくれない。主としては大切にしてくれているのは分かる。皆もそうだから。けれど、それ以上に私を見てくれているか、意識をしてくれているかってなると全然。
平安時代からの刀だから、三日月がじじいって言うぐらいの年齢だからなのか、私を孫や妹の様に扱ってくる。
もうそろそろ20代なのに。


ううん、やっぱり私に興味ないのかなあ。でも私は鶯丸が好きだから、鶯丸に私を好きになってもらいたい。鶯丸の顔を脳裏に思い描くと、大包平の事を話す楽しそうな表情へと変化する。一目惚れして、鶯丸をお茶に誘った時に初めて見た大切な人を想う表情に小さく嫉妬した。あの表情に似たものを、こちらに向けて欲しいと思っているから頑張っているのに。

諦めるという選択肢が無いにしても、やっぱり悔しさで心は支配されてる。こうして自室で一人で審神者の資料を纏めていると悪い事しか思い付かない。そっと茶室にいる鶯丸を見るたびに心臓は握りつぶされそうになる。きっと根気よく話しかけていれば、いつか鶯丸だって私に興味を向けてくれるよね。少しでも、私の事を主以上の存在に見てくれればいい。焦ったって何もいいことはないよ。頑張れ、私。


**


「鶯丸、おはよう!」
「…?ああ主か。おはよう」

「鶯丸、一緒に散歩に行かない?」
「三日月が行くと言っていたぞ。今なら間に合うんじゃないか?」

「鶯丸、私に茶を点ててください!」
「いいぞ。大包平も茶を点てるのが上手だったな。」

「鶯丸!」
「どうした?」
「ああ、ええっと………特には」
「…ふむ。ならば初期刀の所に向かったらどうだ?主を呼んでいたぞ」


すたすたすた。目の前を横切って、鶯丸は歩いていく。
やっぱり今日も駄目らしい。ううん、どうしたものだろう。うざいと言う目線じゃないだけ良かったけど、興味が無さそうな目線でダメージが大きい。まあ、これぐらいで戦闘不能になっているのであれば今日も鶯丸に付きまとったりしていないけど。そもそも付き纏っていると言っても、必要以上に踏み込まないようにしている。流石にそれで嫌われたらダメージが大きすぎる。

……おかしいなあ、鶯丸は遠目から見ているだけじゃ絶対にこっちに気がつかないだろうし、些細なアピールじゃあ気がついてくれないだろうと思ったからこそ積極的になろうと必死なのに。全部から回って妹や孫の様に更に思わせている気がする。

流石に焦りを感じるもので、どうすれば現状を改善出来るのか頭をひねりながら本丸中を歩いていると鶯丸の声が聞こえてくる。途端に心臓が跳ねて顔がニヤつく。やっぱり鶯丸が好きだなあ。好きになって貰いたいな。思わず向かおうとすると、鶯丸は誰かと話していた。

よくよく目を凝らすと、それは私の初期刀で私が鶯丸の事について毎日の様に話している山姥切国広だった。
呆れながらもちゃんと全部聞いてくれる優しくてちょっとネガティブな大切な初期刀。でも、どうしてその二人が…?


鶯丸は何時通りの表情で、山姥切国広…まんばは反対に険しい表情だった。多分、私が出ていったら何を話しているのかは分からないけど、話がこじれると思ってゆっくり離れようとする。正直、何を話しているのか凄く気になるけど。そんな時、話し声が聞こえてきて思わず息を潜めた。

「……じゃ…」
「………だ…」
「……あるじは…」


「…あ……じ……興味な…ぞ」


主と聞こえて更に耳に集中した時、聞こえてきた言葉。所々聞こえなくてもハッキリ分かった言葉。興味ないぞ、それは鶯丸の言葉だった。もしかして、鶯丸の好みはぐいぐい迫るタイプではなくて、適度に会話を弾ませることが出来る女の子だったのかな。
どうしよう、何も考えられない。



