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揺蕩う水の様に笑う人だ。
それが師範に対する俺の印象だった。


「やぁやぁ義勇」

「…師範」

「君は相変わらずの仏頂面だね。色男が勿体無い」


その人は水のように掴み所のない人だった。
いつでもどこでもその笑みを貼り付け、桶の中の水を揺らすようにのらりくらりとどんな鬼の攻撃も避けるくせに頸を斬る時だけ鋭く一閃を放つ。

仏頂面と言われる自分とは正反対の水柱、永津月陽は周りからある意味恐れられていた。

そんな師範は入りたての俺を懇意に面倒を見てくれ、挙句隊舎に居たある日朝方迎えに来て強引に継子にすると拉致された。


「さぁ義勇!鬼退治と行こうか」

「分かりました」

「そう固くなるな。私が居るじゃないか!安心していいぞ!」

「………」


これから任務がある。
継子である俺は基本的に師範に付き従い、行動を共にする。
こんな事を言っているが師範は突然俺一人に鬼を任せその辺で高見の見物をし始めるから安心してなどいられない。

そのお陰か何かは知らないが一人の鍛錬ではどうにもならなくなり始めていた俺の技は以前より磨きは掛かったように思える。
まだまだ未熟な事には変わりはないが。


「と、まぁ軽く言った所で今日の任務は少しばかりお前にとって厳しいモノかも知れないな」

「どういう事でしょうか」

「これから行く任務、もしかしたら十二鬼月と呼ばれる鬼かもしれないらしい」


師範は垂れ目がちな瞳を細め、赤い紅を引いた薄い唇で弧を描いた。
その姿は男を誘惑する為に作られた表情のようで俺は心にチクリとした痛みを感じる。

本人から聞いたが、師範は元々廓で育ったらしい。
両親に売られ、買い取った廓で男を誘う術を身に着けさせられたと言っていた。
結局それを使うまでも無くその廓は鬼に襲われ、崩壊したと言う。

その時戦死した鬼殺隊員の刀を持ち、一人鱗滝さんの救援まで持ち堪えたのが師範だったと言う訳で声を掛けられたのが入隊するきっかけだと話してくれた。

要は俺にとって師範は姉弟子でもあるという事だ。


「なぁ義勇」

「はい」

「お前は可愛い子だね」


師範は、そう言って笑う時必ずいつもより幼い顔で俺の頭を撫でる。
男である俺は可愛いと言う言葉に良さを感じない。
眉間にしわを寄せ師範を睨むとそう怒るなとからから笑った。


「さぁて、そろそろ鬼さんのお出ましだ」


準備はいいかい?と悪鬼滅殺の文字が彫られた日輪刀を構えた師範に俺も構える。
鬼の気配が強くなっている。


「鬼さんは使役する雑魚が居るようだねぇ」

「…俺が雑魚を引き受けます」

「何弱気な事言ってるんだい。お前さんは主役だよ」


目にも止まらぬ動きで人の顔が百足にくっついたような鬼を斬ると、奥にいる鬼を刀で指した。
俺は覚悟をして頷くと、それでこそ私の弟子だと満足そうに笑ってくれる。

いつだって余裕綽々な師範のお陰で安心して背中を任せられるというのは心強き事だ。
大きく足を踏み込んで親玉の元へ飛び込む。


「かっこいいよぉ、ぎゆー!」


舞う水の如く雑魚を蹴散らす師範の声を無視して目の前の鬼に集中する。
相手の頸は高い位置にあるから長い胴体を伝い走るが複数の触手がそうはさせないとばかりに襲い掛かって来て思う様に辿り着けない。

一度宙返りをして、その瞬間に襲ってきた尻尾を薙ぎ払い微塵切りにしていく。
達磨落としのようにして再生する前に頸を落とす。

その間も師範からの応援は続く。
あの人は口から生まれたのだろうかと思うくらいよく話す。


「私の継子は最高!強い!かっこいい!やれやれぇ」

「っ、師範!」

「あはは!」


雑魚はもう片付けたのか、近場にあった木に登り手を振る師範に言葉にせず注意すると軽い謝罪が来た。
やっと鬼の頸が間合いに入り刀身に水を宿す。


「水の呼吸、玖ノ型・流流舞い」


襲い掛かる触手を斬り落としそのまま咆哮を上げる鬼の頸を切断して地面に降り、刀についた血を振り落として鞘に収める。

あの鬼の目には十二鬼月の証がなかったと思いながら消えゆく体を眺めていると横から衝撃を受けた。
相手は誰だか分かっている。


「流石は義勇!とても美しかったよ」

「…いいえ、十二鬼月ではない鬼に手こずっている様では俺はまだまだです」

「そうだねぇ。でも途中で作戦を変えたのは良案さ。良くやったよ」


青海波門<せいがいはもん>の描かれた紅色の羽織を靡かせながら両手を広げ俺の頭を抱き締めた。
照れ臭くなった俺はついそっけない態度を取ってしまったが、大袈裟な程に褒めてくれ悪い所も指摘してくれる師範はきっと人を育てる事の才能があるのだと羨ましく思う。

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