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嗚呼、嗚呼、
どうしてこうなってしまったのだろうか。

折角冨岡様がお迎えに来て下さると言ったのに。
待っていますと誓ったのに。

ほろりほろり涙を零す。

何故か今日帰ってきたあの人とその母親は私を一目見て何かを察したのか、拳を振り上げた。
私に、長い時間暴力を彼らは振るい続けた。

殺されてしまうのだろうか、そう思った時に私は冨岡様を思い出した。
抱きしめて下さった優しい温もりを、思い出した。


「もう、やめて!もううんざりなの!」

「裏切り者が何を言うんだい!」

「俺を裏切った事、身を持って知ればいいんだ!この不埒者が!」

「私をどう言ったって構わない!もうこんな生活は嫌なの!痛いのは、いや!」


何とか頭や顔を腕で守りながらそう叫んだ時だった。
背筋がぞっとするような気配と共に私の顔へたくさんの生暖かな液体が掛かったのは。

いつの間にか私を罵る罵声も、暴力も時が止まったかのようにぴたりと無くなった。


「なんて可哀想に。この人間達がさぞ憎いだろう」

「…だ、だれ?」

「安心するといい。こんな薄汚い人間は私が殺してやった」

「ひ、っ…!」


暗闇に光る紅い瞳の男性が月の光を浴びながら私を見下ろしている。
垂れた手には滴る液体で染めていた。

辺りを見渡せば人間だった、あの人と義母の体がどちらの物から分からない形状で散らばっている。
腰を抜かした私はただただ叫ぶ事もできずに震えながら後退った。


「その可哀想な君に免じて私の血を授けてやろう。この力を利用するかしないかは君次第だ」

「あ、あぁっ…いやあああああ!!!!」


紅く染まった手が私の胸をズブリと刺す。
それと同時に何かが流れ込んでくる感覚に熱くて熱くて絶叫した。

転げ周っても、畳を爪で引っ掻いてもこの熱さは消えてくれない。どう頑張ってもこの痛みが逃せない。

――どうして。どうして私ばかり。
折角愛してくれる人に出会えたのに。
愛しいと思えル人に出会エタのに。

やっと熱さがなくなり正気に戻った頃、私を苦しませるだけ苦しませた男性は居なくなっていた。

生きているのか。
自分の心臓に手を当て、死体の残骸が散らばる部屋の鏡をのぞき込んだ。


「こ、れは」


黒かったはずの髪は白く床まで伸び、瞳は紅く染まった私はおよそ人間とは言い難い異形の姿をしていた。
自分の手で頬を触ると長く鋭い爪が生えている。


「…っ、どうして」


ほろりほろり涙がこぼれ落ちる。
暫くその場で泣いていると、砂を踏む音が聞こえて顔を上げれば鬼殺隊の隊服を着た人が数人刀を構え私を見ていた。

憎悪の目だ。
あの人や義母が私に最期まで向けていた目と同じ。

脈を刻まなくなってしまった心臓が痛くて、苦しくて涙ばかりがこぼれる。
怖い、怖い。私はその人たちの視線から逃げるように駆け出す。


「待て!」

「お願い、追ってこないで!」

「おい避けろ!あの鬼の涙は攻撃してくるぞ!血鬼術だ!!」

「え…」


その言葉に泣きながら走っていた私は振り向いた。
さっきまで膝を付き涙を流していた場所は大きな水溜りとなり隊士の方達を引きずり込もうと形を変えている。


「だ、駄目っ!」


手を伸ばし隊士の方達に襲い掛かっていた水を地に落とす。
そうした事でただの水となった私の涙は畳の染みになり消えた。

どうしたらいいのか分からない私はその後も走り続け、老夫婦の方々が営む山へと身を隠していた。


「お父さん、お母さん」


真っ暗な闇の中で小さくなった私はただ涙を流すしか出来なかった。
ここが見つかるのは時間の問題。
きっと私は鬼として退治される。殺される。


「冨岡、様…」

「月陽!どこだ!」


小さく冨岡様を呼んだ瞬間、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
この声は間違いなく冨岡様だ。
いつも冷静な声色でお話してくれる冨岡様の声が、今は大声で私の名を呼び探してくれている。

その声に導かれるように冨岡様の方へ歩く。
自分が鬼となってしまった事も忘れて、涙を拭うこともせずただ冨岡様の元へ向かった。


「冨岡様」

「月陽…なのか」


近寄って冨岡様に声を掛ければ目を見開いて私を見つめた。
会いたかったと駆け寄りたかったのに、脈を打つ血に思わずその場に蹲る。

蹲る前に見えた冨岡様の手には愛刀である日輪刀を持っていた。
私を斬るために追ってきたのかな、そう思うと同時に更に目から涙が溢れる。


「いヤだ…もう痛イのは嫌!」

「っ、月陽!落ち着け!」

「どうシて!どうして私ヲ叩くの!どウしテ…痛い事をスるノ」


自我を保ちたいのに、暴力を振るわれ続けた映像が脳内をぐるぐると占領する。
冨岡様はそんな事していない。助けようとしてくれていた。分かってるのに、身体の中で暴れる血が正常な判断をさせてくれない。

醜く叫び涙を流す私に冨岡様は幻滅してしまっただろうか。
こんな事なら隊士の方々に殺してもらえばよかった。


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