**


思い切って初鍛刀の前田くんに頼んで髪を切った。重みを失った頭は不安定で、どうにも心が落ち着かない。勢いだけで前田くんにお願いしたけど、本当にこれでいいのか不安になってきてしまった。前田くんは戸惑っていたけれど、それ主君の気が晴れるなら、と微笑んで切ってくれた。少し泣きそうになったのは仕方ないよね?江雪ぐらいあった髪を骨喰ぐらいまで切った髪の毛先をいじる。朝、鶯丸に会うために私は朝食を皆で食べる広間に向かう途中の場所でいつも待ち伏せをしているけれど流石に今日はそんな気分になれなかった。別に広間にいても、声は掛けられる…はず。

そっと喉元に触れる。いつも通り、いつも通りだ。いつも通りのはずなのだ。なのに頭はこんがらがっていて、鶯丸にどうやって話しかけていたっけ、なんて考えてしまう。皆が私の髪を見て心配してくれているなんて知らぬまま、鶯丸にどうおはようを告げるか、私の頭の中はそれでいっぱいになってしまった。やがて今日は珍しく起きるのが遅かったのか、何時もより大分遅い鶯丸がまんばに連れられて入ってきても、即座には反応が出来ないぐらいには混乱していた。

鶯丸が自分の席に着くためには、必ず主の場所とされる私の席の前を通る。目線を確かに感じながら顔を上げると、何時より何を考えているのか分からない表情の(決して好意的とは言えない、むしろどこか不機嫌そうな)鶯丸の顔があった。

「…お、はよう」
「ああ。主、おはよう」

絞り出した声は非常に小さくなってしまって、それも鶯丸にとってはどうでもいいのか普通に挨拶される。目の前をすたすたと歩き去っている鶯丸はいつも通りだ。

ずるいなあ、と思ってしまう。鶯丸が好きで、いつも通りじゃなくなっているのに…多分彼は私に好かれていることを自覚しているはずなのに、私に何も言ってくれない。他の奴と話したらどうだとは言えど、もう二度と近寄るなとは言わない。断ったりするけど、迷惑だとは言わない。私を意識していないのに、私が何かあった時、主として心配してくれるし、振り払ったりすることはない。ああ、思い返してみると分かるけれど、本当に鶯丸はずるい。確かに好きですの安売りをしたくないせいで直接人前で大声で好きだと言ったことはないけれど、あからさまに"好き"を表現している私を空中で泳がせている。気がついてないなんてことは有り得ない。

ああ、どうしよう…次に何をしなきゃいけないんだっけ。私は何をしたかったんだっけ。思い出せない。それにさっきの挨拶だって最悪だ…普段だったら笑顔で鶯丸、おはようって言えたのに。
髪をいじる指は止まらない。気分は八方塞がりで、どうにかできる気もしない。机に突っ伏すと歌仙と燭台切に怒られるからしないけど机に突っ伏したい。どうしても、まんばと鶯丸が話していた時に聞こえてきたあの言葉が頭から離れないのだ。大包平の事を話す時みたいに、私と話しているときに私に向かって笑顔になってくれれば私はそれで満足なのに。


**


「で、髪切ったわけか?バカじゃないか」
「バカとか言わないでよぉ…これでも思い切ったんだからさあ。」
「………いや、その、似合わないってわけじゃない。ただ……違和感が」
「似合ってないんじゃないのならいいの」
「それで鶯丸には挨拶だけか?」
「うん、ここ最近は挨拶だけ。今までで考えたら自重してる」
「やっと自分がウザいって学習したか」
「うう…目指せ鶯丸に主以上の存在だって意識させる女性!」
「はあ…とにかく仕事をしてくれ。資料がたまってるぞ 」
「うう〜…まんばが二人で話してた内容を話してくれればいいんだよ!」
「それは駄目だ。」



目の前のまんばが溜息を吐き出して持っていた資料を私に寄越す。私はずっと自室の机に突っ伏している。いつもの事だから扱いが酷い。ムカついてまんばの布を剥いで髪の毛を撫でる。王子様みたいな金髪はくせっ毛じゃくて、ふわふわしていて触り心地がいい。羨ましいな。まんばのくせに。

「…で、相談って何だ?」

まんばの髪をいじっていると、珍しく大人しくしていいたまんばが顔を上げた。物珍しいものを見るような目で私を見つめながら口を開いた。


「そうだった、私相談してたんだ」
「…自分の机に向かって好きなだけ色々相談すればいいんじゃないか」
「ごめん!頼りになるのまんばしかいないんだって!前田くんに話すのにはちょっと気まずいし、まんばは初期刀で一番私が頼っているし!」
「……写しの俺より献上された奴らの方が鶯丸のこと分かると思うぞ」
「だからね、まんばだから相談出来るの!で、本題なんだけど」
「…はぁ?」


