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あいつなどやめて俺にすればいい。

何度そう言おうと思った事か。

伸ばそうとしては引っ込めてしまう手を握り締める。


「…月陽」

「はい!師範!」

「お前は幸せか?」


鍛錬の休憩中、隣で水を飲む月陽に問い掛ける。
その頬には鍛錬でも鬼殺の時でも無い時に付けられた痣があった。


「…えへへ、師範は何でもお見通しですね」

「笑い事ではない。そういう事が原因で俺の継子がヘマをしたとなれば俺とて迷惑だ」

「すみません」


違う、そうじゃない。
迷惑なんて思ったことなど無いのに、この口はいつも思った事とは正反対の言葉ばかり吐き出す。

ただ心配をしていると伝えればいいのに。


「彼がこうするのは興奮してる時だけですから」

「それにしては頻度が多すぎる」

「…前はこうじゃ、無かったのにな」


頬杖をついた月陽は晴れ渡る空を見上げてため息をついた。

女子に暴力を振るうなど本来あり得ぬ事だ。
鬼殺隊には女隊士も居るが、鍛錬として厳しくする事はあってもけして出来ぬからと暴力を講師したことなど無い。

継子の月陽を竹刀で打ち払ってしまった事はあるが。


「前は師範のように優しかったんです。とても」

「俺に似てる訳が無いだろう」

「似てましたよ。口では冷たい言葉ばっかりだけど、本心はいつも私を見守って愛してくれてました」

「……それがあったから今が許せるとでも言うのか」

「許せる…と言うよりは、いつかはまた前の様に戻れると信じてる自分が居るんですよ」


見つめる俺の視線から逃れる様に隊服の裾を弄る。
月陽の旦那は鬼殺隊ではない。
ただの一般人で、旅館の経営者をやってると聞いた。

鬼殺隊に入る前から二人は恋仲となり将来を約束したと言う。

最終選別に行く月陽へ帰ってきたら籍を入れようと言ったその男は無事帰還した彼女を妻に迎えた。


「子が産めなくてもいいと、私が帰って来てくれたならばそれでいいと言ってくれたのが嬉しかった」

「そんな男が何故お前にこんな仕打ちをするんだ」

「いつ死ぬか分からない私を待つ事に疲れてしまったんでしょう。その不安は段々と苛立ちに変わったんだと思います」


だから、彼がこうなったのは私のせいなんです。と月陽は続けた。
そんなの承知でそいつは月陽と付き合ったのではないのか。
鬼殺隊が如何に大変な仕事かを理解していたのではないのか。

聞いているこちらとしては非常に苛立たしいその男は今日も月陽を殴りつけるのだろう。


「…月陽」

「はい」

「明日の柱合会議に付き合え。早朝に出立するから今日は泊まっていけ」

「…しかし」

「柱命令だ。旦那には手紙を俺が送っておく。分かったな」

「……は、はい。しかし手紙は私から送ります」

「なら鍛錬の休憩中にでも送っておけ。俺は部屋の準備をしてくる」


戸惑う月陽を一人置いて鍛錬場を後にする。
気休めにしかならないかもしれない。
だがもう彼女が無意味に傷付けられる姿は見たくないんだ。

屋敷の空き部屋の襖を開け空気の入れ替えをする。

隠に頼んで屋敷は基本的に綺麗にしてあるつもりだが無理矢理泊めた月陽に不快感を与える訳にもいかない。


「……さっさと離縁してしまえばいい」


首元で俺を見つめる鏑丸の顎を撫で呟く。
行く所が無いのならば俺の元にくればいい。

いや、他に行かせる気など無いのだが。

あの男の元へ帰る背中を見送るくらいなら別の場所だっていいとさえ思う。

きっと今頃怒らせぬように文章を考え手紙を書いているのだろう月陽を思い浮かべ小さく舌を打った。




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