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冨岡さんから珍しい匂いがする。
春が過ぎて、少しばかり暖かくなった日に禰豆子と俺は冨岡さんのお屋敷に遊びに来ていた。
縁側に座って俺が持ってきた団子を摘みながら最近の近況報告をしていたんだが、相変わらず無口で何を考えてるか分からない冨岡さんには変わりが無いのに匂いだけがいつもとは違う。
「うーん、善逸に近い匂いがする…」
屋内で一人絵描き遊びしている禰豆子が俺をちらりと見た。もしかして禰豆子もそう思ったのか?
首を傾げながら俺を見る冨岡さんに鼻を近づけて香りをよく嗅ぐ。
善逸と言えば惚れっぽいし、後ろ向きな事が多いけど今の冨岡さんが近いのはどちらかと言うと…
「恋?」
「!」
つい声に出して言ってしまえば珍しく動揺したように肩をはねさせた冨岡さんに俺も驚いてしまった。
もしかして当たってたのかと言葉が出なくなっていると、絵を書いていた禰豆子が一枚の上を冨岡さんに差し出す。
「冨岡さんと、月陽さん?」
月陽さんは冨岡さんの家によく遊びに来る可愛らしい人だ。
何でも町で輩に絡まれていた所をたまたま通り掛かった冨岡さんが助けたとか言ってたな。
確かに彼女は天真爛漫で笑顔の素敵な女性だ。
嬉しそうに紙を冨岡さんに渡す禰豆子の頭を一度撫でて受け取っている顔がいつもより優しい。
とは言っても本当に少しの変化だが。
「冨岡さんは月陽さんの事が好きなんですか?」
「…どう、なんだろうな」
「俺、良いと思います!冨岡さんと月陽さん、とってもお似合いですし!」
「お前にはそう見えるのか」
「はい!きっと禰豆子もそう思って絵を書いたんだと思います」
禰豆子が書いた絵には楽しそうに笑っている月陽さんに寄り添い、ほんの少しだけ口角を上げた冨岡さんの二人が書かれている。
俺の言葉に改めて視線を絵に持っていく冨岡さんは小さい声でよく書かれているな、と禰豆子を褒めてくれた。
「月陽さんがいる時の冨岡さんは幸せそうな匂いをしていた気がします。あの人が居ると俺も楽しいので今まで気付きませんでしたけど」
「だが俺は鬼殺隊だ」
凛とした寂しそうな声が縁側に響く。
後ろには日陰で眉を下げてこちらを見ている禰豆子が居る。
冨岡さんの言わんとしていることは色恋に疎い俺だって分かる。
仮に想いを自覚した所でもしかしたら冨岡さんは気持ちを伝える事はしないんだろう。
「冨岡さ、」
「こんにちはー!」
なんて声を掛けたらいいか分からない俺が冨岡さんの肩を叩こうとした時、この雰囲気を壊すように元気な挨拶が聞こえた。
この声は月陽さんだ。
ふと鼻が優しい香りを捉えて、その方向を見れば訪問してきた月陽さんを出迎える冨岡さんが居る。
恋とはなんて凄いんだろう。にこにこ笑顔の月陽さんを見つめる冨岡さんの瞳はすごく優しい。ふと、仲睦まじかった両親を思い出した。
「あ、炭治郎君に禰豆子ちゃんも居たんだね!元気だった?」
「こんにちは月陽さん!俺も禰豆子も元気です!!」
「んーっ!」
「それなら良かった!」
冨岡さんと隣り合いながら手を振って俺達の身を案じてくれる月陽さんは、鬼である禰豆子を最初から怖がりもせず可愛い可愛いと褒めてくれた。
だから俺達も冨岡さんとは違うけど優しく包み込んでくれる月陽さんが大好きだ。
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