私の手を振りほどいて、目を向けたまんばと向き合う。…つい目を逸らしてしまったのは、こんな風に相談を持ちかけることが初めてだからだ。

「まあ、その。…だから最近は鶯丸に挨拶しかしてないんだけど……挨拶以外、どう話しかけてたのか忘れちゃって……うん」

本気で悩んでいるせいで、どんどん語尾が小さくなっていくのを自分でも自覚してしまっていた。今まで当たり前に踏み出していた一歩が、少しの恐怖で踏み出せなくなっている。このままだと本気で鶯丸が私に靡いてくれなくなる。

流石に人のものを奪おうなんて思うことはない。いや、私が顕彰した刀剣男士だから人のものになるってなかなかないと思うけれど。レアといわれる太刀の鶯丸を初期に出したのは自分でもすごいと思う。それ以上に、鶯丸に少しでも意識してもらいたい気持ちが強いけど。審神者でいる限りは全力を尽くしたい。でも、でも…話しかけられなくなってしまってから、色んなタイミングが狂っている。そのせいで焦って、最近は何もかもが空回っている気がしてならない。鶯丸を見つけて駆け寄ろうとしても、あの言葉を思い出して立ち止まってしまう。分かっていたはずなのに、いざ本人に言われると足が動かなくなる。そうして遠目から自分の行動を振り返ったとき、ああ痛いなあ、なんて思ってしまったのが、今鶯丸への一歩を踏み出せない一番の理由だ。遠目から鶯丸の背中を眺めて申し訳ない気持ちが湧き出してきて止まらない。勿論、迷惑を掛けているのは承知の上で付きまとっていたけど、そーゆー事を何も言わない鶯丸に甘えていたんだと思う。そうでもなきゃまんばに相談しないし、自分で何とかしてた。


「ねえ、どうやったらまた鶯丸に…今度はちょっと控えめに?話しかけられると思う?」
「なんで主は俺にそんな難しいことを聞く…」
「出来ることなら適度な距離を明確にして、それを少しづつ縮めていくアクションを起こしやすい立ち位置に行きたいなあって思うんだけど」
「無視するな。…もう、そのままでいればいいんじゃないか。」
「……あー、そうかな…ぁ…?」
「うっ…!泣くな馬鹿!」
「やばいまんば、泣きそう。涙出そう」
「誰かに見られたらまたこじれるだろ!長谷川や加州に見つかったらどうする!やめろ!」


あわあわしながらも近くを探ってティッシュを見つけたまんばが何枚か抜き取り私の顔に押しつけた。ありがたく顔を拭いて、もう 一枚もらって鼻をかんでおく。

「で、どうせこの前の事は教えてくれないんだろうし……鶯丸は私のこと何か言ってたりする?」
「別に普通通りだ。…でも昨日は珍しく調子悪かった…と思う。一人だけ出陣で軽症を負ったぞ。」
「妖精さん達がぽんぽんしてくれたから大丈夫だよね!?…それに、それ絶対私関係ないし」
自信を持って言うことではないのだが、そこは断言出来てしまうのが悲しいところだ。もう1週間この状態だし。皆に心配される様にまだ見られているけど。まんばも黙っているが、やっぱり同意見だろう。切ないかもしれないがこれが現実である。

「…現状はどうしようもないんじゃないか。」
「……かなあ」

まんばが呟いたのに頷いて、ぼんやりと明日のことを考える。おはようって言って、確か明日は鶯丸は畑当番だからそのときに上手く声を掛けて…頷いた私にまんばは呆れた様に顔を向ける。それでもまんばの目線は優しい。


「まあ、せいぜい頑張ればいいんじゃないか?…話ぐらいならいつでも聞いてやる」
「優しいねー、まんばも前に比べてネガティブじゃなくなったねー」
「うるさい!」


茶化されたまんばがいくら怒ったふりをしていようが、まんばが優しい事実は変わらないから笑ってしまう。

「うん。元気出たよ」
「……もし、本気で振られたら俺が貰ってやる」
「ありがとう、まんば!」

何時もツンケンしているけれど、まんばはいいやつだと心の底から思う。
本当にまんばを初期刀にしてよかった。
まあ、資料を押し付けられたけどな!!



そんな彼女は、まんばが手を強く握りしめている事に気付かなかった。






**


「鶯丸、おはよう!」
「おはよう、主。」


まんばに相談を持ちかけてから数日。心情を吐露したことで心が軽くなったおかげか、ここ最近は以前ほどではないけれど鶯丸に話しかけられている。皆もほっとした表情を向けてくるから、そこまで心配かけちゃったんだって泣きそうになった。まだ勇気が出ないせいで廊下には立てないけど、それをまんばに相談すると別にいいんじゃないか、と肩をすくめられたからこのまま、鶯丸が広間で私の前を通り過ぎるのを待っている。


進展があったかと言えばそれはない。主は小さいなあみたいか子供を見る様な視線から、流石に大丈夫かといった心配そうな目線になったぐらいだ。まあ、すぐにそれもなくなるとは思うけれど。やっぱり焦って動かない方が良かったのかな、と思っても今更としか言えないので悔やもうが何をしようが変わらない。

そういえば鶯丸は、最近出陣時の調子が悪いみたいだ。よくぼーとしていて歴史修正主義者に切られそうになって兼さんに怒られたり、遠征で、お茶を点てるのにもお茶の葉を入れすぎて苦すぎたり。俺は絶好調だけどな、と珍しく得意気な顔をするまんばは、まんばに用があって鍛練場を覗き込んだ私に一番に気がついてくれた。一瞬、そこにいた鶯丸と目が合った気がしたけれどまんばの方へと意識を向ける。


「…主がこうして俺と喋ってるのが気になっているんじゃないか?」
「いやいや…それは無いと思うよ。だって普段のまんまだし。」
「…俺、さっき鶯丸に主のこと聞かれたが。」
「えっ!?ほ、本当!?なん、なんて!?」
「さあな。」


まんばは意地の悪い顔で笑って、そのまま鍛練に戻っていった。残された私は酷く驚いて、そのまましばらく竹刀を振るう鶯丸の後ろ姿を呆然とただ、眺めていた。鶯丸が、私を、気にかけた…?こういった場面では、鶯丸が嘘を吐かないと思っている。まんばが鶯丸に何を聞かれたのかは分からないし、それが良い事なのか、悪いことなのかも分からない。
それでもどんな形であれ、鶯丸が私のことを気にしたというまんばの言葉は今すぐ死んでしまいそうなぐらいには嬉しかった。どうしよう、それが何であれ凄く嬉しい。私はまだ、鶯丸のこと好きでいいのかな。


**





ううう……また、色んなことが空回るようになった。鶯丸の顔が見れなくなった。私の何をまんばに聞いたんだろうとか、今鶯丸君との距離はどれぐらいなんだろうかとか、考え始めたら頭がぐるぐる回って平衡感覚を失いそうになる。おかげでここ数日は傍目からも多分あからさまなぐらいに、鶯丸を避けてしまっていた。皆にも呆れられながらも協力してもらっている。

まんばに相談しようとも思うのだが、まんばは新しく来た後藤くんのお世話をするのに忙しい。まんばは新しく来た刀剣男士のお世話係も務めているから迷惑をあまり掛けたくはないし。鶯丸はそんな私の心情を知らないのか(いや、知らないんだろうけど)普段通りのんびりお茶を飲んで、仕事をサボって、お茶を飲んで、大包平を仲間に語って…普通通りすぎて泣きそう。私と前より話さなくなったのはやっぱ気にならないのだろう。私はこんなに鶯丸の事で悩んでいるのにな。あ、相変わらず不調らしいって次郎から聞いたけど大丈夫かな…



「……もうダメだね、こんなんじゃ」


自室の机に顔を伏せて茶室の方向を見るが、鶯丸の姿は見当たらない。そうだろう、鶯丸は今日近場の遠征に向かっている。遠征メンバーである、小夜ちゃん、堀川、宗ちゃん、兼さん、御手杵、そして鶯丸をお見送りしたからね。変な表情してなかったはず。まんばは後藤くんを連れてレベルが低くてまだ検非違使が出ていない所に出陣している。
この本丸三大錬度の一人のまんばがいるから大丈夫だろう。私は資料が珍しく少ないからすぐ終わって自室の机に顔を伏せている。
目を凝らすと、茶室にポツンとある二つの茶器。あれは…私のと鶯丸の…?

なんであんな所にあるんだろう。机から顔を上げた私は茶室に向かう。茶器を手に取ると、うっすら緑の粉が入っていた。近くにある井戸に行き、茶器を濯いで緑の粉を落とす。だいぶ綺麗になった茶器を私は見つめる。


―――消せればいいのに。この、ぐちゃぐちゃになってしまった感情も。


あの怖いもの知らずで、純粋に恋をしていた私はもういない。
茶室に戻り、鶯丸の茶器を戻す。そして私の茶器を戻そうとして止まる。鶯丸に近づきたくて、わざわざ似た様なのを選んだ。もう、必要ない、よね。

「あ…」

手から離れた茶器。
スローモーションの様に落ちていくのをただ見つめている私。
鶯丸と似たのだったのにとか、もう茶室に来れないとか、色々頭のなかを駆け抜けたけれど、最終的にはこれでいい、そう思った。


ガシャッ





…――瞬間、がらがら、と音を立てて襖が開くのを視界の隅に捉えてしまう。


「……主か?っ…大丈夫か!」
「っ、」


――聞き覚えのある声だった。ずっと、呼ばれたいと思っていた声だ。

ぞわりと背筋が粟立って、足がかたかたと震えた。顔を上げることが出来ない。最初は本当に、嫌われているのなら自分の行動で好きになって貰えばいい、なんて思っていたのだ。そのくせ疎まれるのは怖くて怖くて、私は、


「……もう、やらない」
「何をだ」
「迷惑だと思われないようにする。煩くしないようにする。だから、その…」
「…ある」
「調子悪いの、早く直るといいね。これ、片付けとく、から。」
「主!」
「今は見ないで…!諦めるから、もう好きでいないから、来ないで!」


壊れた茶器を拾い、鶯丸が入ってきたのとは別の襖から飛び出した。手に茶器の破片が刺さって痛いけど、早く逃げたい。頭がくらくらして顔が熱い。まんばもそろそろ帰ってくるはず。まんばに匿ってもらわないと。はやく、逃げなきゃ。もう、こんな感情抱きたくない。はやく、楽になりたい。でも言いたいことは言った。頑張った、頑張ったよ私。頑張っ――


「待てっ、…!」


掴まれた腕から熱が伝わる。嘘だ、とか夢だ、とか、頭の中で私の声が響く。振り返るのが怖くて怖くて、同時に一瞬で湧き上がった期待に心臓が破裂してしまいそうだ。

「……な、んで」

鶯丸が、少しだけ息を切らしている。なんで私を、そんなに急いで追いかけてきたの?ねえ、どうして。もう止められないよ。

「っ…鶯丸はずるい…!私の事好きじゃないのに、妹とか孫とかそんな感じでしか見てくれないのに、そうやって追いかけてきてずるい!お願いだから、私に鶯丸を諦めさせてよ!優しく…しないでよ…」

目を合わせるのが怖くて顔を上げられない。どうしたらいいの、どうすればいいの、何をすればいいのか分からない。
腕を振り払おうとしても、鶯丸は離してくれる気配はない。何て言われるんだろ。鶯丸にいざ言われるってなると恐い。お願いだから、離して。これ以上、想いをずるずる引きずりたくない…

「…それは…俺が困るんだ。俺は一度もお前を親愛の意味で見たことはない。初めて会った時から、俺は」

随分と長い時間、腕を掴まれていた気がした。きっとこれは数十秒の出来事なのに、十分二十分…いや数時間の感覚だ。



――瞬間、囁かれた言葉をきっと私は一生忘れることはないだろう。









実はまんばの略奪ENDも妄想してた。
続き?オマケ?まんば目線?鶯丸目線?ありませんよ!
というpixivで書いて自分で結構気に入っていたのに前々評価されなかった話っ……!書いた話で2番目辺りに好きだったのに!!
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